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今だからこそ、ズッコケ男道を歌いたい

出勤すると同時に資料を見て、且つ自分のスケジュールを確認しながら思わず自問自答してしまう。

間に合うのか、今日中に。
地方業務の入札の資料提出が今日中。

到底間に合わない。資料はまだ一部業務が未確定のため完成に至っていない。

「大丈夫です。まだ1日ある。ギリギリまでやりましょう」

年下の上司からのその一言はつまり、今日という日が23:59まで続くということに他ならなかった。

「はい。ギリギリまでやります」

私は心の動揺を悟られぬように精一杯力強くそう答えた。

ここ数日の退勤時間は毎回22:00をまわってしまっていた。
本来定時ダッシュを最良とし、仕事とプライベートの線引きをしっかり行うことこそが私のサラリーマン道であったため、
この多忙を極める日々はあまりにもしんどかった。

前々職の若手時代もたしかに始発から終電まで業務を行うことは多かった。
だがあの頃はとにかくやらされ仕事が多かったし、あまり物事も考えられなかったため、現在と比べると幾分疲弊度はセーブできた。

しかし今日の業務は厳しい。
入札、調整、数字、管理・・・そのどれも責任が重くあり、それ以上に切実な競合との争いが神経を擦り減らす。

ドラマや映画でよく主人公と同僚達が、競合他社との争いにどう勝るかを会議するシーンをよく見かけるが、いまの私はまさにそれだった。

まさかこんな生活になってしまうとは。

心配ないって笑うけど、ほんとは内心ビクビクで
焦りを蹴散らしてこーや
虚勢は男の生きる道。







かつみさんは52歳になっていた。

『キミとはもしかしたら20くらい違うかもしれないのに恋愛対象になるの?』

「もちろんです。それに性格にはたったの15年差です」

『それはそれで結構な年齢差だよ』

「かつみさん。こんな言葉があります。“キミが20のとき相手は30。キミが30のとき相手は40。キミが40の時は50。50なら60。60なら70。ほら。もう差なんてない”ってね」

中学生の時、金曜の夜に毎週中村俊介主演のツーハンマンをみていた。

上述の台詞は普段はテレビ局勤務の地味な窓際社員の主人公が、看板の通販番組に謎のヒーロー“ツーハンマン”として登場し、あらゆる事象に対して芯を食ったことを言うこの作品の中で放たれた言葉だ。

当時思春期ど真ん中であった私には、結局その後のトゥナイト2を観るための待機でしかなかったはずだが、ソロのような出で立ちに甘い声で訴えかけるように説教をする中村俊介に、私は夢中になってしまっていた。


『でもそれはきれいごとでしょ?もう子供もできないんだよ?』

「そんなの気にしません。僕は真剣交際を求めている」

『じゃあ・・・お友達から。よろしくお願いします』


「ええ・・・。はい」


なぜこんなことになってしまったのだろうか。

1週間前、2年ぶりに飲むことが決まり、私達のlineは熾烈を極めた。

それはもうline上で行われsexに相違なかったと言える。

ここに記載するのも憚られるレベルで、たとえばそれはどんな下着をつけてくるかだったり、休憩場所でどんなオプションをつけるかであったりといった内容から、もう1週間後の逢瀬はいわば当選確実といえるものだった。

