「患者内で加熱する「イベルブーム」に思う」
TONOZUKAです。
患者内で加熱する「イベルブーム」に思う
以下引用
「ニキビに効く『イベル』ってどんな薬なんですか?」
これは過去1週間で3人の患者から尋ねられた質問だ。以前から尋常性ざ瘡、あるいは酒さに対してイベルメクチン外用(クリーム)が有効だという話があり(例えばこの論文)、過去にも何度か患者から質問を受けたことがある。だが、その頻度はさほど多くなく、僕の記憶が正しければ昨年1年間でこの質問を受けたのはわずか3回のみだ。それがこの1週間で3回も同じ質問をされたのだ。そして気になることがもう一つある。今週質問をしてきた3人の全員がイベルメクチンではなく「イベル」と呼んだのだ。
イベルメクチンに関心が高まっているその理由は「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への使用」に違いない。イベルメクチンは2020年の春には既に、エボラ感染症治療薬のレムデシビル(後にCOVID-19への適応取得)、抗インフルエンザ薬のファビピラビル、抗HIV薬のカレトラなどと並んで「COVID-19に対する有効性が期待される抗微生物薬」の一つに挙げられていた。廉価でしかも安全性が高いイベルメクチンは世界各国で試験的に使用され、有効とする研究も登場し始めた。
他方、有効性が認められないとする研究も少なくなく、メタアナリシスでは否定するものが多い。個人的にはClinical Infectious Diseases誌2021年6月28日号に掲載された論文「COVID-19治療におけるイベルメクチン:ランダム化比較試験の系統的レビューとメタアナリシス ( Ivermectin for the Treatment of Coronavirus Disease 2019: A Systematic Review and Meta-analysis of Randomized Controlled Trials )」を読んで「イベルメクチンには期待できない。もしも使うにしても他の標準的な治療を実施した上でプラスアルファの効果を求めるときのみにすべきだ」と考えるようになった。
注目すべきは、イベルメクチンを有効とする論文には「倫理上の懸念」、端的に言えば「不正」が指摘されていることだ。英紙The Guardianは「イベルメクチンがコロナに有効とした論文は“倫理的懸念”により取り下げられた」ことを報道した。同紙は、イベルメクチンが有効とする論文のデータに多くの疑問点があるとしている(なお、この点については倉原優氏(国立病院機構近畿中央呼吸器センター呼吸器内科)も「イベルメクチン論文は捏造? プレプリントの闇」で指摘されている)。
BBCは、これまでに発表されたCOVID-19に対するイベルメクチンに関する合計26の研究を検証し、それらの3分の1以上に重要な間違いや、潜在的な不正の可能性があることを指摘し、イベルメクチンが新型コロナには無効であると結論付けた。BBCによると、新型コロナに対するイベルメクチンについて世界で最も信頼度の高い研究はカナダのMcMaster大学のTogether試験で、この研究でも有効性はないという結論であった。
欧米の流れと真逆な日本
ところが、この世界の流れに対抗するかのように日本ではイベルメクチンに対する期待が高まっている。僕の実感でいえば、先述のClinical Infectious Diseases誌の論文が公表された直後、つまり2021年の7月くらいから「イベルメクチンをコロナの治療に(あるいは予防に)処方してください」という患者からの声が急増した。その「声」はとどまるところを知らず、COVID-19の治療だけではなく、コロナ罹患後の後遺症や、さらにはコロナワクチン接種後の後遺症に対する治療薬として求める声も多い。
その勢いはさらに増し、先月(2022年1月)からは「処方してほしい」という声が増えると同時に、「イベル」と呼ぶ患者が増えてきている。冒頭で述べたように、その「イベルブーム」はざ瘡や酒さなど他の疾患にも広がりつつあるようだ。
