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事故物件巡りの話 【最終話】

親分「中野ちゃん、これ、洗いんとこに
   投げといてんかー。」

中野「はい、わかりました。
   来週中くらいのお願いで、
   いいですか?」

親分「そやなぁ。急ぎでもないし、
   向こうに合わせてあげてー。」

中野「わかりました。そう伝えます。」

ここはとある管理会社の施工管理課。
田澤の親分こと、田澤係長が主任の中野さんに普段通り、管理物件の退去後の指示を与えていた。

親分「それにしても、平和やなぁ。」

中野「本当に。静かですねぇ。」

親分「嵐が過ぎ去ったあとの静けさて、
   こういうことを言うんやなぁ。」

中野「ほんま、そうですねぇ。
   あの人がおらんかったら、
   こんな静かなんですね。」

親分「ほんまになぁ。
   あいつはいろいろうるさかった。」

中野「うるさいやなんて。苦笑
   すごい寂しそうな感じ出てますよ。」

親分「誰がや!苦笑
   ほんまに荒らすだけ荒らして、
   やめよってからに。。」


俺「ハックショーン!ってオラァァア!!!」

大阪人の悪い癖である。
くしゃみの後に謎の怒声が入る。苦笑

どこかで俺の噂をしている。しかも悪い系のだ。
俺は勘が鋭いのだ。
南の方から悪い気が飛んできている。苦笑

「部長、風邪ですか。
 やめてくださいよ、今日も決済と、
 退去立ち合い入ってるんですから。
 私に行かせるん、ダメですからね。」

先に予防線を張ってくる。
部下の塚中だ。
優秀なのだが、俺に冷たい。
ほんと、冷たい。苦笑
ってかもっと上司を労われよ。苦笑

俺「ちゃうわ、絶対誰か俺の噂しとる。
  そういうのを感じるねん。」

塚「いや、悪口でしょ。
  ほんと敵多いんやから。。」

俺「よくお分かりで。。
  ほなそろそろ出よか。」

昼過ぎからの決済だが、まだ少し時間がある。
うまい中華料理屋が島之内の駅の真上にあるので、そこで飯を食ってから行こう。

俺が件の管理会社を辞めて3か月が経っていた。
次の会社は、以前の会社で部下だった子が、金主を見つけ、新たに始めた不動産会社だった。

新興の会社ながら、香港大手の不動産会社と提携をしており、売買仲介から不動産管理まで幅広くやり始めていたのだが、如何せんスタートアップの会社によくある「番頭さん」がいない状態で、急激に増えた受注をさばききれず、オーバーワークに次ぐオーバーワークで四苦八苦していたところ、ちょうどいいオッサン(俺)の身体が空く(クビになるw)ということで、拾ってもらった。
待遇は業務部長。
ただ、部下はいなかった。
劇団ひとりならぬ、部長ひとりだった。笑
業務部長というのは、要は何でも屋であって、メインの業務は専任の宅地建物取引士として、契約ごとの取りまとめをし、それ以外ではオーナーから預かった管理物件の諸々を引き受けていた。
ただ、就業規則や報酬体系など、全くと言っていいほど、きちっと制定してなかったもので、総務部長的なスタンスまで負ってしまい、一気に業務量が増えた。
そこでボスにお願いし、一人部下を雇わせてもらったのだ。
そうして入社させたのが、この塚中だった。
アパレル出身で、誰もが知ってる超有名企業にいたのだが、仕事中の交通事故が原因で、精神的に車に乗れなくなってしまい、車の運転が必須だった仕事を続けられなくなりそうだ、と困っているところに声を掛けた。

こいつのことは、ほんと昔からよく知っているが、とてもいい奴である。
彼氏ができないが、いい奴である。
俺に全く忖度しないし、言うことは言ってくる。
頭もいいし、愛嬌もある。
ダメンズばかり引っ掛けてくることを除けば、いい女である。
何より会社的にも俺的にも一番良かったのは、俺のことを絶対に恋愛対象としてみないことである。苦笑
もう、悲しいくらい、タイプじゃないらしい。
ぐすん。

とにかく、新天地で俺はまぁよろしくやっていた。
それはそうと、塚中の住むところ、探してやるっていって、ほったらかしにしてた件、そろそろ決めてやらないといけない。
今住んでるところから、ミナミの中心地、心斎橋まではちょっと遠い。
どっかいいとこないかな、、と思いあぐねていたところ、件の管理会社で同僚だった中田くんからLINEがきた。
ちょうどよいと思って、塚中の新しい住居の候補を探してもらったところ、広告料ももらえて、条件もよいところを紹介してもらった。
広告料は全額、塚中の引っ越し費用などに充てていいと、ボスからは了承をもらっていた。
塚中にも確認したところ、そこで良いと言うことだったので、とんとん拍子で契約と相成った。
中田君には「俺とやり取りしてるの、北原にバレたらめんどくさくない?」と一応聞いたのだが、どうやら、社内情勢が一変したらしい。
詳しいことはなぜか教えたがらなかったので、それが気になったのと、持ち回りで契約した契約書などを持ってきたらどうか、と中田君から提案された俺は、3か月ぶりに古巣に顔を出すことに決めたのだった。

