【30分エッセイ】　みんな、変身がしたい。

何書こうと思ってたんだっけ。すっかり忘れてしまった。そうだ、あの話をしようとか思ってたのに。あーらら。あ、思い出した。オレは、自分の一人称について、よく考える。基本的にオレは自分のことを、ボクって呼んでいる。日常生活は絶対に、ボク。ちっちゃい頃からボクだから、自然とボクが出てきてしまう。でも、今はオレになっている。オレっていうと別人になれる気がするから。

はい。どうでもいい。だからなんだよ、て感じ。わかるわかる。オレもそう思ってる。でも時間が迫って来てるから、話を続ける。

小学校2年生くらいの時に、オレ呼びにチャレンジしようと思ったことがあった。でも出来なかった。とにかく恥ずかしかったんだ。なんか、カッコつけてるみたいで。自分で自分に照れてしまった。だから無理だった。周りの友達は、そんな恥ずかしさを乗り越えて、オレ、に変身した奴もいた。でも、使い慣れてなかったから、イントネーションを間違えていた。オレの、オ、にアクセントがついていた。ダリとか、ミロみたいなアクセントだった。でも、オレには、そんな友達の姿が眩しく見えたんだ。

結局、オレはボクから抜け出すことはできなかった。今思うと、あの頃からオレは、自分との闘いに負けるようになったのかもしれない。好きなモノは見つからないし、いつも誰かのサイズに合わせて来た。自己主張なんて、1ミリもできなかった。オレの前には、誰かが歩いた足跡が、たくさんあった。

なぜだ。オレという言葉を使い出してから、なんか、カッコつけたくなっているぞ。不思議だ。語尾とか、どうやって書いてたんだっけ、って感じで迷走している。いつもより、キーボットのタッチが遅い感じがする。これぞ、オレの力なのかもしれない。一人称って、思ったより大事なのかもしれない。変えてみるだけで、別人になったような気がする。すごく、楽しいし、面白い。

インターネットの世界を眺めていると、みんな、変身したがっているように見える。たぶん、人間に備え付けられた欲求なんだと思う。変身したい、って。テレビや本の影響なのかな。分からないけど。

ああ、なんか、書くことなくなってきた。たぶん、オレがしっくりきていない。それは間違いない。しっくりはきていない。それは間違いない。なんで同じことを繰り返したんだ。オレは。

オレ、って最初に言った人は誰なんだろう。本当に謎だ。英語だったら、「 I 」で終わり。いいよね。そういうところ。こんな面倒なこと考えなくてもいいもんね。そういうとこ、オレ、好きだぜ。だぜ、とか使いたくなってしまう。それがオレなんだ。オレ、っていうとアニメの主人公みたいな気分になるのは、オレだけかな。オレ、の言葉さえあれば、いろいろ、成立する気がするんだ。

そういえば、オレは今日、オレの気分だからなのか。朝に現れた大きなクモを逃してやった。けっこう、デカいクモだった。コースターの一回り小さいくらいのサイズだった。イメージできる？　東京バナナくらいの大きさ。誰が見ても、「でかっ」って叫ぶくらい、大きかった。家の中に現れちゃダメだろ、っていうサイズ感。

そんなクモをオレは逃してやった。タオルで、そっと捕まえて、玄関に出て、バサッと放ってやった。クモはピューンと飛んでって、近くの草むらにカサカサと消えていった。逃げろっ、人間界は危険だぞ。自然界の方がよっぽど平和だ！　ここを脱出するんだ！　BGMはトップガン。流行りソングをかけておこう。オレは、額や胸や背中から大粒の汗を流しながら、朝からクモを救出した。そんなこともあって、今日はボクをオレにしたんだと思う。アタシをオレにしたんだと思う。ウチをオレにしたんだと思う。ワタシをオレにしたんだと思う。

たぶん、ボクだったら出来なかったと思う。いや、できていても表現が変わる。

今日、ボク、クモを助けたんだ。殺したくなくて、どうしても命だけは奪いたくなくて、こわ過ぎて冷や汗ダラダラだったけど、勇気を振り絞ってタオルでクモを捕まえた。身体が大きいせいか、思ったよりも動きが遅かったことに驚いた。そして、鳥肌ぶるぶるだったんだけど、数分経つと、なんだか愛着すら湧いてきている自分がいたんだよね。それが不思議だった。ハタから見たら、人間とクモとの格闘なんだけど、ボクたちの中では、「出ておいで、怖くないから」「ギギギギギ」みたいな、ナウシカの世界観だった。ようやく、クモをタオルで捕獲して、玄関から放出。元気な姿で自然に帰っていくクモの姿を見て、ボクは心の底から安堵した。もちろん、家からクモがいなくなったという安心感もあるんだけど、命を奪わずにクモを助けることができたという気持ちも大きかったんだ。もしかしたら、自然界から逃げてウチに駆け込んできたのかもしれないけどね。まあ、それは、想像力でなんとかしよう。

やっぱり、ボクの方がすんなり進むし、等身大な感じがするな。面白いな一人称。心の中では、アタシだったり、ウチだったりもするんだけど、一人称が変わるだけで書き心地が違う。書き心地て。これはオレから出た言葉ではないな。オレの中のボクが出てしまった。