そして、実際に「イベルメクチンを飲みました」という声を聞く機会も多い。なぜ、僕がそのような声を聞くかというと、COVID-19罹患後の後遺症や、コロナワクチン接種後の後遺症に対して「飲んだ(けど効かなかった)」という患者からの訴えが少なくないからだ。こういった患者はネット通販で、あるいは自費のクリニックで入手したという者が多いが、中には「保険診療で処方してもらった」という患者もいる。COVID-19の治療そのものに保険診療でイベルメクチンを処方するのは2020年4月9日の厚生労働省からの通達の解釈の仕方によっては当時であれば可能かもしれないが、今は難しいのではないだろうか。ましてや罹患後の後遺症やワクチンの副作用に保険で処方するのは問題があると僕は思う。
2022年1月31日、興和が「イベルメクチンの『オミクロン株』への抗ウイルス効果を確認」というタイトルのプレスリリースを公表し物議を醸している。内容をよく読めば「抗ウイルス効果」はin vitroの話であることが分かるが、生物学的な知識がない一般の人が読めば臨床試験で有効性が確認されたと誤読するのも無理もないだろう。
実際、Reuterはこのプレスリリースを受けて「Japan's Kowa says ivermectin effective against Omicron in phase III trial.」と誤報し、間もなく訂正記事を出した。これについての検証記事をAFPが発表している。
もちろん、プレスリリースをきちんと読むと、臨床試験でイベルメクチンの有効性が確認されたという事実はなく、最後の方には「臨床試験の中で有効性・安全性を<確認しているところ>です」と書かれている。が、これまでに発表されたイベルメクチンの有効性を示した論文に「倫理上の懸念」あるいは「不正」が指摘されていることを考えると、興和のこの発表はイベルメクチンに対するさらなるイメージダウンにつながらないだろうか。
ここで、僕自身のイベルメクチンの処方体験談を述べておく。僕がイベルメクチンを初めて使用したのは2005年、疥癬に対してだ。当時の疥癬治療は、入浴剤「ムトーハップ」(硫化水素による自殺に使用されることが増え2008年に製造中止)、効果に乏しいクロタミトン、副作用が少なくないγ-BHCくらいしかなかった。2005年当時は、イベルメクチンはまだ疥癬に保険適用がなく1錠800円ほどしたが、3~4錠を1回(もしくは2回)飲むだけだから許容できない額ではない。そして、恐ろしいくらいによく効いたのだ。当時非常勤として勤務していた病院で疥癬の集団感染(クラスター)を経験したときも、その病院が当時保険適用のなかったイベルメクチンの導入を決めてくれたおかげで一気に終息した。
ではCOVID-19に対してはどうだろうか。僕にはCOVID-19へのイベルメクチンの処方経験はないが、これまで数十人の患者やメールで相談してくる人たちの体験談を聞いている。たしかに「イベルでコロナが治った」と言う患者もいるのだが、全員がもともと入院適応のなかった軽症例であり、イベルメクチンが早期回復につながったのかどうかは分からない。罹患後の後遺症やワクチン後遺症に対しては「効いた」という声もあるが、併用した薬剤(漢方薬、ビタミンD、亜鉛など)があることから効果判定はできない。それに、「後遺症に効かなかった」という声の方がずっと多いのだ(もっとも、後遺症が治れば当院に受診しなかっただろうが……)。
最後に僕自身の個人的希望を述べておく。僕はイベルメクチンを(疥癬に対して)初めて処方したときの経験が忘れられない。なにしろムトーハップとクロタミトンがまったく無効だった重症例が内服翌日に劇的に改善したのだ。一部には「イベルメクチンは副作用が多いからCOVID-19に安易に使用すべきでない」という声があるようだが、僕がこれまで100例近くに処方した経験で言えば大きな副作用は一例もない。冒頭で述べた、ざ瘡や酒さに対する外用剤にも期待している(いずれ日本製も登場すると聞いている)。COVID-19に対しては疥癬ほどではないにしてもある程度効いてくれればそれで十分だ。
薬剤の有効性を主張するには臨床試験でエビデンスを示すしかないことを製薬会社に改めて訴えたい。
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