心の休ませ方
生きることに疲れた人は真面目な人である。努力してきた人である。
努力している時に、まさか自分がこのようになってしまうとは予想もしなかった。自分の努力はいつか報われると思っていた。いつかみんなから賞賛されると思っていた。
今回は僕がうつになった時、一番響いた本をご紹介する。
この本のおかげで、自分は何に苦しんでいるのかがわかった。
1.なぜ生きることに疲れてしまうのか
心の苦しみを味わっている人の多くは、自分の苦しさの原因がわからない。
さらに不幸なことに、周囲の人にも理解してもらえない。
しかし実は、生きることに疲れた人にとって、これが一番大きな問題なのである。
僕も最初は自分がなんでうつになったのかわからなかった。
ただの働きすぎだと思っていた。
でも、原因は違うところにあった。
重苦しい顔をしているのは「俺の甘えの欲求を満たしてくれ」と心の中で叫んでいるのである。
自分が幼児的願望を持っているのに、他人の幼児的願望を満たす役割を背負わされてしまった人は悲惨である。
つまり幼少期に親子の役割が逆転し、甘えの欲求を満たせない人が、心に憎しみを溜め込みやすいと筆者は述べる。
親にもてあそばれて成長した人は、劣等感を持ち、目的もしっかりしていない。ただ八方美人で周囲の人に迎合する。ただ周囲の人には気に入られたいと思う。
「ただ八方美人で周囲の人に迎合する」これはまさに僕のことだった。
しかしその間、本人が気づかないうちにものすごい量の憎しみが心の底にうっ積する。その憎しみを吐き出す方法がわからないままに限界を迎えた時に、人は憂鬱になる。生きることに疲れる。どうして良いかわからなくなる。
あなたにもあるのではないか。
どこにぶつけたらいいかわからない憎しみが。
きっとその憎しみは自分に向いているだろう。
「消えてしまえ」
「クソ野郎」
「死ね」
僕も何回自分にぶつけたかわからない。
その憎しみは周りに迎合するうちに、知らずに溜めていた感情だったのだ。
よくここまで犯罪も犯さず、自殺もしないで頑張って生きてきた。
あなたと同じ環境に生まれて、心の傷を癒すために犯罪を犯した人はたくさんいる。今こうして疲れて生きていることはそのことだけで立派なことである。
2.生きることに疲れた時は自分を変えるとき
心の葛藤を持っている人は、外から見ると何も背負っていないように見える。しかし見えない重荷を持っているからいつも疲れている。実はそういう人は、体に鞭打って会社に行っても先はひらけていない。待っているのは挫折である。だからうつ病になるような人は、会社の仕事を少しはサボっても心の葛藤を解決することを考えることである。
では心の葛藤を解決するにはどうすればいいか。
それは自分の本当の欲求を認めることである。
生きることに疲れた人は、人に認めてもらおうと無理をして頑張りすぎたのである。人は、周囲の人から「認めてもらいたい」という欲求の強さで生き方を間違える。「認めてもらいたい」という欲求は幼児期に愛されなかった人間には想像を絶するほど強いものがある。
彼らは愛情飢餓感が強いから、愛情を人以上に緊急に求めているだけなのである。
この文章を読んで、今まで自分がどれだけ「認められる」ために努力していたか実感した。
「認められるための努力ができない」
そう思った時、僕は限界を迎えた。
布団の中で震えながら、
「誰か頑張らなくても認めてくれ!」と、心の中で叫んでいた。
でもそれは言えなくて。
「ごめんなさい」「死にたい」
とばかり呟いていた。
言い換えれば甘えたかったのだ。
「お前はそのままで価値があるよ」
そう言ってもらいたかった。
まずはその感情を認めよう。
うつ病の人が望んでいるのは「辛いわね」という同情と、それに耐えているあなたは「偉い」という賞賛の言葉なのである。
3.幼児的願望を受け入れる
なぜ私たちは人から認めてもらえないと生きていけないのか。
それは幼児的願望を満たせずに大人になってしまったからである。
その人が受け身なのはまだ幼児的願望が満たされていないということでもある。幼児的願望は受け身の願望である。世話をしてもらいたい、守ってもらいたい、聞いてもらいたい、甘えたい、触れてもらいたいなど、相手に何かをしてもらいたいという願望が幼児的願望である。
この受け身の願望が満たされて、人は能動的になれる。
だから今うつで悩んでいる人は、自分の幼児願望が満たされているか確認する必要がある。
僕は次の文章にギクッとした。
あなたは幼児的願望が満たされていないのに、立派な人間を演じてきた。
しかしそれはあなた自身を毎日少しずつ傷つけていたのである。
幼児的願望が満たされていないまま、生きるのはとても難しい。
心は3歳児のまま、社会で生き抜くようなものだ。
だから今は、満たすことのできなかった感情を存分に感じよう。
守ってもらっていい。
甘えていい。
泣いていい。
その行動こそが、心を休め、うつから立ち直るすべなのだから。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今でも僕は幼児的願望が満たされてません。
きっと、死ぬまで持ち続けるんだと思います。
それでも、辛い理由がわかって少しだけスッキリしました。
「ああ、自分は甘えたかったんだな」
小さい頃、頑張ることでしか愛情をもらえなかった自分を思い出し、抱きしめてあげたくなりました。
自分が自分の味方になる。
いつかそうなれるためにも、まだ解消できてない幼い頃の感情に向き合いたいと思います。
今日も生きていてくれて、この記事に出会ってくれて、ありがとう。
安部元首相に追悼の意を表します。
2022.7.9.
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