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重版を持たない作家と、蛍の巡礼の旅

「みんな蛍を殺したかった」を書き始めるまえ、私はほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。
 ――というのは、村上春樹著の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の書き出しを捩った過剰な表現ではあるが、憂鬱の極み乙女だったことは間違いない。
 私の小説など誰も待っていない。
 私の小説なんていらない。
 私なんていらない。
 そんな気持ちで生きていたのだ。
 でも蛍を書きあげた日、私は不思議なくらい、生きているという感覚に満ち溢れていた。
 この世に、蛍より素晴らしい小説は数えきれないほどある。
 でも蛍は、今の私が書ける最高の小説だった。
 ラストシーンを書き上げて、ファミチキを買いに夜の中を歩きながら、「これはもう本屋大賞や……」と、叫び出しそうな高揚感のなかで思ったりしていた。(思うのは自由である)

 そして今、発売から三か月以上が経った。
 たくさんの人に読んでほしいという思いと、一度でいいから重版という言葉が自分にも降りかかってほしい――と発売からしばらくは、毎日ふるえる手でSNSをひらけ、宣伝活動に命をかけた。
(noteのフォロワー様ならそのことに気が付いてくれていたかもしれない。毎日SNSをひらくのは執筆より精神を摩耗した気がする。)
 その甲斐あってか、発売後すぐ、「初速いいですよ」という連絡が担当さんからあった。心底うれしかった。
 もしかしたら一回くらいは重版になるかも、と期待せずにはいられなかった。デビューして10年になるのに、私はオリジナル小説において、まだ重版の経験がなかった。だからこそ重版という響きに、人一倍、憧れていた。
 発売前から、ネットギャリーさんでずっとリクエスト一位だったり、発売してからは、色んな本屋さんが推し本にしてくれたり、尊敬している作家さんたちが感想をくれたりした。
 明らかに今までとは違う「話題になっている」感覚があった――
 が、5刷になるなんて予想もしていなかった。
 決め手はtictokで、今をときめく、【けんご・小説紹介】さんが作ってくれた紹介動画が、現時点で百万再生になり、いわゆる、若い世代にバズったことだった。


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 はじめてランキングで自分の本が楽天で一位になるのを見たときは、夢を見ているのかと思った。

 その後、未来屋書店 石巻店さんが「上半期推し本大賞」に「みんな蛍を殺したかった」を選んで下さった。(ちなみに石巻店さんは、goto読書という企画も生み出した、時代の先駆け的な本屋さんなのだ。)

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 すてきなレイアウトに、手作りPOPまで作って下さり、蛍が山積みになっている写真を見て、私は「どうしてもこの目で見たい」と思った。見なければいけないと感じた。
 SNSでは知ることのできない現場の空気を、吸いたいと思った。
 自分の本を、全力で売って下さる方に会いたいと思った。
 だから私の気持ちは「いますぐに石巻店へ行きたい」だった。
 でも、京都からは遠く、乗り継ぎなどが難しそうで、ちゃんと辿り着けるのか、ものすごく不安だった。
 すると旅行会社に勤めている父が、「そういうのは絶対すぐにお礼に行ったほうがいい。今週末、一緒に行こうか」と言ってくれて、切符を手配してくれた。神だった。


 そして私の――石巻への巡礼の旅がはじまった。
 鮭いくら弁当を食べながら、私はいつになく緊張していた。

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 書くことは得意でも、喋るとなぜか語彙力がなくなるし、SNSのアイコンとか多少美化しているし(笑)、会ってがっかりされたらどうしよう。という思いが常にあるのである。
 ドキドキしながら、電車とバスを乗り継ぎ、6時間。
 書店が入っている石巻イオンモールに着いた。(イオンモールの大きさにまず慄いた。)

