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丸いものコレクター、宇宙の広さを知る

僕の学校の敷地は広い。テーマパークよりももっと広い。
寮に病院、コンビニに交番。スーパーだってある。
校門の他はしっかりた区切りなんてないので、学生でない人もたくさん歩いている。たぶん学校の敷地だと知らない人もいる。
学校の理事長は伊西・仁いせい・じん氏。
僕は学生の身分だが、理事長に雇ってもらいアルバイトをしている。
仕事は敷地のお掃除係だ。怖い意味のお掃除係ではない。
休日の朝は僕が大好きなゴミ拾いと清掃だった。
手に馴染んだ竹箒で地面をかく。腰を屈めて黄色の葉っぱを踏みしめるとシャリシャリという音がした。
道をつくるよう竹箒を左右にふると、湿った土が現れてにおいが強くなる。重なり合う葉っぱの間に潰れた缶がまぎれていた。
慎重に缶を振ると中は空だった。
掃除道具の入った手押し車から黒いゴミ袋を引っ張り出す。缶を袋に放り込んで再び竹箒を握った。
僕は銀杏の葉っぱを集めて美しい丸を作った。
「黄色のまる! でっか!」
すべり台を勢いよく滑り降りた小さな男の子が駆け寄ってきた。
「いつもありがとう」
男の子の後を追う母親らしき人が、小さく頭をさげた。
「葉っぱの上、ジャンプしていい?」
男の子は手にもっていたものをポケットに入れ、母親の顔を見上げた。スモックのポケットはドングリでいっぱいだ。
「ダメ。お兄さん綺麗にお掃除してくれているよ。ほら、あっちで遊ぼ」
母親は砂場の方を指差して、イヤイヤと暴れる男の子を抱き上げた。
母親の耳たぶには丸いパールのイヤリングが輝いていた。
側溝の落ち葉を袋に詰めてから、大きく息をはいた。腰に下げたレジ袋の中にはペットボトルの蓋が一つ。僕は袋の上から丸い形を確かめて頬が緩んだ。
不意に顔を上げると、砂場に輝く何かが落ちている。
丸いパールのイヤリングだ。
僕はすぐさまそれを拾い上げ腰に下げた袋に入れた。

「ダメ」
対面に座った友人はお茶を一口飲んで言った。彼は僕と同じ部屋を使っている。
マグカップから立ち上がる湯気はゆらゆらと揺れたが、友人の表情はまったく崩れない。
僕は頭を掻いた。
「いや、でもね。これ、すごくいい色の丸だと思うんだよ」
机の上、マーブル模様のスーパーボールをつまみあげた。
「それで、こっちは懐かしの牛乳ビンの蓋」
牛の絵が描かれた紙キャップを掌にのせる。
「これ、メンコにもなるし……二つとっておけたらなぁって」
友人は目を細めてため息をついた。
「読み上げて」
柱の方を指差す。
カレンダーの横には手書きの貼り紙。
〈まるのおきて
丸いものは月に一つ
精査し一つは保管、残りは処分を〉
見なくてもわかる。僕は掟をそらんじた。
丸、まる、マル、◯。
僕は丸いものが大好きで集めずにはいられない性分なのだ。
どんどん増えていく丸いものは共室の友人に大変なストレスを与えていた。
「それで今月はどうする?」
「……スーパーボールにします」
「よろしい」
友人はスーパーボールだけを残して、残りの丸いものたちをレジ袋に放り込んだ。
これは僕と友人が共同生活を楽しく送るための妥協点。
あぁ、僕の丸いもの。名残惜しいがさらばだ。

