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物語に導かれて

人生で初めて行った、"聖地"の話を書こうと思う。

聖地巡礼。
一般的に言われる"聖地巡礼"は、ドラマや映画、漫画・アニメ・小説の舞台となった土地や、縁のある場所、舞台となったところ=聖地に出かけること。

最近だと、好きなアイドルや芸能人がロケに出かけたお店や、そこで彼らが食べたスイーツを食べることなんかも、広い意味では聖地巡礼と呼ばれるらしい。
東京にいた頃は、私も好きなアニメのモデルとなった地にいそいそとでかけたり、映画のロケ地を巡ったり、推していたアイドルが行ったお店で、同じ席で、同じ食べ物を食べて、写真を撮ったりした。

わりかしミーハーな方なのでいろんな聖地巡礼をしてきたけれど。
でも、私にとっての初めての聖地は、物語には一ミリも登場しない、全く関係のない、縁もゆかりもない場所だった。

✳︎

ジブリ映画の「耳をすませば」を初めて見たのは、確か中学生の時だったと思う。

「好きなひとが、できました」のキャッチコピーでおなじみ、恋や進路、夢に揺れ動く女の子のストーリー。

本の貸出カードでよく見かける"名前"をきっかけに出会い、お互いに少しずつ成長しながら恋が生まれていく様子が、甘酸っぱく爽やかに描かれている。

録画したビデオ(当時はまだVHSがばりばり現役だったのだ)を何度も何度も繰り返し見ていた。昔から、本当に大好きな映画だった。

本筋の恋愛模様や登場人物たちの夢への挑戦はもちろんだけど、雫が暮らしていた団地の佇まいや、少し雑然とした家の中、夏のじっとり汗ばんでしまうような日差し、いつもより人気の少ない学校など、物語全体に漂う空気や匂いも、とても好きだった。

物語の中で一番印象に残っているのが、雫が図書館へ行くために電車に揺られるシーン。
いつも通り乗った電車の中、まるまる太った不思議な白猫を見かけて、思わず追いかけて電車をおり、夢中で走った先で、小さな古道具屋さんを見つける。

日常の空気の中に、ほんの少しの非日常が混ざり込んで、そしてそれを逃すまいと駆け出すあの瞬間に、強く心惹かれた。

電車に乗って図書館に出かけたら。
そうしたら私にも、不思議な物語の入り口が開かれるかもしれない。
ちょっと純すぎるかもと今は思うけれど、当時は本気でそう思っていた。
そうして飛び乗った地元の路面電車と、たどり着いた近所の図書館が、私にとっては初めての聖地だった。

乗った電車も行った図書館も、作品とは一ミリも関係がないし、かすってもいない。
残念ながら路面電車に白猫はいなかったし、図書館で聖司くんに会うこともなかった。

でも、私にとってそれは、忘れられない大切な大冒険だった。
小銭を握りしめてドキドキしながら路面電車に乗ったこと。
窓から差し込む光が眩しかったこと。
照らされた座席が何故かとても綺麗に思えたこと。
おひさまに暖められた車内の空気がちょっとぬるくて、額が汗ばんだこと。
図書館の空調が少し寒かったこと。
微かに本の匂いがしたこと。
地下の食堂で食べた炒飯の量があまりにも多くて驚いたこと。
それがとても美味しかったこと。
帰り道、幸福な疲労感に包まれながら、目がシバシバしたこと。
そして、何度図書館に通っても、新鮮なときめきが消えなかったこと。

今でも、肌が覚えている。
記憶の手触りは色褪せることなく、はっきりと残っている。

物語に導かれる楽しさを初めて知ったのは、きっとあの時だった。

本当のモデルになった電車と図書館は、私にとっての"聖地"とはぜんぜん違う、東京にある全くのベツモノで、私は未だにそこに行ったことがない。

いつかはそっちにも行ってみたいなあと、素直に思う。
そう思いつつ、誰も知らない私だけの聖地があることを、とても嬉しく、贅沢に思う。

お出かけできるようになったら、どきどきしながら、久しぶりに私だけの聖地に行ってみようかなと思っています。

✳︎

余談。
江國香織さんの小説「ホーリーガーデン」に出てくる千駄ヶ谷のユーハイム、一度行ってみたかったけど、残念ながら閉店してしまっていた。
残念。残念だけど、もう行けない聖地ってのもまた、いいものですね。


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