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年度初めの東急バスとギャル2人

いくらリモート勤務が増えたと言っても、年度初めは出社する必要がある人も多いのではないだろうか。4月に入って気温もだいぶ暖かくもなり、それと同時に今年は、なんだか細かい雨がよく降る。先日の朝はそんなどんよりとした空の下、いつもよりも混み合う朝のラッシュの時間に、東急電鉄が信号トラブルが重なった。運休も発生したりして、電鉄の乗客は、同じく渋谷を目指して運行している東急バスに振替輸送された。

東急バスは乗車賃が一律なので、前から乗って事前精算し、下車時は後ろからただ降りるシステム。でも、混雑しすぎて前から乗れない場合、とりあえず後ろから乗って、あとからの精算にも、臨機応変に対応しているのを何度か見かけたことがある。これがマニュアルに沿った対応なのかはわからないが、日本のような国では、発車時刻が大幅に遅れるよりは、客を信頼して先に乗せた方が、素人目にもスムーズに見える。もしイレギュラーな対応だとしても怒らないであげてほしい。

私は傘をさして、いつもより彩度が無い渋谷を歩道を散歩していた。通勤ラッシュの時間帯に立派な大人が何してるんだよ、と言われそうだけれど、私自身も4月に入って新しい仕事が増えたりして、目まぐるしい年度初めを送っていた。タスクというよりは、新しいプロジェクトに伴う、新しい人との出会いが、どういうわけか私には相当に心理的負担となってしまう。そんなの気にしなければいいだろうか。綺麗好きの人は、散らかった部屋を見せられて、気にしないでと言われれば、気にせずにいられるのだろうか。見えてしまうものを見えないようにするのには、相当の力が必要だ。疲弊して視野が狭くなっていると感じた時、一番いいのは外を散歩することだと思っている。根本的な解決には繋がらなくても、外に出て、空がとんでも無く広くて、死ぬほど遠いことを思い出せたら、目の前の出来事が相対的にちっぽけに見えることがある。

フラフラ歩いていると、目の前のバス停で東急バスが停車した。今まで見たことないくらいの人が乗っているバスの中から、おそらく今年から大学とかの新入生だったりするのだろうか、ギャルが2人、バスから押し出されるように降りてきた。1人は黒いミニスカートに白いトップス、厚底の黒いブーツで、肩から大きめのキャンバスバッグを斜めがけにしていた。もう1人は全身黒でありつつも、トップスは女性らしい形で、ズボンはゆるりとした感じ、こちらも厚底で、そして首にAirPods MAXを装着していた。どちらもブリーチした金髪で、胸より下くらいまで長さがある。メイクはあまり見えなかった。ギャルの定義は人それぞれかもしれないけれど、昨今トレンドになっている「平成み」を彼女たちからはっきりと感じたこともあり、私は彼女たちを「ギャル」だと認識した。

2人は乗車賃の精算がまだだったらしく、バスが発車する前に乗車口側に移動して精算しようとしていた。しかし、すでに乗車口には乗客がすし詰め状態になっており、誰が見ても、2人は到底精算機にまでは辿り着けなさそうだった。

私はバスという乗り物に、東京にきてから乗るようになったので詳しくないのだけれど、東急バスはだいたいの車両の外側にアナウンス用のスピーカーがついているようだ。運転手さんがスピーカーを通して「振替輸送もあるので、タッチしにこなくて大丈夫ですよ」という旨の話を、乗車口近くで戸惑っているギャル2人にした。2人が普段からバスユーザーなのか、それとも電鉄ユーザーで、今朝だけ振替輸送でバスを使ったのかはわからないけれど、運転手さんのひとことで、彼女たちが精算機まで辿り着かなくていいことは、周知の事実となる。ギャル2人は「ええっ、ありがとうございます!」と驚きまじりにお礼を言う。

