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IPO? M&A? 起業家のエグジットについて考える(その1:IPO)

「IPOなのかM&Aなのか、自分のリターンを最大化する上で、
ベストな選択って何なんでしょうか?」

・・・こういう話を自分からするのを憚る起業家の方、多いですね。先輩起業家で「そんなこと考えてる暇あったら、事業を伸ばすことに専念せい」とアドバイスをくれる人もいるんでしょうし、ともすると事業へのコミットが弱く聞こえちゃいそうでもあり、躊躇する起業家の気持ち、わかります。

ですがこれ、起業家が一度は慎重に検討してみるべき大事な点だと思います。リスクテーカーである起業家がどうリターンを得るのか、というのはほったらかしにすべきじゃない重要な論点です。

深い考察なく、「ゆくゆくはIPOしたい」と考える起業家が多いです。ネット上にも「IPOすれば社会的信用も得られるし、その先の資金調達もしやすくなるし、、」みたいなアドバイスは多々見られますね。

他方、スタートアップxファイナンスという領域に棲息していると、会社の売却に関わること、結構沢山あります。「売らざるを得ない」売却もありますし(コロナ禍で売りに出たベンチャー案件、増えたなと思います)、本格的成長とか上場を前にして、エクイティストーリー整理のためノンコアビジネスを売る、というのもありますが、起業家のエグジットのための売却もたくさんあります。

IPO、M&Aについて、起業家はそれぞれどんなことを知っておいた方がいいのか、2回に分けてこのトピックについて、思うところを書いてみます。第1回目はIPOについて。

IPOって専門的な実務で、得られるベネフィットの対価として何を自分が負わなければいけないのか、起業家には、全体像が見えにくかったりもすると思います。

起業家がIPOについて知っておくべきこと

1.準備に相当な金、時間がかかる
IPOの実現には主幹事証券や東証の審査で合格点をもらわねばなりません。その審査プロセス自体、相当骨の折れるもので、少なくとも2年とかは費やさねばなりません。事業の成長に関するディスカッションだったら起業家も楽しくもあるでしょうが、大半がそうではなく、会社のガバナンスとか管理体制に関するものです。

ちゃんとしたガバナンスも自力で回せるようになっていなければならないので、ビジネスに直接関与しないバックオフィス人員も手厚く必要になるでしょう。監査法人を付けて監査も受けなければならず、今までの”リラックスした”経理のやり方が通用しなくなるという事も多々あります笑 上場を狙うベンチャーが急増したので、監査法人もキャパが足りなくて、ベンチャーの新規案件が受けづらいみたいな状況も数年前からありましたね。

2.上場後も相当な金、時間がかかる
上場後は定期的に決算単信や有価証券報告書などの開示を出さなければなりません。絶対に間違ってはいけない書類であり、相当な社内工数が必要となります。当然、専門家の関与も入るので、お金だってかかります。
さらに上場会社は適時開示基準に則って、特定のイベントが起きたときにはそれをタイムリーに開示しなければならないというルールもあり、色々気をつかうことが増えます。

また、投資家コミュニケーションという意味では、(上場の規模にもよりますが)未上場時よりもはるかに多くの投資家に、定期的なアップデートが必要になってきます。そこそこの規模の上場会社IR担当は機関投資家の定期的なメンテナンスに相当なリソースを割いています。投資家とのディスカッションが、カリスマキャピタリストとのそれのように、議論していることで、今後の事業について洞察を得られるような意義あるものならいいのですが、浅い理解で的外れなことばかり言ってくる投資家が少なからずいるのも実態です。

言わずもがなですが、株主総会や投資家説明会などの運営も、しっかり取り回していかなければなりません。

3.投資家に対して成長・還元の責任を負っている
上場するという事は個人を含む多数の投資家に会社の株式を持ってもらうという事ですが、それは株主に株価成長か株主還元で報いなければならないという大切な責任を負っている事に他なりません。「我々は事業を通じて社会的な価値を生み出しているので利益成長は追求しないのです」というスタンスは残念ながら成立しないでしょう(もちろん投資家には十人十色の価値観がありますが、大多数の市場参加者が経済的な利益以外を期待して株を買っているとは考えにくいですね)。