「じゃ、いつもの取ってきますから。署名お願いします」
カウンターの向こう側、お巡りさんは事務所の奥へと引っ込んだ。
用紙にサインして免許証を取り出す。
「何すか? これ?」
虹色の髪をした後輩が落ち着かない様子で僕の後ろをウロウロと歩きまわる。
拾得物しゅうとくぶつ権預かり証。三ヶ月経って、落としものの落とし主が見つからなかった時、拾ったものの所有権はここの学校のものになります」
「はぁ……」
虹色頭の上にハテナマークが見える。
「厳密には土地を所有する人のものになるんだけど、理事長のご好意で所有権は僕はになる」
「はぁ〜」
彼の理解能力は置いておいて、僕は先輩として一般常識の説明責任をはたす。
「お待たせしました」
お巡りさんがプラスチックのかごを持って戻ってきた。
僕は籠の中身を確認して丸いものと、そうでないものを分別する。
「こちらは所有権を放棄します」
僕は丸いもの以外はいらない。
「いつも通りですね」
お巡りさんは僕の学生証を見て頷いた。

「さっきケーサツで受け取ったものって何すか?」
虹色頭はゴミ袋の口を縛りながら尋ねた。マフラーからのぞく鼻が赤い。
「僕のものになった落し物だね」
「分別してたっすよね?」
「見る?」
手押し車に引っかけたレジ袋を開いて、虹色頭に見せた。
ペットボトルの蓋、カップラーメンの蓋、ボタン、パールのイヤリング一つ、紙皿。
「ゴミっすね」
虹色頭は即答した。
「うん。それでこれは僕のものになりました。丸いものを拾って、正規の手続きを経たら持ち帰っても良いというルール」
理事長の了承は得ているよ、と付け加えて僕は大切な丸いものたちを見つめた。
「あっ! じゃ、ケーサツに置いてきた忘れものは丸くないんすか」
虹色頭は手を打ってから、真顔になった。
「なるほど! それ、相当気持ち悪いっすよ」
「知ってる。僕先輩、君後輩。慣れて」
吐く息は白く、指先がかじかんできた。
「これがパワハラかぁ〜」
よくわからないことに感動する虹色頭だ。
「ところで君、何したの? ケンカ? カツアゲ? カンニング?」
「センコー殴っちまいましたぁ!」
虹色頭は元気よく言った。
僕のところにはボランティア活動希望の訳あり学生もやってくる。
無料奉仕活動をすれば謹慎期間が短くなるからだ。
僕はお掃除係先輩として彼らに仕事を教えなくてはならない。

月初め、新しくなったタイムカードに名前を書いていると虹色頭の後輩が近寄ってきた。
「せんぱい! バイト代入ったんでしょ? ゲーセン行きましょ! 連れてってくださいよ」
足にじゃれつく子どものように、虹色頭は僕の後をついてくる。
彼の作業服の袖からはデジタルの四角い腕時計がチラチラと見え隠れした。
「やだなぁ」
「あ、そうだ! せんぱいのコレクションの中に指輪ってあります?」
「指輪?」
僕は素早く頭のページをめくる。
「なんとかそうわ? みたいな難し〜ことが内側に書いてある結婚指輪らしいっす」
琴瑟相和きんしつそうわ
「おお! それそれ!」
虹色頭は嬉しそうに手を叩いた。
「せんぱいが持っててよかった~。それ、返して欲しいそ~です。俺、掃除してたら聞かれたんす」
「やだよ」
即答する僕に虹色頭は驚いた顔で固まった。
「……でも結婚指輪っすよ?」
「正規の手続きを踏んだ、丸い、僕の指輪だよ」
「……う~ん」
虹色頭は腕組みをして首をひねった。

