見出し画像

ポートランドで出会った、一杯のラーメンがつなぐもの #KUKUMU

アメリカはポートランドに来て、約2週間。
ひとつ、気づいたことがある。

食に関するカルチャーショックを、まだ受けていない。

「アメリカ旅行中、日本食が恋しくて仕方なかった」
こういうSNSの投稿を、たまに見かける。でも、こちらに来て2週間の私は、日本食に思いを馳せたことはなかった。

きっと、私が何でもおいしく食べてしまうというのも一理ある。でも、ポートランドには、アジアンマーケットや日本食レストランが至る所にあるというのも大きい。日本食を食べたいと思ったら、すぐに食べられる。つまりポートランドでアジア飯は、想像以上に身近なものだったのだ。

Keep Portland Weird(私訳:ヘンテコなポートランドで、あり続けよう)」というスローガンを持つポートランド。さまざまな文化に寛容な風潮があるのも、食文化の豊富さに関係してるのかな。

***

6月も中旬。「ポートランドの夏は、6月頃から始まる」とホストファミリーに聞いていた。過ごしやすい晴れの日が続くのだという。

なのに、今年の夏の始まりは少し違った。

朝晩の上着は必須。曇りの日が続き、すぐに小雨が降る。こちらでは、傘を差す人よりも、防水性のジャケットを羽織ったり、フードを被ったりして雨をしのぐ人の方が多い。私も真似して、雨の日はフードを被って外を出歩くことが増えた。それでもやはり、この季節はまだ寒い。雨が増える秋までに防水コート、買わなきゃな。

そんな肌寒い夏と同時に、留学先であるコミュニティカレッジも始まった。

コミュニティカレッジは、アメリカだと「大学」に並ぶほど知れ渡っている教育機関だ。各地域にあり、大学に比べて学費が安い。そのため高校卒業して大学編入を目指す人や社会人で学び直しに来ている人、移民でアメリカでの生活を望む人など。さまざまな理由で学ぶ人びとに、開かれている場だ。私も自分なりの目的があって、ここに来た一人。

「初めてのコミカレで、どんな生活が待っているのだろうか」
気持ちが高まるオリエンテーション初日。

そんな気持ちは、すぐどこかに消えた。

英語が……!!
早い……!!

先生は、「わたし」ではなく、その場にいる「みんな」に話しかける。大半のインターナショナル生が質問している。そりゃ先生も「みんな」は英語が理解できていると思って、普段通りに話すのは仕方がないよなあ。

そんななか私は、そもそも全てを聞き取れない。分からない。何が分からないか分からなくて、質問もできない。

一回頭が真っ白になると、ずっと真っ白のままになるものだ。話し手の姿がだんだんと霞んでいくという経験を、人生で初めてした。

つたない言語が原因で、「大変だ」と思う日が来ると想像はしていた。なのに、いざその現実に向き合うと、涙が出てきそうだった。ずっとずっと泣きたくなるのを我慢して、初日を終えた。

この調子でこの先、7ヶ月間の授業を乗り越えられるのだろうか。

***

落ち込んだ私をポートランドで助けてくれるのは、よく寝て、よく食べることだ。

正直、日本にいた頃は「食べて寝たら、落ち込んだ気持ちも治るなんて嘘だろ……」と、これっぽちも信じていなかった。食べて、寝ても、頭の中でゴチャゴチャといろんなことを考えてしまうからだ。

でもこちらに来て「何かあったら、食べて寝る!」というシンプルな問題解決法を実践してみることが増えた。いや、増えざるを得なかった。

というのも、私には、まだ相手とのコミュニケーションに「言語」という壁がある。だから「相手はどう思うかな…… 」など余計な心配を考える暇などないのだ。相手と通じ合うには、自分の思いをストレートに相手にぶつけてみるしかない。

だから今のところ、こちらでの悩みの大半は、本当に食べて寝ればすっかり治ってしまうのだ! 異国の地は、今までの「当たり前」を見直す機会にもなるらしい。

オリエンテーションをなんとか乗り越えた週末。学校主催で、ダウンタウンの探索ツアーがあった。ポートランドのダウンタウンは、この都市の中心部のひとつ。さまざまな国のおいしいご飯が多く、集まっている。

参加者は、15人ほど。私と同じく夏から授業をスタートする新入生が集まった。そして学校の先輩たちに、有名なドーナツ屋や本屋、手作りのバッグや石鹸など手作り商品が立ち並ぶ土曜のマーケットなど。 ダウンタウン付近の有名どころを、一つひとつ教えてもらう。

そして、解散……
となりかけた、その時。

クラスメイトの誰かが、ふとこう言った。
「今から行ける人で、ラーメン屋へ行こう!」

ラーメン? と思ったけど、実はポートランドでラーメンは寿司と同じくらい有名な日本食だ。そういや「ラーメンが大好物だ」と言っていたベトナム出身の人もいた。

そういや、最近、ラーメン食べてないな。
そんで今日は、雨模様。

雨にあたった身体は少し寒いし、行ってみよう!

