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事故物件巡りの話【第4話 終の棲家 後日談】

練炭での一家心中事件があった一軒家の調査を終えた俺は、気が抜けたようになり、この会社で残された日々を淡々と過ごすようになっていた。
社内用LANで送られてくるチャットでは、

「桑津さん、やめちゃうの?困るよー。
 これから誰があのオーナー、相手するの?
 あの人相手できるの、桑津さんしか、
 いなかったのにー。」

とか、

「桑津主任、やめないでくださいよー。
 毎週土曜日に差し入れてくれるお菓子、
 楽しみにしてたのに。」

とか、

「やっぱ桑津さん辞めるんですよねー。
 辞めたらもうあいつのこともう気にしなくて
 いいんで、気兼ねなくサッカーいけますね!
 私も頃合いをみて辞めまーす。」

とか。
みんな好き勝手いってくる。笑
辞めるんじゃないんだよ、クビなんだよ、クビ!
最後の川本さんに関しては、君のせいでもあるんだよ!
まぁ、言っても仕方ない。
期間満了につき終了、ってやつだ。
契約時に俺の読みが甘かった。
ここまでシビアにやってきやがるとは思ってもいなかった。
どうしようもないし、未練もない。

けど、ここでやってたことは間違いじゃなかったんだって思いたい。
そんな風に感傷に浸っていたら、またチャットがきた。
施工管理課係長、田澤の親分からだった。

「桑津主任、ちょっと話がある。
 第二会議室、取ってあるので、
 30分後に来てください。」

とのこと。

「なんや、仰々しい。。
 親分のシマか、喫煙室じゃああかんのかいな。」

そう思いながら、30分後に第二会議室に行くと、そこには親分だけじゃなく、今回の件で深くかかわっていた中野さんまでいた。

俺 「あれ、中野さんまで。
   あの物件について、何か進展あったん
   ですか?」

親分「あぁ、進展っていうか、なんていうか。
   まぁ、座れや。」

奥歯に何か挟まったような言い草だった。
親分にしてはめずらしい。

俺 「いや、まぁ、俺も全部周り切って気抜け
   しちゃってまして。
   あの物件はそういや、洗い、
   どうなりましたか。」

親分「それや、それ。
   まずは洗いの件な。
   業者が怒ってきおったわ。」

俺 「なんでですのん。苦笑
   まぁ、あんなことがあった家ですし、
   気味悪いのはしゃーないにせよ、
   お仕事ですやん。
   しかも、すること少ない、割のええ
   仕事やのに。」

親分「いやいや、そういうので怒ってるんや
   ない。
   まぁ、俺も業者の話聞いて、
   にわかには信じられへんかったし、
   第一、お前さんが嘘ついてるとは
   思えんしなぁ。」

俺 「俺が嘘ついてる?
   え、どういうことですか?」

親分「いやだから、お前さんは嘘ついて
   ない思うよ。
   それはわかってるねん。
   でもな、業者の言うことも正しかってん。
   そやから訳が分からん。
   で、こんな話はあそこではできんから、
   わざわざ総務に言うて、この部屋、
   押さえたんや。」

中野「ごめんね、桑津主任。
   そんなん言われても、
   なんのこっちゃわかりませんよね。」

的を射ないやり取りが続いたのを見かねて、中野さんが助け舟を出してくれた。

中野「順を追って説明しますね。
   まず、桑津さんが調査に行ってくれて、
   まだ志穂さんの影響が高そうやし、
   オープンは無理よね、ってなった
   でしょう?
   オーナーさんも利益とか欲しないし、
   あの人はそんな金額必要でもない人やし。

   それでも、管理を引き受けてる限りは
   そのままはあかん。
   桑津さんも埃まみれになってたしねぇ。
   洗いくらい入れんと、ってそんな話に
   なった。」

俺 「そうですそうです。」

中野「で、親分は次の日すぐに洗い屋さんに
   電話したんよ。
   影響なさそうな、ちゃんとわかってる
   業者にね。」

俺 「親分、ありがとうございます。」

親分は無言で頷いた。

中野「で、洗い屋さんがすぐ来てくれて、
   私が対応したのよ。
   鍵のことあるしね。
   で、いつも通り、3つある同じ鍵の
   中から1本渡したのよ。」

俺 「”あの戸建の鍵は1本ずつしか
   貸し出してはならない。”

   誰が決めたんかしらんけど、
   そういうルールでしたもんね。」

中野「うん、そうそう。
   そやから、今回も1本だけ渡した。
   それで20分くらいかなぁ、
   渡してから後でまたその洗い屋さん、
   うちに戻ってきはってん。」