次の日、ちょっと前まで毎日乗っていた電車に乗り、駅からの道を歩き、件の管理会社に到着した。

ノックをして入るなり、

「あれ、桑津主任!おかえりなさい!
 戻ってくるの、早かったですね!
 え、ちゃうの?残念やわー。」

「わー、また桑津さんからお菓子
 頂きましたー!!
 辞めはってから、ご褒美なくて
 みんなしゅんとしてたんですよー。笑
 え、何、シュークリームですか?
 やったー!」

「契約書、あずかりまーす。
 え、桑津主任が連帯債務者になってる!!
 愛人ですか?許しませんよ!!
 え、ちゃうの?
 それならオッケーでーすw」

周りに、わちゃわちゃ人が寄ってくる。
みな一様に楽しそうだ。
どうも変だ。
社内の雰囲気が明らかに、3か月前とは全く違う。
何があったのか。。
そう戸惑っていると、一番奥の方から声を掛けられた。

「ようこの事務所に戻ってこれましたね。
 君の図太さには改めて、びっくりするわ。」

険のある言い方やが、悪い気はしない呼びかけだった。
誰や、と思って奥の方をみると、そこには俺の直の上司であった田塚係長が座っていた。

俺「え、田塚係長?!
  あれ、ええ席に座ってますやん。
  どないしたんですか?笑」

中野「それはね、桑津元主任、
   あの人、戻りはってん。
   課長にね。」

いつの間にか横にいた、施工管理課の中野さんが、そっと耳打ちしてくれた。

田澤「俺が課長になってもよかったんやけど、
   やっぱガラやないからな!
   お前さん、俺には土産ないんかいな!」

田澤の親分も、もちろん健在だった。

俺「それはそれは、田塚課長。
  失礼を致しました。
  改めてご挨拶をさせていただきます。
  株式会社ザイファー 業務部長の
  桑津でございます。
  今後とも、よろしくお願いを致します。」

田塚「部長さんでしたか。
   それは失礼いたしました。
   管理課課長の田塚でございます。
   この度は部下の女性のお住まいを
   弊社物件に充てていただき、
   ありがとうございました。
   部下思いの良い部長さんですね。」

俺「御社物件の品質については、
  すばらしいと承知しております。
  それにこの物件が『事故物件』でない
  ことだけは、私が一番よく
  存じておりますので。笑」

田塚「それはそうでしたね。笑
   まぁ、立ち話もなんですから、
   こちらへどうぞ。
   あぁあの狭い課長室は壊しましたので
   そうですね、そこの席、ほら、
   3か月前までうちにいた『問題社員』の
   席がまだ空いてますので、
   そこにでもお座りください。笑」

俺「それはどうもどうも。苦笑
  なんだか、不思議ですねー。
  この席はなぜか、
  身体になじみますねぇ!!」

そこで一同、爆笑した。
課のみんなが仕事の手を止め、全員笑いながら、俺と田塚さんのやり取りを聞いていた。

3か月のうちに、課内の雰囲気が激変している。
一体なにがあったのか。
そういえば、北原がいない。。

俺「つかぬことをお聞きしますが、あの、
  ほら、独特な話し方される課長さん、
  今日は外回りですか。」

田塚「いやぁ、それは私にはちょっと。。
   あれだけのことになったんです。
   そこは桑津部長が一番よくお察し
   かと?苦笑」

俺「まぁ、心当たりはあるんですけどねぇ。
  その後のことはわからないですから。」

田塚「ほんとにあのときは、
   危なかったですからね。
   私にもっと感謝してくれても
   いいんですよ。笑」

俺「だからこそ、今日もこうやって
  田塚さんの大好物の
  リバージュのシュークリームと、
  賃貸のお土産もって、伺ったんじゃ
  ないですか。」

田塚「それだけで済まされたらねぇ。苦笑」

ラグビーの五郎丸に似た顔して、黒いことを言いやがる。苦笑

俺「自分だって、いい思いしてる
  じゃないですか。苦笑
  田塚かちょお?笑」

俺も負けてはいない。
どうせあの後、うまいこと立ち回ったはずである。

中野「でも、結局のところ、
   あの大立ち回りは二人が
   仕組んだものだったのですか?」

俺「いえいえ、俺は当初はまったく
  知らなかったことです。
  この人、全くノータッチ決め込んで
  ましたからね。
  ほんと、策士だわ、田塚さんは。。」

田塚「ほら、敵を欺くならまず、
   味方から、ってね。」

可愛くウインクまでしてやがる。
堅物のこのウインクにやられる女子社員も多いと聞く。
この女ったらしが!(人の事言えないって?苦笑)

中野「そこらへんのところ、この際、
   詳しく聞きたいですね。」

親分「そやそや、あのときはほんま、
   桑ちゃんピンチやったもんなぁ。」

俺「ということみたいですけど、話します?」

田塚「まぁそうですね、もう3か月も
   経ったことですし、
   そろそろ良い頃合いですかね。」

そう田塚課長が言ったので、俺は3か月前、俺が退職した日に起きた大騒動の真相を話し始めた。


事故物件巡りの話 最終話 後編に続く。


この物語は、ほぼフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。

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