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事故物件巡り

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事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ⑥】

事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ⑥】

今回の事件の張本人ともいうべき、Bさんのお宅に伺ったちょうど2週間後、俺はまた新町ローズタワー6階のあの部屋にいた。
関係者を一堂に呼んでの謎解き会である。
総勢8名。
皆の予定を合わせるのに2週間かかったのだ。

「皆さん、お忙しい中お集まりいただき、
 誠にありがとうございます。
 今回の事案を調査しておりました、
 桑津と申します。
 本日は私がご説明をしてまいります。
 よろしくお願いをい

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事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ⑤】

事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ⑤】

事務所に帰ってまず珈琲を淹れて、一息ついたころに藤原さんからの報告書がメールで届いた。
A4のペライチのレポートだったが、知りたいことがそこに書いてあった。

事故があったのは躯体工事の中盤あたりだったらしい。
上層階に鉄筋などの資材を運ぶためのワイヤーが突如切れ、しなったワイヤーが当時6階付近で作業をしていた30代の男性作業員のBさんの右腕に直撃。右腕の橈骨と尺骨をぶち折る形となり、右腕の大半を

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事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ④】

事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ④】

新町ローズタワー。
中堅どころのデベロッパーが建設をし、去年竣工されたタワーマンションだ。
オートロックの玄関を抜けると、タワマンらしくロビーは豪華なものだった。
コンパクトながらゲーテッドガーデンも拵えられており、今はチューリップやネモフィラなどが華やかに咲いていて、来客者の目を楽しませてくれている。

「こちらが低層階用のエレベーターです。」
藤原さんが案内をしてくれる。
売買時の案内なら下見

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事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ③】

事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ③】

後日、入居者の方(ここでは仮にSさんとする)と話ができる日を調整し、藤原さんとお話を伺うことになった。

当日、現地のお宅でお話をする、という予定だったが、当日になって、
「やっぱ無理。あそこには帰りたくない!」
とSさんが拒絶されたので、近くのカフェで話を聞くことになった。

藤原さんはご丁寧にも弊社の入っている民泊崩れのマンションの前まで車で迎えに来てくれていた。
道中、このマンションのことに

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事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ②】

事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ②】

ワイングラスを替えて、一杯目を注いだあたりで、どんちゃんからDMが来た。

さっき目に浮かんだ光景をそのまま伝えた。
見てもない部屋のイメージをここまで明確に答えることは稀だった。

おおう、やっぱ当たってんのかい。
雨の日や曇りの日はやめておいた方がいい、説明はできないけれど、イヤな雰囲気を感じるときは雨の日が多い。
あと、いつもと違う人を連れていく、というのは素人さんには本当に有効な方法で、来

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事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ①】

事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ①】

「よし、これで完成っと。」
その夜も俺は美味しく出来上がったアヒージョをアテに、いい感じでKP(乾杯)して程よく酔っぱらっていた。
ワインのボトルを空けて、もう一本飲もうかと新しい I BALZIに手をかけたその時、Twitterから通知が来た。

何やら@付きでリプライが来ているようだ。

フォロアーでもあり、リアルでも仲良くさせてもらっているどんとこい違法業種ちゃん(女)からだった。

お祓い

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事故物件巡りの話【第1話】

事故物件巡りの話【第1話】

「うーん、っと。
 桑津さんにはね、フロント担当はもういいので、
 うん、こっちのね、特別な仕事の方、
 してもらおうかなってね、うん。
 個人プレイが好きみたいなんでね、うん。
 これはもう常務の承認も取っていますしね、
 うん。
 パワハラとかじゃないので、そこらへんは理解
 してもらいたいんですけどね、うん。」