俺 「あれ、志穂さん、その業者、
   お気に召さへんかったんかな。
   またあの”重力攻撃”受けたとか。苦笑」

中野「ううん、違うねん。
   そんな嫌がらせはなかったらしいん
   やけどね。」

俺 「じゃあ、なにがあったんですか?」

中野「玄関のドアがね、開かないって。
   シリンダーがまったく回らないって。」

俺 「そんなはずないですよー。
   10年振りに使うにしては、
   スムーズやなーってくらい、
   スルー、コロン、って感じで
   開きましたよ。」

中野「私もそう聞いてたから、おかしいなと
   思ってんけど、
   わざわざ洗い屋さんも嘘つくわけない
   しなぁって。
   それやったら、もう一本同じ鍵やけど、
   持って行って、試してくれる?って
   言うて、渡したんですよ。
   でも・・」

俺 「また開かんかった、と。」

中野「そう。現地から電話かかってきたの。
    開かんやないですか!って。苦笑」

親分「そのやり取り横で聞いてたからよぉ。
   そんなわけあるかい!言うて、今度は
   俺が残った鍵、中野ちゃんからもろて、
   現場行ったんやわ。
   わかるか、この恐怖。
   お化け怖い俺がずっと避けてたのに、
   現地行ってんぞ!
   めっちゃ腹立ったわ、その業者及び
   お前さんに!」

俺 「心中、お察しします。。」

親分「でやがな、着いて、これ使ってみぃ!!
   って鍵渡したけど、やっぱり開かへん
   言いよる。
   貸してみぃ!っていうて、俺が開けよう
   としたけど、全くびくともせん。
   意味が分からんくなってな。
   管理上、開かへんのは問題あるから、
   中野ちゃんからオーナーに電話して
   もろて、オーケー出たから、
   俺が車に積んでるBoschのドリルで、
   破錠したったわ!」

親分、過激すぎる。苦笑

親分「で、何とか中に入れたわけやが、
   お前さんに聞きたい。
   あそこの玄関、どうやって開けた?」

俺 「どうやってって。
   普通に挿して、くるん、ですわ。」

親分「何が挿してくるん、じゃ!
   開かんかったっちゅーねん!」

中野「ほんまにそやよねぇ。
   わからんのよ、そこが。
   で、この鍵なんやけど・・」

中野さんは机の上に、件の鍵を3つ置いた。

中野「よう見て。私もこんな簡単なこと、
   気づかんかったん、恥ずかしい
   ねんけど・・」

そういって、3つの鍵のうち、1つだけを摘まんで俺に見せた。

中野「ほら、この1本だけ、摩耗してるでしょ。
   これだけよく使われてるのよ。」

あれ、そんなことか。
逆に中野さん、知らなかったんだ。

俺 「あぁ、そのことですか。
   そうですよ。それだけ使用感ある。」

親分「そのことですか、って知っとったんか?」

俺 「えぇ、まぁ。
   3本の中から、1本選んでって
   言われたときに、毎回違うのを
   選んでたんですよ。実は。」

親分「はぁ?毎回違うのを選んでたやと?
   全部同じやないか!」

親分がイライラしてる。そりゃそうだろう。
ちゃんと話さないと訳がわからないだろうから。

俺 「いや、キーリングついてる鍵だと、
   普通、キーリング持つじゃないですか。
   でも、それ、3本とも生の鍵だけだから、
   普通に鍵の部分持ちますよね。
   じゃあ、わかるんですよ。
   なんとなく違いが。」

そう言うと俺は一本ずつ鍵を摘まんで説明してみせた。

俺 「ほら、これ。これは使用感ありますが、
   そこまで使われた形式ないですね。
   そして、冷たい感じがする。
   たぶん旦那さんのだったんじゃないかな。
   一番最初に持って行った鍵がこれです。
   事故りかけたときね。苦笑

   で、次にこれ。
   これは一回も使われてないやつ
   でしょう。ツルンツルンです。
   いわゆるスペアキー。
   家に置いてたんでしょう。  
   二回目行ったときに持ってった鍵です。
   結局嫌な感じがしたんで、使わず
   逃げ帰りました。笑

   で、最後のこれ。ディンプルだから
   わかりづらいけど、
   持ってなぞったらわかります。
   若干滑らかなんです。
   わかりますか?
   柔らかな感じがしますよね?」

そういって、親分にその鍵を渡した。

親分「滑らか?柔らかい?
   わかるかそんなもん!!」

俺 「親分、怒らんないでくださいよ。
   中野さんも同じこと言ってたじゃない
   ですか。
   その時は意図しなかったんですが、
   三回目の訪問時に使ったのは、
   これですね。
   志穂さんが使ってたやつじゃない
   ですかね。
   持つとなぜか柔らかくて、なぜか
   温かみを感じます。」

中野さんと親分が顔を合わせる。
ん?何か俺、またまずいこと言ったか?

