見出し画像

10/22 森下唯ピアノリサイタル 「ミクロ・マクロ」

東京弾丸ツアーで推しのライブに行ってきました。

常々、ジャニオタやスケオタの皆さんがコンサートや試合に遠征するのをうらやましく見ていたんですよね。ああ、ああいうエネルギーは自分にはないわあ、と。毎日慌ただしく過ごしていて「行けない」と決めてしまっていました。

そんな気持ちが変わったのは病気をしてからです。入院日記に一部まとめてありますけど、あれ以外にもいろいろとね。
自分の不具合だけでなく同年代の訃報が相次いだこともあります。明日突然に動けなくなるかもしれない、来年の桜は見られないかもしれない、そういう不穏な未来が冗談でなく感じられたことで、
「動けるうちに、チャンスあるうちにやりたいことをしよう!」
と強く思うようになりました。少々大変でも好きなことがしたい。もう我慢や諦めはイヤ。だって還暦だもん。

というわけで突然祝日となったラッキーな日に東京弾丸ツアーと相成りました。弾丸ツアーもね、身体が悪いとできないんですよ。できるうちに。

今回聴きに行ったのは森下唯さん。ショパンやリストと同時代のアルカンという作曲家を精力的に紹介していらっしゃるピアニストです。超絶技巧でガンガン聴かせるだけでなく、優しく柔らかい音も美しく歌う大好きなアーティストの一人。でももしかすると「生き別れの弟」であるピアニート公爵の方が有名かもしれません、少なくともネットでは。この方を知ったのも最初はそちらの動画でした。

さて、今回は森下さんの5枚目のアルカンのCD発売記念で、そのアルカンをベートーヴェンでサンドイッチしたお品書きでした。

画像1

ベートーヴェンの6つのバガテルは未聴だったので直前にブレンデルのCDで予習。「バガテル」とは「なんてことないもの」のような意味で、要は小曲集です。ハンマークラヴィーアも覚えがなかったので別のCDで予習。もちろんアルカンの「エスキス」はとうに購入済みで車のハードディスクに入れ、毎日聴いておりました。高まる期待。調布に向かう足取りは遠足の小学生です。

会場に着き、席で待っていると開演ベルがなりました。森下さん登場です。燕尾服を着ておられます。うわあ本当に生きて動いてる!と、アイドルに会った田舎のおばさん感激。
ベートーヴェンは予習はしたもののわかるわけでもなく、次々にかわる曲調を森下さんが華麗に演奏するのを、「聴く」というより、ほわ〜んと眺めていました。久々のプロのコンサートにのぼせていたのかもしれません。なにせ前回、生でピアノを聴いたのは20年近く前の子どもの発表会でしたから。

「エスキス」というのは美術用語で「下絵」の意味だそうです。こちらは全部で49曲もある小曲集で、今回は第4巻、つまり37番から48番までの抜粋でした。好きな曲がたくさん入っていてうれしい。
この曲集は一曲一曲が短く、みなタイトルがついていてバラエティに富んでいます。もしも絵が描けたらすべてにイメージイラストを付けたいような面白さ。そのタイトルは一曲ごとに舞台奥の壁に投影されて聴衆にわかるようにされていました。なんて親切な!

自分的にはエスキスの中でコミカルな曲が結構お気に入りで、第45曲の「小悪魔たち」なんか大好きです。森下さん自身の解説には小悪魔が抜き足差し足でやってきて教会でイタズラをするようなとあるのですが、私は初めて聴いた時から「万城目学の『鴨川ホルモー』だっ!」って思ってしまって。なんというか、ピクミンみたいなうじゃうじゃしたのが……いやその、本のネタバレになるのでやめますが、そういうイメージを抱きました。アルカンには悪いけどもうそれ以外考えられません。
他の曲もいろんな情景が浮かびます。楽譜は音符で真っ黒だったりとかなり難しいらしいのですが、森下さんの演奏は難しさをこれっぽっちも感じさせないので、聴く方はただただ楽しくうっとりするだけです。

最後は長大なピアノソナタ「ハンマークラヴィーア」。
音楽のことは何もわからないのだけど、とても輝かしい演奏でした。華々しい、とも、キラキラした、とも違う「輝かしい」。うまく言えないのですが重厚で華やかなだけでなく、中にまっすぐな芯の通った誇りのような、何ひとつ恥ずべきものはないといった清々しさを含んだ音楽でした。素人の感想なのでピントが外れてたらごめんなさい。この曲も大変な技巧を要する難曲とのことです。

第四楽章の最後はこれでもかーというフォルテの連続で、弾き終えた森下さんは42.195キロの末にゴールしたマラソンランナーのようでした。我々聴衆はアンコールを求めて拍手鳴りやまないんですけど、本当は、もう少し呼吸が整うまで休ませてあげたかったです。なのに拍手に応じてすぐに出てきてくださって(まだ若干息が上がってる感じだった)、アンコール曲としてさらに豪速なエスキスの第36曲「小トッカータ」を!

早い!
音の粒がころころ回る回る!
ゴールした後、もう一周全力疾走したみたいに短い曲を弾ききり、一回目のアンコールは風のように去っていかれました。しんどくないんですか?
ピアニストって普段からジムとか通って身体鍛えてんのかな?

我々のさらなる拍手に再度こたえた二曲目のアンコールは、エスキス第1曲「幻影」でした。CDのタイトルにもなっている曲。化粧品IPSAのイメージBGMとしても使われてます。ベートーヴェンや、一曲目のアンコールとはまったくちがう雰囲気の、霧の中に浮かび上がる情景のような、その情景すら実は現実でないような、幻想的な曲です。「小トッカータ」で高揚した気持ちがすーっと落ち着いていくのを感じました。美しい。弾き終えて、霧の中を現実か幻想かわからない森下さんが去っていかれます。ああ終わっちゃった……

でも会場の出口近くで、なんとサイン会が始まっていました。
あんなに全身全霊でピアノを弾いて、まだ私たちにサービスして下さる。
お疲れのところ悪いとは思ったけれど、もちろん並びましたとも。
そしてご本人を前にするとあたふたして何も言えなくなってしまうのでした。順番が来て最初に口から出たのが、

「ディスクにサインお願いします!」

って違うだろ、「ありがとうございました」とか「演奏良かったです」だろ! 
推しを前にしたらファンは頭が空っぽになってしまうのでありました。それでも温和な笑顔を絶やさない森下さんは、ネットからうかがわれるのと同じ、謙虚な紳士でいらっしゃいました。

画像2


せっかく「推しを語る」ですのでお勧め曲も挙げておきましょう。アニメなどお好きな方ならピアニート公爵の「ガンバスター幻想曲」をぜひ。私はアニメもゲームもまったくやらないのですけれど、曲を聴いているだけで知らない情景が勝手に浮かびあがってくるのです。


クラシック愛好者ならアルカンをお聴き下さい。仕事と体調不良でどん底だったとき、「スケルツォ・フォコーソ」をヘビロテして乗り切りました。大きく燃え上がるかと思うと消えたように見せかけてチロチロと地面を這い燃え上がる機会を待つ炎。どうですこの迫力。手が残像だからそこんとこも見てね。


クラシックもアニメ・ゲームもあんまりね~という方には「美女と野獣」を(エマ・ワトソンの映画のやつね)。お友達の結婚式のために森下さんが編曲されたもので楽譜も販売されております。甘くて幸せです。

次回はぜひピアニート公爵も聴きたいわあ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?