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しわくちゃのラブレター

※創作掌編(1324字)。『#クリスマスの過ごし方』『#創作大賞2022』参加作品。

 空が橙から群青に変わる頃。
 LEDのカラフルな光に包まれた駅前。
 大きなもみの木の下で、両手に白い息を吐きながら私は彼を待っていた。

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「遅れてごめん。部活が延びちゃって」

 程なくして、ジャージの入ったナップザックを背負った彼は、通学鞄片手に制服姿でやって来た。

「いいよ。私も今来たところだから」

 帰宅部の私は、ちゃんと着替えてからここに来た。ラインが濃いめのランダムボーダーニットに緑のフレアミニスカート、黒のニーハイソックスにショートブーツ。

「じゃあ行こうか。店予約してくれたんだっけ?」

 しかし彼は私のファッションに何もコメントしない。特に緑のスカートは今日下ろしたばかりなのに。
 まあいいや。どのみち私は、まだ笑顔を見せないと決めていたから。

「岡部君、今すぐこれ読んで」

 私はサコッシュからしわくちゃの便箋を取り出し、彼に渡した。

「……何これ」

「覚えていないの? 杏奈があんたに渡したラブレターよ」


 ***


 遡ること前日、12月23日の夕方。私の家に見知らぬ少女が訪れた。

「はじめまして。小崎杏奈の妹です」

 杏奈は私と同じクラスだからもちろん知っているが、彼女は2日前から高熱でずっと学校を休んでいる。

「これを読んで下さい」

 少女はしわくちゃの便箋を私に突き出した。
 その宛名は……

「え、岡部君宛? そして差出人は……杏奈」

「姉が岡部に書いた手紙です。何回も書き直し、何日もかけて真剣に書きました」

 私の彼が多くの女子に好かれていることは知っていた。しかし、もう付き合い始めてから3つ目の季節を迎えている。まさか今更告白する女子が現れようとは。

「それで、岡部君は何て返事を?」

「岡部は受け取りすらせずに断ったそうです。その夜、姉の部屋からは泣き声だけが延々と聞こえてきました。読んでもくれなかったこの手紙は、ゴミ箱の中へ……」

「まさか、その次の日に高熱に?」


 ***


 私は少女からしわくちゃの手紙を受け取り、イブのデートで彼に渡すと決めていた。

「ごめん。そこまで落ち込むとは思わなくて……」

 謝るべき相手は私ではないし、もう遅い。杏奈はショックのあまり、笑顔になれるはずの今日ですら学校を休んでいる。

「断るにしても、言い回しとか表情で少しでも杏奈が傷付かない方法はあったと思うの。まさか受け取ってもいないなんて。まあいいや、今すぐ読みなさい」

 彼は385文字に及ぶ杏奈の気持ちを読んだ。次第に神妙な面持ちになっていく。

「なんというか……俺等が付き合うことが出来て、デートして、幸せになって、ハイ終わりではないんだな」

「妹さんの話によると、岡部君を好きだった女子は他にも何人も居たらしいの。私たちの幸せは、彼女たちの不幸の上に成り立っていることを、決して一瞬たりとも忘れないで」

「そうだよな……その女子たちだけじゃなくて、他にも、クリスマスを一緒に過ごす恋人や家族の居ない非リアはたくさんいるもんな。今日は、その人たちの分も思い切り楽しまないと」

「ウフフ、正解! じゃあ行こっか」

 ようやく私の頬は緩んだ。過ちを悔い改め、スッキリした状態で心の底からデートを楽しみたい。彼なら分かってくれると信じていた。

「帰ったらちゃんと返事書きなさいよ?」

「もちろんさ」

 この世の全ての非リアに、幸あれ。


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