親分「お前さん、ほんま変わっとるなぁ。
   実はな、破錠して入ってから、
   そのシリンダー確認してわかったことが
   あるんや。
   それわかったとき、業者も俺も
   顔見合わせて、笑ろてもたわ。

   開くわけないねん、この鍵3つともな。

   あの事件があったときにな、

   シリンダー交換しててん。

   いろいろあったからやろな。
   新築の工事部のやつらやろけど、
   交換しとんねん。
   こっちに管理来る前の話やから、
   俺も中野ちゃんも知らんかった。
   ここまで言うたらわかるか?」

俺 「ええっと・・
   開くわけないですよね、ドア。苦笑」

親分「当り前じゃ!!
   シリンダーのちゃうディンプルキーで
   玄関開いたら泥棒さん大喜びじゃ!!
   お前さん、なんや、ピッキングも
   できんのか!!
   人を反社呼ばわりしおって、
   お前さんこそ、
   反社ちゃうんか!!」

親分、なぜそこまで荒ぶってるのよ。。
よっぽどあの家行ったのが嫌やったのね。。
ほんとに怖い人に恐喝されてるみたいじゃないか。苦笑

俺 「親分、ピッキングは確かにamazonで
   ツール買うて、ただいま絶賛練習中
   なんですけどまだ習得できてませんって。
   第一、ディンプルキーのピッキング
   とか無理でしょ。。」

親分「あー、わからん!
   これやから、お化け関連は嫌いじゃ!!」

俺 「ってか、なんで前の鍵があるんですか!!
   今の鍵、どこ行ったんですか?!」

親分「10年前のことやからな、わからん。
   どうせ、本社の施工部の倉庫か
   どっかに眠ってるやろ。」

俺 「まぁ、もうわからないですよね。」

中野「この鍵のことがわかったとき、
   あーやっぱり志穂さん、桑津さんのこと、
   選んだんやねぇ、って思ったの。
   最初、事故に遭いかけたのも、
   次の日、なんか入られへん気がしたんも、
   間違いやなかったんですよ。
   この鍵だけが、志穂さんの使ってたこの鍵
   だけがあの家に入れるものやったん
   ですよ。
   それとね、この家の鍵のルールあった
   でしょ?」

俺 「ええ、さっき中野さん言うてた、

   ”1本だけしか貸し出してはならない。”

   ってやつですね。昔からあるルールの。」

中野「あのルールね、実は、

   ”誰からそう指示されたのか”

   私、覚えてないのよ。」

俺は親分の方を見た。
静かに首を横に振っている。

中野「そんなルール、他の物件にないのにね。
   私が勝手に思い込んでただけなん
   ちゃうかな、って思い始めてる。
   なんか”そうせなあかん!”って
   思ったんかも。
   志穂さんに私も動かされてたんかなぁ。」

俺 「まぁ、こうなった以上、そう思うしか
   ありませんよね。」

親分「何を他人事みたいに・・。
   お前さんが引き起こしとるねんぞ!
   あんだけここには触れるなと
   言うたのに・・・。」

俺 「なんか、ほんますません。。
  (キレるなら、指示した北原に
   キレてよ。。あのどアホに。。)」

親分「ほんまにわからんことだらけじゃ!
   それとは別にな、まだ話があるねん。」

そう言って、親分は机上にあったクリアファイルから、何か写真をプリントアウトしたものを取り出した。

親分「これ、見覚えあるよな?」

俺 「えーっと、うん。あの現場の写真でしょ。
   親分に撮った当日、確認してもろたやつ
   やないですか。
   どないしたんですか?」

親分「間違いないな?」

俺 「ないですないです。デジカメなんで、
   フォルダがその日の日付で生成される
   やつなんで、間違いないですよ。
   あの日、疲れ果ててあの物件以外、
   行ってないですし。」

親分「それは俺もわかるんやが・・ほんま謎や。
   これ、見てみぃ!」

次に親分が差し出してきたのが古い戸建の内部写真だった。
明らかに放置されている感じの内部写真だった。
湿って淀んだ空気の臭いまで伝わってくる。
2階の写真ぽかったが、全体的に暗い。
何かわけわからない虫の死骸などが散らばってて、埃まみれの床である。
次に1階の写真を見せられた。
2階と同じように羽虫の死骸で床が真っ黒になっている。ただ、部屋の中央から窓にかけて、やけにきれいだ。
撮影するときに、カーテンは開け放っているのだろうが、全体的に暗く、病んだ感じがする。