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 そして勇気を振り絞って挨拶へ行くと、「……⁈」――思いもよらず、美青年が、私を迎えてくれた。
 やり取りしていたTwitterの中の人の感じから、すっかり女の子だと思っていたのだが、↓この繊細な可愛いPOPを作って下さったのは、なんと目の前の美青年だったのだ。

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 やっぱりネットで触れるだけでは、わからないことが沢山ある。
「どうして蛍を読んでくれたんですか?」と訊いたら、
「もともと『殺戮の天使』が好きで、ノベライズを読んで、チレンさんのことを知っていたんです」と話してくれた。
 ――ああ、がんばってきてよかった。そのとき素直にそう思った。
 アニメにもなった『殺戮の天使』のノベライズは1巻だけでも10刷になっている。
 20代の頃、頂いたお仕事をほとんどすべて受け(若さゆえに、色々と反省はあるのだけれど)、真摯に取り組んできたおかげで、若い世代に自分の名前が浸透しているのだと思うと、うれしくなった。
 それから他愛もない話をしながら、サイン本をたくさん作らせてもらって、名残惜しい中、お別れした。
 もっと話をしたかったけど、たぶんお互い緊張していて頭が回っていなかった(笑)

 夜は少し足を延ばして、女川の旅館に泊まった。
 チェックインの前、少しだけ観光をする時間があった。
 復興されて、本当に震災などあったのだろうかと感じるくらい、とても美しい町だったが、一か所「旧女川交番」だけが津波の被害を受けた痕として残されていた。

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 当時私は、テレビ局に勤めていて、各局の様子がモニターに映るのだが、長く大きな揺れが収まったあと、モニター画面の全てが突如、津波の映像に切り替わったことを覚えている。関西に住む私にとって、東北は行ったこともない地で、これが今本当に起こっていることなのか、信じられない気持ちだった。
 二十二歳だった私は、失恋に見舞われ、小説家としてデビューはしたけれど見事にボツばかりで毎日が憂鬱で悲しい時期だった。震災のニュースを見ては泣いて、最後まで誰かを助けようとした素晴らしい人たちの代わりに自分が死ねばよかったのにと感じた。
 あまりにも自分は無力だった。
 といっても震災について、私は語る立場にない。
 何も失っていないからだ。
 ただあの時、テレビ越しに見ていた土地に立ち、その痕を目にして、たった一瞬で涙がこみ上げそうになった。
 私は本当に何も知らなかったんだ、と思った。
 死という痛みもこわさも。きっと生きている意味すらわかっていなかったのかもしれない。自分が死ねばよかったのになんて、何も知らなかったから、思えたのだ。
 変な言い方だけど、来てよかったと思った。少しでも知れてよかったと、思った。
 きっと蛍を書いていなかったら、こんなにも遠い果ての街には訪れていなかった。
 ――蛍を書いたことで、私は本当に、色々なことを教わった気がする。
 それから、海が見えるお風呂に浸かり、その日の高揚感を話しながら美味しい夕食を食べ、久しぶりに父と一緒の部屋で眠った。

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 翌日は、蛍を推してくれている栃木の本屋さんを2件、巡った。

 うさぎやTSUTAYA矢板店さん

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 TSUTAYA宇都宮東簗瀬店さん

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 書店員さんはみんな、私が来たことをほんとうに喜んでくれた。
 それだけでうれしかったのに、どちらも愛と蛍の溢れる飾り付けを施して下さっていて、胸がいっぱいになった。(本当にありがとうございます。)
 今回、地方の本屋さんを巡り、書店員さんが「本を愛している」というのがひしひしと伝わり、小説はほんとうに生き物なのだなと思った。
 自分の闇を放つようにイヤミスを書いたのに、こうして人に出会って、応援してもらい、どうしようもなく濁っていた心が透き通っていく。
 それはとても不思議な感覚で、自分が作り出した蛍が、光になって私を助けてくれたような気がした。

