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掌編小説【チョコレート】

お題「アドベントカレンダー」

「チョコレート」

キリスト教徒でもないのにアドベントカレンダーを買ってクリスマスを待ち望む。
そんな風に普通でいると安心できる。みんなと同じでいれば優しくなれる。優しくされる。きっと…。
普通の女は、十二月にはこうして心を和ませる。私は雑貨屋で購入したアドベントカレンダーを大事に抱えて持ち帰る。
家には誰もいない。でも、今日からクリスマスまで、アドベントカレンダーが私を待っていてくれる。私は一つめの窓を開ける。小さなチョコレートが出てくる。やたらに甘いだけのミルクチョコレート。

私にもサザエさんと同じくらい、たくさんの家族がいた。でも誰一人、磯野家の人みたいに優しくはなかったし普通じゃなかった。クリスマスにもケーキはなかった。サンタさんだって来なかった。雪の中、母に追い出されて家の前に立っていた私に、隣に住むフネさんみたいなおばさんがチョコレートをくれた。やたらに甘いだけのミルクチョコレート。
私も優しくなりたかった。優しくされたかった。普通になりたかった。
だから家を出た。

私は毎晩アドベントカレンダーの窓を開ける。毎日少しだけデザインの違うミルクチョコレートが出てくる。味は同じ。つまらないけどこれが『普通』。甘いチョコレートを食べると優しくなれる気がする。

クリスマスイヴの夜、アドベントカレンダーの前に立って最後の窓を開ける。
最後の窓は少し大きい。マリアさまが生まれたばかりのイエス・キリストを抱いている。イエスさまがうらやましくなる。子どもの頃は、タラちゃんやイクラちゃんがうらやましかった。みんなから優しくされる子どもたち。
窓を開けると、やっぱりいつもと同じだった。やたらに甘いだけのミルクチョコレート。

空っぽになったアドベントカレンダーをぼんやりと見ながら、明日からどうやって生きていこうかと考える。
マリアさま、教えてください。どうしたら優しくなれるんですか。どうしたら…優しくされるんですか。

マリアさまは答えてくれない。ただ微笑んでいる。
私はアドベントカレンダーをゴミ箱に捨てる。
最後のチョコレートが口の中で消える。

おわり (2022/12/1 作)

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