俺 「えらく放置してる物件ですね。
   まだこんな物件、残ってたんですか。
   ここに行けと?まぁ、いきま」

親分「ちゃうわ!窓よう見てみぃ!カーテン!
   カーテンの色!わかるやろ!」

親分が苛立って、また声を荒げたが、それは俺が悪かったんだ。
あまりにも暗くて、重い感じがする写真の雰囲気に気を取られて、それ以外を注意して見ていなかった俺が悪い。
暗い感じがする部屋をより一層暗くしているのが、そのカーテンだったのだが、年数がえらい経っているからだろうか、薄汚れていた。
その色は・・黒。いや、紫か。
紫のカーテン。。

俺 「いや、そんなん・・
   そんなんあるはずないです!」

親分「そや、これはあの家の写真や。
   昨日撮ってきた。
   見比べたらわかる。
   同じ構図で撮ってみたからな。
   やけにきれいなとこも覚えあるやろ。
   お前さんが『人間雑巾』」したとこ
   ちゃうん?」

そう言って、親分は日付が違うが同じ家の内部写真を机上に並べた。
明らかに違う。
俺が撮った写真は今すぐうちのお部屋紹介サイトに載せても問題ないような明るい写真だった。
もう一方は絶対に載せてはいけない、廃墟写真だったのだ。

中野「志穂さん、桑津さんにはええとこ
   見せたかったんかもしれませんね。
   自慢のお家やったもの。
   桑津さんにも生前の家に来てほしかったん
   やろね。」

親分「というわけや。
   ほんまはお前さん呼んで確認せんでも、
   わかってたことなんや。
   でも、お前さんにも話しておかんとな、
   と思ってな。
   シリンダー破錠したこともあって、
   オーナーさんとも再度話したんやが、
   今回洗いを入れた後は、
   もう管理からも外れることになった。
   オーナーさんが個人的に管理したい
   らしいわ。」

俺 「え、個人でですか?」

親分「そうや。
   まぁ個人管理言うてもするこというたら、
   中の掃除するくらいやからな。
   こんな状況でしたわ、ほったらかしてて
   すんませんって正直に報告したら
   怒られるか思たけど、
   いやいや、私も辛いから遠ざかってて
   こんなことになってるとは思わなんだ。
   私が娘とあんな男との結婚を許した
   ばかりに孫まであないなことになって、
   ちゃんとした供養もできんとこんなんに
   なってる、自分は余命も短い身やが、  
   これからはあの家に仏壇もちゃんと
   おいて、他人任せにせんと成仏でき
   るように供養します、ってそう、
   言われたわ。」

俺 「うーん、管理会社としては責任果たせ
   なかった感じがしますね。
   なんか悔しいっす。」

親分「あのな、桑津主任。
   俺らは管理のプロとして報酬貰ってる
   ねん。
   ただな、中野ちゃんにも言うたけど、
   何でも屋やないねん。
   できることとできんことがある。
   その点、お前さんは安月給の割に
   ようやってると思う。
   桑津主任がここに来てくれてから、
   いろんなことが変わった。
   この案件にしたって変化のきっかけを
   与えてくれた。
   お前さんはようやったよ。褒めたる。
   今日も奢りで飲みに行くぞ!」

俺 「そういってもらえるとやった甲斐が
   ありますね。
   とりあえず、解決、でいいのかな。
   飲みましょう!」

親分「なんか勘違いしてるようやが、
   奢るのはお前さんやぞ!
   お前さんのせいで、俺は行きたくもない
   事故現場に行かされた挙句、マイドリルの
   Boschで志穂さんの愛着がある玄関ドアを
   ぶち破ってしもたんやぞ!
   次、俺が呪われたらどうすんねん!!
   俺、イケメンやからヤバいやろ!!
   責任取れ!詫びを入れろ!!!」

中野さんが大爆笑している。
組長の顔みたら、志穂さんかって、逃げ出しますよ、っていうたら、ますます凄んでこられた。
結局、最後はこんな雰囲気なのかよ、って感じがしなくもないが、終わりよければなんちゃらだ。


不動産管理の業は本当に多岐にわたる。
オーナーからは無茶を言われ、賃借人からも無茶苦茶にされる。
おまけに社内でもクソ野郎が多い。

それでも最適解を見つけて、動いている。
「できることとできんことがある。」
親分の言う通りだ。
俺はできることを、やれるだけのことをした。
これ以上のことを望んだら、罰が当たる。

俺はやることをやった。
期限にも間に合った。
俺がクビになる日まで、あと3日だ。


事故物件巡りの話 最終話 へと続く。

この物語は、ほぼフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。

追記

あの戸建ては今も○○市に現存しています。

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