***

Googleマップを片手に辿り着いた場所は、シックなベージュ色をベースにした建物。遠くから見ると、ここがラーメン屋だと気づかなかった。その場所は、若々しい緑の木々と路面電車が通る石畳のストリートの一角にあり、ダウンタウンの街並みにすっかり溶け込んでいる。

※ 別日に撮影しました。

「いらっしゃいませ〜いっっ!!」
店内に入ると同時に、馴染みのある掛け声。そして、レトロでゆったりとした歌謡曲が日本語で流れている。

お昼のピークの時間は少し過ぎていたけれど、ラーメンの匂いが漂う店内。小さい子連れのブロンドヘアの5人家族。白髪のおばあちゃん2人組。1人で来ているアジア人らしき男性。

いやいや。日本よりラーメン屋に来る客層は、広くないか? 気になりすぎてお店の人に聞くと、観光客より現地の人の方がよく訪れる店らしい。

店名が漢字で書かれた提灯にも、目がいった。そういえばポートランドは、タトゥー文化も有名らしいのだが、漢字のタトゥーをしている人も街中でちょこちょこ見かける。日本では英語がプリントされた服を着ている人が多いように、やっぱり漢字ってかっこよく見えるのかな。そんなことを考えながら提灯を見つめた。

***

さて、まだまだ寒い。
腰を下ろし、メニューを開く。

ラーメンは、SYOUYU・MISO・SHIOと、3つのベースから選べるみたいだ。さらに、ベジタリアン向けのラーメンも用意されている。

さらに、豊富なサイドメニューの品揃え。TORISENBEI、GYOZA、TAKOYAKI……(SAPPORO 黒ラベルもあった)。

全部ローマ字なのが、なんだかかわいく思える。いろんなメニューあると、ラーメンに挑戦しづらい人でも、一緒に楽しめるね。さまざまな国の人が入り混じり発展してきたこの国は、ひとつのラーメン屋にも多国籍な舌に楽しんでもらえる配慮があるのだと感心する。

私は、シンプルな醤油ラーメンにした。
あの味、急に恋しくなったんです。

さて、他のみんなの注文は?

宗教上、豚肉が食べられないから「KARAAGE」を頼む人。
日本でも聞いたことがない「TAMAGO MAYU」という味に挑戦する人。

いろんな味があるように、いろんな思考がある。日本食に他の国の嗜好や宗教…… と文化と文化が交差するこの小さな会話、意外と面白いぞ。

注文した料理を、待つ。

「おーーーー! いいねー!!」
声が聞こえる方を見ると、セネガルから来た男の子が、アメリカの男の子に箸の使い方を教えていた。

「最初、俺も全然、分からなかったんだよね。」
セネガルの彼はそう言ってケタケタ笑いながら、箸2本を食べ物に突き刺すような動きをする。

そうだよね。普段使わないと、分からないよね。

それでもアメリカの彼は、箸の動画を見たり、机にあるものを掴む練習をしたりして、箸を使おうとしている。その動作を見てると、なんだか嬉しい気持ちになる。日本に興味を持ってくれているということが、自分に興味を持ってくれているように感じた瞬間だった。

そうこうしてる間に、ラーメン到着!

「いただきます」
心で、そっと唱える。

黒くて透明なスープからは、湯気が立ってる。
もうおいしい。

まずは、スープを一口。
あー。やっぱ、これだ。こうばしい醤油味なのに、しつこくない。少し冷えていた身体も、元どおり。

次は、麺へと箸を伸ばす。ちぢれ麺で、歯応えがいい。これがまた、醤油のスープや上に乗っている分厚めチャーシューと合うのよ。

***

冷めないうちにと食べ進めていると、隣に座っているトルコから来た人が、私にこう尋ねてきた。

「How do you say “delicious” in Japanese?(日本語で“おいしい“ってなんて言うの?)」

「“UMAI“だよ。」
瞬時に、こう答えちまった。

「UMAIか。教えてくれてありがとう……ラーメン、UMAI!」彼は一緒にいたクラスメイトに誇らしそうに声を張り上げ、そう言った。すると、他のみんなも「UMAI、UMAI」と声をあげながら、美味しそうに食べる。

「おいしい」って伝えるべきだったかな。でもこのラーメンは、「うまい」という言葉が、先に出ちゃったんだもん。

***

食べ終わる頃には、私のこわばわった身体もすっかりあったまっていた。
肌寒い夏に食べるラーメンって、いいな。

一杯のラーメンを通して、一つの会話が生まれる。「UMAI」のことを聞いてくれた彼にとっては、何気ない興味だったのかもしれない。だけど、私はすごく嬉しかったんだ。自分がここにいていいんだ、と思わせてくれたから。

つたない言語であっても、同じ食卓を囲むことは小さな共生と言えるかもしれない。

これからもポートランドでの日々を大切に謳歌したい。
大変なことが訪れた日は、おいしいものを探しに、また街に出よう。

ポートランドの夏は、まだ始まったばかりだ。

***

文・写真:木村りさ
編集:栗田真希

食べるマガジン『KUKUMU』の今月のテーマは、「夏に食べたい麺」です。4人のライターによるそれぞれの記事をお楽しみください。毎週水曜日の夜に更新予定です。『KUKUMU』について、詳しくは上記のnoteをどうぞ。また、わたしたちのマガジンを将来 zine としてまとめたいと思っています。そのため、上記のnoteよりサポートしていただけるとうれしいです。

この記事が参加している募集

夏の思い出

いつも、応援、ありがとうございます!サポートいただいたお金は、6月から約8ヶ月間のアメリカの留学費に全額使い、その体験を、言葉にして、より多くの人に、お返しできたらな、と思っています。