SS【幼なじみ】#シロクマ文芸部
お題「平和とは」からはじまる物語
【幼なじみ】(1330文字)
「平和とは、なんじゃろうなぁ、トモやん」
「どうしたんじゃ、タケにぃ」
「八月じゃからな」
タケにぃは、どっこいしょと言って、二人の定位置である公園の片隅のベンチに座った。
「そうじゃなぁ」
そう答えるトモやんは、タケにぃより一つ年下の幼なじみ。日がな一日このベンチに座っている。ほとんど動かないので近所の子どもらからは『地蔵じいちゃん』と呼ばれている。
「そういえば、わし、もうすぐ八十八歳じゃ」
「タケにぃの誕生日は八月八日じゃな」
「八並びじゃ」
「末広がりでめでたいのぉ」
「なんが、めでたいもんか。年金暮らしには厳しいご時世じゃ」
「贅沢言うなタケにぃ。生きとるだけで、ええじゃねか」
「まぁ、そうじゃけど」
「そうじゃよ」
トモやんはいつも涼し気な顔をしとるな、とタケにぃは思う。こんまい頃からそういう奴じゃ。
「…そうじゃトモやん、平和とはなんじゃろうなぁ。…あれ?わし、さっきも同じこと言ったか?」
「そうじゃったか?わしもすぐ忘れてしまうでなぁ」
「トモやんは、わしより一つ若いくせになに言うとる」
「ここまでくりゃ、同じじゃろ」
「そうかの」
「タケにぃに昔いじめられたんも忘れたよ」
「…覚えとるでねか」
「いんや、適当に言っただけじゃ。わしのこと、いじめたんかタケにぃ」
「…いじめとらんよ」
「そうじゃったか」
「そ、そうじゃよ。トモやん」
トモやんは、こんまい頃からこういう奴じゃ。
「…そうじゃ、タケにぃ。わかったわ」
タケにぃが自分の問いをまた忘れかけた頃に、トモやんが口を開いた。
「うん、なんじゃ」
タケにぃは、いねむりしかかっていた頭を起こした。
「平和とはなんじゃゆうたら、こういうことじゃねえか」
「どういうことじゃ」
「忘れるこっちゃよ」
「なにをじゃ」
「なんもかんもじゃ、忘れてしもたら平和じゃ」
トモやんは、持っていた杖をゆっくりと振り上げて、空中にぐるっと大きく円を描いてみせた。
「なんもかんも、か」
「そうじゃよ。嫌なことや恨みつらみなんぞ、忘れてしもたらええんじゃ」
「まぁ、忘れてしもたらケンカにもならんしな」
「そうじゃろ」
戦争にもならんよ、とトモやんはちいさくつぶやいた。
「でもなぁ、ええことも忘れるんか?トモやん」
「そうじゃなぁ。ええこと覚えとると、今と比べて辛うなることないか?」
「そういえば、あるかもしれんな…」
「自分が失くしたもんを人が持っとると、うらやましゅうなりゃせんか?」
「そうじゃな」
「そんなら、忘れてしもたらええんじゃ」
そう言うと、トモやんは今度は杖で地面をコツコツと叩いた。
「そうすりゃ、ほれ、今ここは平和じゃろ…」
…タケにぃは、何十年も見てきたトモやんの横顔をじぃっと見た。
少なくなった白髪を風に揺らして地面の一点を見ているトモやんは、今言ったことも忘れてしまったように見える。
タケにぃは、目を閉じて八十八年の人生を振り返ろうとしてみた。しかし、走馬灯に映るはずの影絵は空白ばかり目立ち、もうほとんど何も映らない。忘れてしまったのだ。
なんじゃ、わしも忘れてしもうとるわ…。
「そうじゃな、トモやん。平和じゃ…」
二人は黙ってベンチに座り続けた。
その傍らを子どもらが笑いながら走り抜けていく。
地蔵じいちゃんたち、こんにちはー。
なにもなく、平和だけがある公園で。
おわり
(2023/8/5 作)
小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。
今回は驚くほどストレートなお題でしたね~…
あらためて『平和』ってなんだろうって思いますが…
それぞれの人の心の中にしかないもの、って気もします。
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