これだけだったら、別に私もnoteにこんなことは書かなかっただろう。

ギャルたちの「ありがとうございます」に釣られて、東急の運転手さんがスピーカー越しに「はい、ありがとうね」と返事しながらドアを閉めた。

この東急バスの運転手さんの、スピーカー越しの「ありがとうね」が、ギャルたちにはかなりアゲだったらしい。

2人は驚いたように顔を見合わせて、
「ありがとうだって・・・!!!!!ありがとうって言ってもらった!!!!!」
と、まるで、いわゆる“推しにファンサ貰った”みたいなテンションできゃっきゃしながら、バス停のすぐそばにある、私が入ろうとしたコンビニに連れ立って入っていった。

バスはその後すぐに発車。運転手さんも、あと乗客も、あのギャルたちが、ありがとうにここまで喜ぶとは思ってなかっただろう。私も「そんなに嬉しかったのか・・・」と、キョトンとしながら、ギャルのあとに続いてコンビニに入店した。

いわゆる多感な時期の、小さなことでも大げさに騒いでキャーキャーするムーブみたいなものかと思っていたら、店内に入った後もギャル達の喜びの感情は弾け続ける。「マジで東急バス最高!」とまで言っていて、私は「そんなに嬉しかったのか・・・」と思いながら、コンビニコーヒーの氷を、アイスケースから取る。

ギャル達の感情スパークルは止まらない。

私がセルフレジにうつり、コーヒーの会計を済ませていると、背後のお菓子コーナーあたりから「マジで、今日いいことある気がする!」とギャルの声が聞こえてくる。

この辺りで私は疑問に思うことをやめて「ああ、なんだか、久々にこんなに感情の純度の高い子達を生で見たな」と思い直した。2人にとってあのスピーカー越しの「ありがとうね」は、本当にキラキラしていたのだ。

アイスコーヒーのプラカップをマシンにセットしてコーヒーを淹れている間に、一度コンビニ内で単独行動に移ったギャル達は、それぞれ菓子パンなり、おにぎりなりを持って、サラダチキンがたくさん並んでいる棚の前で落ち合っていた。

お互い何を買うのかを確認しあった後、ミニスカートの子が思い出したかのように「そういえばここのコンビ二、さけるチーズほぼ全種類取り揃えてるんだべ!」とチルドコーナーに再び連れ立って行った。

関西出身の私には、この方言が、南の方言にも聞こえたし、北の方言にも聞こえた。

もしかしたらこのギャル達は、今年東京に出てきたばかりなのかもしれない。2人はとても気心が知れてるように見えたけれど、もしかしたら東京に来てから出会って、この澄んだ、クリアな感受性で、一気に仲良くなったのかも知れない。

そして、色々とシステマチックで不慣れなトウキョウで、更に振替輸送みたいな突発的トラブルにも見舞われ、無意識に緊張の糸が張り詰めている中、運転手さんの、敬語じゃない「ありがとうね」が、人情みが感じられて、こんなにも心が震えているのかもしれない。

なんて、色々勝手に考えながら、まあどうであれ、ありがとうは言葉にした方がコスパいいよなあ、と結論づけて、淹れ終わったアイスコーヒーに蓋をはめて、ストローを刺し、いつも通りサイズの合わない紙ホルダーをむりやりカップに嵌めて、店を後にした。

ここ最近年下の子達とやりとりを直接することが増えたけど、些細なコミュニケーションでものすごく感情をきらめかせる子が多い気がする。単純に私がそういう子とのコミュニケーションに恵まれているだけという可能性もあるけれど、コミュニケーションの礎になるとも言えそうな学生時代をコロナ禍と共に過ごしてきた子達にとって、リアルなコミュニケーションというのは、ひとつひとつがものすごく驚きに満ちた、かけがえのない瞬間なのかもしれない。

店の外に出ると、電車が止まったせいで、徒歩で目的地に向かっている人が増え、人通りがいつもの2倍くらいになっていた。今日みたいな人でごった返したバスに乗って朝から消耗するくらいなら、確かに歩いた方が賢明かもしれない。そして、バスの運転手さんも4月から担当ルート変更だとか、定期切替の時期で乗車券トラブルなんかもあるだろうに、咄嗟にありがとうの言葉が出る余裕があるのは、大人として見習いたい在り方だとも思った。こういう出会いがあるからやはり散歩はいいな、と思いながら、ストローからコーヒーを啜った。

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