これに関連することとして、上場したら(…と言うか、外部から株主が入ってきた段階でそうですが)もはや起業家の個人商店ではないので、自分一人の思いで事業をこねくり回すことも、やりにくくなります。多数の株主の賛同がそこには必要になってくるのです。


4.アクティビスト(物言う株主)に株を持たれることだってある
市場で株の取り引きがオープンになっている以上、経営者にとって好ましくない投資家が株主になることだって当然あり、それを防ぐことはできません。会社が汗水たらして稼いだキャッシュで自社株買いしろとか配当しろと要求してくるアクティビストに経営者が苛立ちを覚えるのはわかります。ただ、その干渉を受けたくないなら上場をやめるほかないのです。(もちろん、利益成長に裏打ちされた惚れ惚れするような株価成長を実現したり、しっかりした株主還元をしていれば、アクティビストが入ってくることもないかもしれません)


5.起業家の持株を全部売れるわけではない
IPOを無事迎えたとして、創業者が持っている株の全てを一挙に売却できるわけではありません。これはロックアップのことを言っているのではなくて、会社の成長をけん引していく立場にあるCEOがロックアップ明けに持株を全て売却するなど、社員を含むステークホルダーからしたら「会社の成長に対するマネジメントの弱気のサイン」に他ならないわけで、普通だったら、非常にやりにくいと思います。(ちなみに脱線しますが、CEO以外の役員でロックアップ明けに株が売りたくても社内の目線があって売りにくいという話、よく聞きます。「お前、これから会社が超成長するのにこのタイミングで株を売るとか、アホなの?」みたいなプレッシャーがCEOからかかることが多いみたいですね笑)

従って、上場後ロックアップ明け=即巨額のマネタイズ、という事にもならない可能性があり、この点は留意が必要です。なので上場後に自分が持っている自社株を担保に入れて銀行から金を借りている経営者が結構います。余談ですが、株式市場がクラッシュすると、そういう金の借り方をしている人は借り入れの担保資産価値が目減りして、銀行から追加の担保拠出を求められます。そんな経緯で株担保ローンで建てた若手起業家の豪邸が売りに出たりしたこともありました。


6.ある程度の時価総額を付けられないと望むメリットも享受できない
冒頭「上場すると資金調達しやすくなる…」みたいな話もネットに転がっていると書きましたが、確かに投資家の注目を集め、流動性が高まり、オファリングしたときに旺盛な需要が集められる銘柄になれば、上場により資金調達がしやすくなるというのも事実でしょう。

ただ、時価総額が振るわず、あまり流動性もないような状況では、それも望むべくもありません。ですので、少なくともそれなりの時価総額が付くようでないと、上で述べたような色々なコストを払ってでも上場をする意義に乏しくなってしまうかもしれません。では、最低限いくらの時価総額があればいいのよ、という話に当然なるわけで、具体的な言及は避けたいですが、例えばマザーズの形式基準で求められているような最低時価総額をぎりぎり超えられるかどうか、という水準では、まったく足りないと思います。


と、ここまでIPOの悪口ばかり書き連ねたように思うかもしれませんが、上場するという事は、投資のプロではない個人も含め、多数の投資家に自社の株式をオープンにするという事であり、それは発行体として凄まじい責任を伴う行為なのです。その意味で、起業家のエグジットの観点だけでIPOを目指すというのは、ちょっと違うなと思います。

当然、IPOにもメリットはあります。創業者であっても段階的に売り出しをして、保有株式の現金化はできますし、相応の規模になれば、採用にも資金調達にもプラスに働くでしょう。ストックオプションを持っている会社に貢献してくれたメンバーに報いる、という事も出来るかもしれません。ただ、そういった色んなメリットを享受する上では、受け入れなければならない色んなコストや責任があることも知っておいてほしいなと思います。

続く第2回では、M&Aに関する考察を書きたいと思います。
スタートアップに関わる皆さん、ごきげんよう!

#ベンチャー #ファイナンス #起業 #上場 #M &A #ビジネス #CFO #VC

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