 帰りは、宇都宮餃子を食べ比べした。
 一気に五種類も食べることなんてないから、味の違いがわかってたのしかった。
 個人的には「みんみん」がいちばん美味しかった。

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 そしてあっという間に、素晴らしい巡礼の旅が終わった。


 この世界にたった一人でも、自分の小説を待ってくれている人がいる。
 だからもう、死にたいなんて思わない。
 生きていたい。
 そしてSNSに載せない知らない思い出を、たくさん作りたいんだ。
 去年、酷い鬱になった原因を、私はわかっている。
 私の心は嫌になるくらい脆くて綺麗で汚くて、SNSには情報が多すぎる。
 キラキラした報告や、攻撃的な文章にすぐにHPを削られる。
 誰かを崇めたり、下げたり。
 リツイートやいいねが多ければ、それが正解のように見える。
 情報に溺れて、自分を見失いそうになる。
 でもSNSがあるからこそ、素敵な出会いがあり、感想を知れたり、本を手に取ってもらえたりする。
 本が重版したのもSNSのおかげで、こうして現実の世界で、旅をする切欠もくれた。
 きっと、どんな物事にも、二つの意味があり、それは素晴らしかったり最悪だったりする。
 自分だってそうだ。

 巡礼の旅を終えた私は、なんだか「やりきった」という気持ちだった。
 燃え尽きるまでやったと思えた。
 それからは、変な言い方になるけど、一旦、SNSを頑張るのをやめた。
 頭を空っぽにしたかった。
 なんでもない日々の中、ソファでごろごろしながらも、頭の中はフル回転で、次回作のことを考えて過ごした。
 フィクションなんて、誰の役にも立たないかもしれない。
 だけどいつだって、受け取るのも発信するのも、それは自分が生きる意味だった。

 いつだって自分はふしあわせなくらいがちょうどいいと思っている。
 そのほうが、ちいさなしあわせを感じられるから。
 でも昨日、ベランダからこぼれてくる風に肌を撫でられながら、ふと「しあわせだ」と思った。
 何か特別なことがあったわけではない。
 こんなふうに穏やかな時間の中で、そんなふうに思うのは生まれてはじめてのことだった。
 私には、とびぬけた知性も才能も美貌もない。
 友達も少ないし、お金があるわけでもない。
 本が売れても、自己肯定感は低いままだし、SNS恐怖症も治らない。
 歳を重ね、だんだん、女の子じゃなくなっているのもわかる。
 だけど。
 蛍がたくさん飛んで、応援してくれる人がいて、次回作の依頼もきて、猫が可愛くて、
 それがしあわせじゃなければ、何だというのだろう。
 といいつつも、明日は落ち込んでいるかもしれないし、こんなおだやかな気持ちでいるのは、今日だけかもしれない。
 手に入れたものは、いつか失う。
 生きているものは、やがて死ぬ。
 わかっている。
 でも、今だけとても、しあわせだ。

PS
 「みんな蛍を殺したかった」
 たくさん手にとって頂き、応援して頂き、私にはじめての重版を、あこがれの重版をくれて、本当にありがとうございました。次回作もがんばります。自分の為に、それが誰かの為になるように。

▼蛍を展開してくださった本屋さん。

〇未来屋書店高の原店様

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〇未来屋書店扶桑店様

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〇大垣書店京都本店様ではサイン会もさせて頂きました。

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〇こなつむりさんの素晴らしいPOP

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〇明屋書店MEGA平田店様

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〇TSUTAYA桑野店様

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〇アバンティ京都店様

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〇未来屋書店幕張新都心店様

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〇未来屋書店bookmark rough cafe様

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〇未来屋書店 狭山店様

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ここに載せたのはTwitterで見つけた画像で、すべて把握できていないとは思うのですが、こんなに書店員さんに応援されたのは生まれてはじめてで、すごくうれしかったです。ほんとうにありがとうございました。

「みんな蛍を殺したかった」

きっと心に残る物語だと思うので、未読の方はぜひ、読んで下さるとうれしいです。(既刊も是非)

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木爾チレン


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