連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の四

あの、お断りするって…。

そんなこと、…個人的なご協力とは言っても、後藤さんのお口添えですし、

小宮先生もご承知の上で、私本人も納得してお受けしたお話ですし。


第一、私がこの場でお断りしたら、伍代さん、物凄く困りゃしませんか…?

…あの、私、…ご存じかも知れませんけれど、
これでも一時期、出版社の社内での校正の仕事をしていたことがありまして。

その時の、…見聞きしたことも含めての経験から申し上げますと、
特に雑誌なんか、予定している記事が締切に間に合わないなんて、まず周りの方達が、…それはもう、非常に迷惑することですし…。


……え、…手弁当…!?

伍代さん、この取材って、どちらからか依頼された訳ではなくて、

…本当に、ただご自分の興味だけで、この件に関して調べている、ってことですか?


これは私、全然皮肉のつもりなんかなくて、本当にごく純粋な疑問なんですけれど、

売れっ子のライターさんって、
このご時世に、そんな、その…一文にもならない取材を、持ち出しで、

非常に失礼な物言いは承知の上で伺うんですけれど、…それで食べていけるものなんですか…?


…ああ、…やっぱりそういうものなんですね…。そうですよね…。


でも、そこまでして、何でこの一件にご興味を…?

……違和感、ですか…?

この件に関して、後藤さんを初めとする警察関係の方から漏れ聞こえてくる情報と、
それこそワイドショーや、SNSなんかで拡散される事件の全体像や、
私や、それに、…あの人の、その、人物像が、いくら整理してもご自身の頭の中でどうしても上手く噛み合わない…?

…だから調べてみたいと思った、…んですか…?

え…?

私の許可がない限り、この件に関しては、
私のインタビューは勿論のこと、
ご自身がこれまで独自に調べたことも、絶対に記事にはしない…?

いえ、それは…。

元々自分が納得の上でお受けしたお話ですし、
私、そこまできっぱりお断りする気なんかないですけれど、

そんなことを言われたら、…何だか余計に断り辛くなるじゃありませんか…。


…わかりました。
取り敢えず、今日のこの取材をお受けした後で、記事にするかどうかの方向性を、改めて考えさせて頂くということで…。

あの、私はともかく、伍代さんは、本当にそれでよろしいんですね…?


ええと、その取材ですけれど、今、ここで構いませんか?

…え、あの、駅前にそんなお店が?

私、カラオケボックスって、どこも普通に煙草臭いもんだって思っていました。

禁煙のカラオケルームって,…時代も変わるものなんですね…。
それとも、単に私の認識不足なんでしょうか?

はい、私の方は。
今は、…その、付き添ってくださる方がおいでなら特に問題は…。

ええ、病院の行き帰りは、大体はタクシーで。
…ええ、歩けるのは問題なく歩けるんですけれど、
街中で一人だと、やはり…怖くて。


はい、…じゃ、私、支度してきます。
上着着て、いつも持って歩くバッグを取ってくるだけですから。

ええ、はい、…では玄関でお待ちください。

あの、…伍代さんは、お手洗い大丈夫ですか?
ええ、どうぞご遠慮なさらず。そこの廊下の突き当たりですから。

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