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石巻ニューキネマパラダイス最終回  「ザッツ・エンターテインメント」

 2022年12月17日0時。一年三ヶ月書いて来た『石巻ニューキネマパラダイス』最終回の原稿締め切り日。夏以降、毎日が文化祭の前日のようで、毎日が文化祭のようでもある。笑えるくらい忙しい。

 2020年12月23日、今からちょうど二年前のこと。僕ら矢口・阿部は中央一丁目にあった空き家と出会い、その1分後にここを劇場にしようと決めた。たった1分であったけれど、それまで数年間で起こった出会いや別れや経験が駆け巡り、「劇場」という着地点を見つけた。

 2021年3月12日。震災から十年目、翌日。劇場を作ることを公に発表した。発表日は初めから決めていた。その日の十年前、2011年3月12日はどう見ても絶望しかない「翌日」だった。もう地元でエンタメはできないと思った。

 劇場をオープンさせる日も決まっていた。日活パール館長の命日である8月5日。結果的に川開き祭りの前日となり、その日は希望に満ちた日となった。オープンに漕ぎ着けるまでに、現場の大工さんたちは一日も休みを取らず無理をしてくれた。街の仲間たちが日々駆けつけて力を貸してくれた。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、多くのメディアが取り上げてくれた。カフェ付きの劇場。運営ド素人で新参者の僕らを、町内会の皆さんや飲食店の先輩方が心配してくれた。鼻に付く事も、耳に障ることもあったと思う。

 今から二十年前。大学一年生で演劇サークルを作り、初舞台を踏んだ頃も、こんな季節だったろうか。以来僕は役者ではなく脚本家や演出家を目指すようになった。その頃出会った演劇仲間たちと、今になってまたご縁が巡り、キネマティカで公演やワークショップを行いに来てくれている。おそらく相方のネモ(阿部)も同じ感覚だろうと思うが、これまでのほとんどすべて。何気ない偶然の出来事や失敗、後悔、見聞きしたもの、そのすべてがシアターキネマティカに集約していく感覚。誰しもに理の糸のようなものは沢山あるはずだが、それを意図せず結んでしまう(あるいは解こうとしても絡ませてしまう)のが、どうやら僕らは得意分野らしい。

 などといって、メディアでたいそうな取り上げられ方をしたり、調子に乗って立派な発言をしたりする時もあるが、二人の一番やりたい事は実に単純明快だ。僕は劇場の経営者を目指している訳ではなく、地元石巻で生活とともに創作活動をし、自由に発表できる場所を持ちたかっただけだ。ネモはといえば、好きな映画を自分だけの貸切状態で観られる映画館が欲しかったらしい。そこにピザとお菓子があれば最高だという。

 力を尽くしてくれた皆への感謝や、続けていく責任はもちろんあるし、永久に忘れない。しかしそれ以上に、僕らが持つべき覚悟は、劇場で大いに遊び、好きなことを楽しくやる。そんな施設に大好きな喫茶店メニューがあれば尚最高。駄作で結構、ダサくて上等。

 いつかもし、また何かがあって、僕らが劇場を続けられなくなってしまっても。もしもまた空き家になってしまうような未来が来ても、絶望はしすぎなくて大丈夫。好きな事を楽しそうにやっている大人の背中は、未来の希望にとって最強のエンタメのはずだ。そうしてシアターキネマティカという物語はずっと続いていく。いつまでも続編が終わらない駄作映画のように。
ザッツ・エンターテインメント。 やぐち

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