うん、を6回。
それつけないとしゃべれなくなる男。その名を北原課長という。

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事故物件巡りの話【番外編 タワマンの女性 後編】

事故物件巡りの話【番外編 タワマンの女性 後編】

突然の調査対象の登場にびっくりして、後ろの方で尻もちついてる藤原さんには申し訳なかったが、彼のことはしばらく放置することにして、視れるうちに彼女を観察することにした。
いつまでも視れるわけではなく、すっと消えるときが多いからだ。
年のころはそうだな、20代中ごろから後半ってとこ。
髪の長さはあごから肩くらいのボブ。
色は栗色にしている。
座っているから正確にはわからないけれど、背は低そうな感じ。

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事故物件巡りの話【番外編 タワマンの女性 前編】

事故物件巡りの話【番外編 タワマンの女性 前編】

フィーン。
エレベーターの回数表示が42になり、目的の階に到着するとお上品な到着音が鳴り、音もなくドアが開いた。
到着音が馴染みのある「チーン♪」ではなく「フィーン」というすましたお上品なものだったため、場違いなところに来てしまったなという思いが次第に強くなってきた。
俺の今住んでる家賃知ってるか?
2DKの45,000円だぞ?!

「あれ、桑津さん、着きましたよ?」
同行してくれている管理会社の

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事故物件巡りの話 【最終話 後編】

事故物件巡りの話 【最終話 後編】

この会社に来るのも今日で終わりだな。
出社最終日の朝も、俺は普通に家を出た。
嫁の花ちゃんも普通にお見送りをしてくれた。

もちろん送別会などの予定はなかった。
北原課長が水面下で「桑津の送別会はするな」というお達しを出しているのは知っていたので、田澤の親分や中野さんが開いてくれると言っていたお別れの会も断ったくらいだ。
淡々と業務をこなし、定時になったら、あがるつもりだった。
それなのに、である

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事故物件巡りの話 【最終話】

事故物件巡りの話 【最終話】

親分「中野ちゃん、これ、洗いんとこに
   投げといてんかー。」

中野「はい、わかりました。
   来週中くらいのお願いで、
   いいですか?」

親分「そやなぁ。急ぎでもないし、
   向こうに合わせてあげてー。」

中野「わかりました。そう伝えます。」

ここはとある管理会社の施工管理課。
田澤の親分こと、田澤係長が主任の中野さんに普段通り、管理物件の退去後の指示を与えていた。

親分「そ

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事故物件巡りの話【第4話 終の棲家 後日談】

事故物件巡りの話【第4話 終の棲家 後日談】

練炭での一家心中事件があった一軒家の調査を終えた俺は、気が抜けたようになり、この会社で残された日々を淡々と過ごすようになっていた。
社内用LANで送られてくるチャットでは、

「桑津さん、やめちゃうの?困るよー。
 これから誰があのオーナー、相手するの?
 あの人相手できるの、桑津さんしか、
 いなかったのにー。」

とか、

「桑津主任、やめないでくださいよー。
 毎週土曜日に差し入れてくれるお

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事故物件巡りの話【第4話 終の棲家 ④】

事故物件巡りの話【第4話 終の棲家 ④】

事務所に戻った埃まみれの俺を見て、田澤親分は唖然としていた。
施工管理課の親分のシマで今回の顛末を話したら、親分は目を閉じ天を仰いだ。
その後、クソ怒られた。苦笑

親分「だから言うたやろが!!
   無茶しおってからに!!
   お前それ、俗にいうあっちに連れ去ろう
   とされとるやつやないか!
   ほんま、大事ないか?」

いや、親分、ここ喫煙室じゃないよ。苦笑
みんな心配そうに聞いてるし

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事故物件巡りの話【第4話 終の棲家③】

事故物件巡りの話【第4話 終の棲家③】

なかなか震えが止まらなかった。
もしかしたら、目の前にある電信柱に激突していたかもしれないという恐怖だけではなく、何かしら強烈な『悪意』を感じたからだ。
事故物件巡りをしていて、初めて感じた『悪意』。
最後の最後に残ったのは希望なんかでは全くなく、純粋な『悪意』だった。

さすがにこれから現場へと引き返す勇気はなかった。
一旦退くべきだと感じた。
戦略的撤退や、逃げるわけやない。
そうゴチて、ハン

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