妄想の天幕
私は少しねむたかった。うとうとした眼を開けると美しい白い衣を羽織った王族の女性が天幕の中に立っていた。私は目礼をすると、ニコッと笑い、立ち去った。そして、侍女らしき女性が、白い牡牛を天幕に引き入れた。その女性と牛も去り、今度は楽劇隊が入ってきた。とても愉快そうだ。地面まで届く楽器を携えている者もいる。私は軽くリズムをとった。古里の瀬戸の海の儀式を思い出したのだ。いや、全く似て非なるものだが、よそ者の私が迎え入れられるには、こちらが楽しんでいることを相手に知ってもらうことが一番だ。すると、向こうさんも体ていは、安心してくれるものだ。私はだんだん眠くなっていった。先程から、天幕にたかれている煙で少しずつみたされているためか、まぶたが非常に重い。ふと首長らしき人物を見た。ほほえみを浮かべながらも、私のことをじっと観察しているように感じる。この男なら、私のことをそう悪くあつかわないだろう。直感で、そう感じた。それに彼には、血のにおいや、くさみを感じなかった。目の奥に草原が風になびく様子が見てとれた。そして私は眠りにおちた。私は意識が天井あたりに飛んでいる。”この男をどうする?”とさっきまで、楽しそうにしていた楽劇隊が問答していた。重臣や長老らしき者まで、天幕に入ってきて、私を囲んだ。”並の面構えとはおもえないのぉ””ふぉふぉ、嵐を呼ぶ男になるか、平穏を導く男となるか?“”ショゲルの家の男手が、一人狼に最近やられたらしいぞ。””運が良い奴じゃの。””長老、こやつは右肩に深い刀傷があるぞ。この傷は、我が中原や隣国では、見かけない型のものだ。””追われてる身じゃないのか?””ふくらはぎが異常に発達している。””かなりの健脚で、遠くから移動してきたのじゃないか?”私は、意識だけとはいえ、気を若王子らしき男のこめかみあたりに集中させてやろうか?と気を集め始めた。すると、”シャンシャン”と小さな太鼓をさきほどの王族の女性が振った。”薬草だ、経験豊かな戦士どもよ。”王の一声で、兵たちは外に出て、老婆が薬草を持ち、処置を始めた。自分で応急処置をしてはいたが、傷の回復を早める処理をしてくれているらしい。どうやら受け入れられたらしい。”いつまで、そこにおるつもりかえ?若い男よ。”老婆は、天井にいる私に念を送ってきた。私は肉体に戻り、今度こそ、深い眠りにおちていった。女は小太鼓を弾いていた。夢の中か?”さっきは危ないところだったのよ。あぁ、見えて、狼や虎なんて、わけなく倒してしまう男ばかりなんだから。””お主は、王族の娘か?””まぁ、一番力のある男の娘ということになるわね。”ひすいでできているのだろうか、耳飾りをゆらりと揺らした。財力がよほどあるのか、交易で得たものなのか、それ自体に不思議なエネルギーが感じる石だった。ヒューと風が吹き、向こうから白い犬がこちらに走ってくる。草草は、道を作るかのように、その犬に道をゆずっている。近くまでくると、牙の長さや骨格から、狼だと認識できた。私は口もとがゆるんだ。一太刀だ。思念で切るイメージができると狼たちは進路を変更していった。
雲が浮かんでいる。大きな雲だ。秋の到来を告げる雲だろうか。私は今日もまた生きている。