掃いても掃いても赤い葉っぱが舞い落ちてくる。風の強い日だった。
それでも日差しは暖かくて、マンホールの上を鳩がちょこまかと飛び跳ねていた。
僕が剪定した丸い形の生垣には赤黒い丸い実がなっているし、腰に下げたレジ袋にはビー玉が入っていた。
喜びを噛み締めながら草取りに取り掛かろうとしゃがみこむ。
「せんぱい、いた!」
「あの!」
振り返ると虹色頭の後輩と学生服姿の女子が立っていた。女子はチェックのマフラーを巻いて、リュックを背負っている。リュックにはたくさんの缶バッチがついていた。
僕が立ち上がると女子は怯えたように一歩後ずさった。
「あの、いつも公園の掃除してる人ですよね? あの……」
段々と声が小さくなってゆく。
「お父さんの指輪、返して下さい。指輪落としたこと、お母さんがすごく怒ってて……」
僕は顎に手を当てて、丸い缶バッチの数を数えた。
「ああ、あの指輪。僕はルールに従って所有権を得たので返せませんね。丸いですから」
女子は僕の顔を怪訝そうに見上げた。
「あの指輪はゴミ箱に捨てられてましたよ」
「で、でも……」
「それに三ヶ月もたってから無くなったことに気づくなんておかしいです」
「それは、お母さんが家出しちゃってて……ちょっとバタバタしてて」
女子の顔は青くなったり赤くなったりと忙しい。
「そりゃあ派手な夫婦ゲンカっすね~」
虹色頭がしみじみと言った。
「じゃ、じゃあ……あなたはうちの親がまた喧嘩してもいいんですか?」
「いいです」
僕は頷いた。
「困ります!」
女子が叫ぶと、鳩が羽ばたいた。
「困る? どうして?」
「だって、指輪って夫婦の証ですよね? そんなの、ドロボーです!」
「せんぱいの鬼! 悪魔! 変態!」
どさくさに悪口を言った虹色頭の額に僕はデコピンをお見舞いした。
「それに、それに! お父さんとお母さんが本気で喧嘩したら地球が大変なことになっちゃいます!」
女子は涙を滲ませて叫んだ。
「私たち宇宙人なんですから!」
「はあ!?」
「は?」
僕と虹色頭は声を揃えた。
「宇宙人の喧嘩はすごいですよ! 地球なんて巻き添えであっという間にゲームオーバー! イチコロです!」
女子は必死だ。
頭が痛くなってきた。僕は腰に下げた袋に手を触れて、丸い形を確かめる。
「……丸いものは月に一つだけ。僕と友人が一緒に生活するための掟……」
僕は丸の掟をそらんじて心を落ち着かせた。
「丸いものは月にひとつ。この決まりは崩せません。君が持っている丸いものと指輪を交換しましょう……例えば素敵な缶バッチとか」
僕は彼女のリュックについた丸い缶バッチを指差した。
「せんぱい! そこはもうすんなり指輪返してあげて」
虹色頭はがっかりした声をあげた。
女子はぽかんとした顔をしていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「わかりました! とっておきの丸いもの、用意します!」

虹色頭と僕の体は宙に浮いていた。
ふわふわしながら、どんどん地面が遠くなっていく。
「ひ、ひええぇ〜!! なにこれ!?」
情けない声を虹色頭がだした。
「もう少しですからね」
女子は上の方を指差した。
学校の敷地全部が見渡せるところまで登ってきて僕は気がついた。
「ああ!!」
これはまるでミステリーサークル。
大きな円、小さな円が僕らの学校や敷地をぐるっと囲んでいた。
これは空でも飛ばなければぜったいにわからない。壮観である。
「君ってほんとうに宇宙人なんですね」
しみじみと僕は言った。
「大丈夫です! あなたも丸が大好き宇宙人なんですよね。飛ばないタイプの」
何が大丈夫なのか。僕はれっきとした人間だ。
「理事長先生も宇宙人だからかな、うちの学校はチラチラいますよ〜宇宙人」
女子はすごいことをあっさり言った。
「んん? どうゆうこと?」
「またまた〜、知ってるからこの学校にいるんでしょ。理事長先生の名前。隠す気ないですよね」

丸、まる、マル、◯。
丸は拾うだけじゃない。僕たちはたくさんの丸の中にいた。
そういえば地球も丸かった。
僕も誰かからみれば異星人いせいじん
今のところ地球は滅んでいないから、今日もアルバイトに出かけよう。

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