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ナポリタンムッシュ⑥ #どこにでもいる普通のサラリーマン

「へぇ、年齢にしては見た目に貫禄があると思っていたが、なかなか立派に仕事をしているじゃないか。」

自分の仕事内容を聞いた店主に感心された事に、なんだか少し嫌気がさして、それをはね返すように弱音を吐いた。

「最近は焦ってしまって、どうしたら売れるか考えすぎなんですかね?」

「商売ってのはシンプルだよ。それにタイミングってのもあるからな。いい時もあれば悪い時だってある。ただ、悪い時に頑張れる人ってのは、やはり一流だね。」

「今はその悪い時なのかなぁ。頑張ってはいるんですけど、自分がババを引いてしまったみたいなんです。このまま売れなかったらどうなっちゃうんだろうってずっと不安で。」

「そうかそうか。ところでお前さんは、一流になりたいかい?」

店主が突然、真っ直ぐな目をして見てきたのに少し驚いてしまった。その気迫のせいか何故だかわからないが、この人が今の自分に必要な何かを教えてくれるような気がした。

一流に。また、初心に戻ってそれを目指せるだろうか。

少し間を開けて覚悟を見せるように
「なりたいです。」と答えた。

店主さんは何かを思い出すような面持ちで話を続けた。

「うまくいかなくなった時、後先考えて不安や後悔でいっぱいになってしまうってのはみんな一緒だよ。

お前さんの場合はまず、"今頑張れば、もしかしたら売れるかもしれない"って自分を信じてやることが必要だ。

自分を信じる事ができない人には、努力する資格ってのがそもそも与えられていないんだ。」

“努力する資格がそもそも与えられてない”
その言葉に胸が痛くなった。

物が売れなくなったあの日から、俺は努力をしていた”つもり”だったのかもしれない。売るために色んな作戦を考えたり、客先を探して出向いていたが、心のどこかで「他の方が安いんだからどうせ売れないでしょ」と思って商談に臨んでいた気がする。

テーブル席に座っていたお姉さんが話を聞いていたのか、2人の真面目モードを和らげるように話に入ってきた。

「このマスター、昔はすごい人気シェフだったんだよ。今はナポリタンばっかり作ってるけどね。笑」

「美香はまた余計なことばかり言うなぁ。そういえば、さっきの通りもんは彼女がお土産で持ってきてくれたんだ。」

美香さんという女性と軽く会釈をした。しっかりと化粧をしている少し派手な見た目で、THE 博多美人とでも言おうか。見た目からしてコミュ力がとても高そうな人だった。

「お土産頂きました、ありがとうございます。
そういえば、今度福岡に出張に行くんですが、何かおすすめのお店とかないですか?ラーメン屋さんとか。」

「ラーメンはもちろん美味しいんだけど、やっぱり私のオススメは"むっちゃんまんじゅう"だね!

変な食べ物なんだけど。懐かしいから帰ったらいつも食べちゃうんだ。福岡でいうナポリタンみたいなもんだよ。」

よほどオススメだったのか、スマホで写真を見せてくれた。身を乗り出した美香さんのピアスがぴょんぴょん揺れていた。

「へぇ、むっちゃんまんじゅう。食べに行ってみますね!」

それからは美香さんが話を盛り上げてくれて、店主と3人で他愛のない会話をしてからお店を出た。

久しぶりに人の温かさに触れた時間だった。それに、店主と話しているうちに、売れないと思いながら営業をしてしまっている自分にも気づかされた。

それから、数ヶ月間。今頑張れば売れるかもしれないと、自分を信じて仕事をした。全く売れない状況は続いていたが、そのうちに上司も少しずつアドバイスをくれるようになった。

それに、マッカラムのサンドバッグ修行のおかげだろうか。痛みを伴いながらではあるが、自分の中から飛び出た変なプライドや価値観が、少しずつ杭を打つように体に埋まってきている気がする。

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