にもかかわらずだ。

当日いざ会ったかつみさんはそういうことを匂わせるやいなや
『私はちゃんと交際をしないとそういうことをするのは嫌だ』と言う。

おいおいおいおい。バカ言ってるんじゃあない。

そのムーブは20~30代の動きでしょ。あなたは52歳でしょ。

しかしそれを言われて断られたところでもう、私の臨戦態勢は1週間前から仕上がってしまっている。

もう後には引けない。不退転の覚悟が既に出来上がってしまっている。

こうして私はまんまと52歳独身の彼女に「真剣交際をしてください」を伝えてしまったわけである。

なんと愚かしい。

『すぐには解答できない。少し考えさせて』

彼女はもったいぶるように言った。

「僕は今すぐにでもあなたを抱きたいんですかつみさん」

『身体目当てってこと?』

「違います」

『じゃあ何目当てなの?』

「それは心で、それは涙で、それは愛で、それは夢で、それは僕からカツミさんへの想いです」

『なら尚更ね。大丈夫。前向きに考えるから』


あかん。


彼女できそうだ。


ここから私は真剣交際という言葉と年齢差について深く考えてしまった。


『美味しかった。この店のお代割り勘でいい?』

「…ダメです。全額ぼくが出します」

『え、ダメだよ。出すよ』

「ダメです」


…一銭でも貰ってしまうとこれはもう結婚詐欺になってしまうんじゃないか。

あまりにも馬鹿げた発想ではあるが、決してそれはありえないとは言えないような気がしていた。


こうして私は飲食代2万円、彼女の家までのタクシー代1万円の計3万円を支払い、また52歳と一夜をともにした。

以前も感じたことだが、彼女の肌は明るいところでみればやはり歳相応な感じがした。


『次回は私が全額出すからね』

「ダメです」

ここまで頑なな辞典である程度は怪しさを感じそうなものだが・・・まあ仕方ない。

こうして私は、いただき男子への道を歩み始めたのだった。






新千歳発、羽田到着22:30の便は大きく揺れた。

小学生のときに家族旅行で海外に行った際の飛行機で具合が悪くなり嘔吐してからというもの
どうにも飛行機に乗るたびに飛行機酔いをする癖がついてしまっている。

『生のノースマンが食べてみたいんだけど日持ちしないよね多分』

小峰遙佳がそう望むということは、なんとかできないだろうかという提案を求める姿勢を示している。

「今日お店いるの?届けるよ」

健全エステ店に就職し、いまやアカウントマネージャーとなってしまった彼女は、人手不足の昨今いつも深夜帯までシフトの穴埋めをしている。

『今日は別店舗に入ってるんだよね』

「じゃあ届けて他の誰かに渡して帰るよ」

『ええ、さすがに悪いよ』

「いいよ。日持ちしなし。通り道みたいなもんだから」

『終わったら私の家来る?』

「明日早いから大丈夫。ありがとう」

『じゃあエステ受けてく?』

「いや大丈夫」

『駄目だよ。悪いもん。時間60分なら大丈夫でしょ?』


こうして私は羽田に到着するなり急いでモノレールに乗り、山手線沿線まで戻ることにした。





「あのー、予約で…」

『小峰さんから訊いてます。どうぞこちらへ』


そう言って体調不良の中施術をしてくれた吉野さんという女性はとても美しかった。


だが小峰遥佳の店の従業員である以上は私は当然ながら吉野さんにちょっかいは愚か、ふざけた口をきくわけにといかなかった。


そうして受けた施術はただただ時間の無駄だったような気がする。





『昨日ありがとう!ほんとにノースマン嬉しい。食べた?』


翌日小峰遥佳からの御礼のLINEを確認すると、やはり多少なりとも嬉しいものがあった。


53歳のカツミさんには悪いが、私は小峰遥佳が好きなのだ。付き合いたいのは彼女だ。


「食べてないよ。甘いものあんまり得意じゃないし」

『えー!超もったいない!めちゃくちゃ美味しいよ。えー!残しとけばよかった!』


「もう全部食べたの?」

『うん。店のみんなで食べたよ。みんな大喜びだったよ!吉野さんもまた御礼にエステ受けに来て欲しいって言ってた!彼女がそう言うのは珍しいよ!』



俺は店の従業員のためにそういうことをしたんじゃなく、キミのためだけに買ってきたんだけど…


そう言って彼女に不貞腐れたかったが、それをするには私は老いていて、あまりにも気持ちの悪い行為であるとすぐに自覚したのでやめた。


「喜んでもらえてよかった。また買うよ」

『いつ家にくる?』

「いや、しばらくは忙しいから。また連絡する」


意趣返しというよりはささやかな抵抗であった。

彼女の発する『お店に今度またきてよ』が、健全エステではありながら、どうにもキャバ嬢やガールズバー嬢のそれに聞こえて、どうにも嫌な気持ちになったからだ。





今週も飛行機に乗り、遠方へ行く。

きっと乱気流にやられ、また飛行機酔いをし、また彼女の欲しいお土産を買い、また私は彼女に媚びるのだろう。


その時々に、私は仕事を詰め込み、必死に生きるのだ。



なぜ仕事をしているのか?

なぜ働くのか?


それの私の答えは「エステオーナーにお土産を買うため」だ。



要するに不毛だ。


恋愛も仕事も、付随であり、不毛なのだ。



答えはいつも薄情な涙の味しかしないけど

ずうずうしく生きてこーや

バイタリティーこそ


男道。

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