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若い先生を育てる

若い先生たちをよりよく育成すること。
これが、今の私の仕事です。

これまで校長として「学校経営」にあたってきた私。
自分の今の仕事をどうとらえ、それとどのように向き合うか。
これは、ここまでの2か月の私の大きなテーマでした。

若い先生には、それが命をおびやかすものでない限り、にがくつらい経験だってさせなければなりません。
それを避けさせること、そんな経験をさせないようにすることが、私の仕事ではありません。そんな経験さえ「宝」となっていくからです。いらぬ「転ばぬ先の杖」を若い先生にあてがうのが私の仕事ではないでしょう。

私が、若い先生と出会うとき、私が私の仕事をするときには、次の2点を、今、大切にしています。

まず、一つ目です
若い先生との面談では、次の問いかけから始めることにしています。

「〇〇先生が、今、意識して大切にしていることは、何ですか?」

私は、この問いかけから始まる面談なしに若い先生に「〇〇〇〇〇を大切にしなさい。」などとは助言しません。私のその勝手な指摘・指導は、今現在の〇〇先生の「成長点」からは的外れとなり得るものだからです。〇〇先生の「成長点」は、この問いかけから明らかになる「意識して大切にしていること」にあります。私からの言葉が、邪魔にならないで〇〇先生にきちんと届くのは、まさにこれを射貫く時です。
若い先生が今まさに持っているその視点へのリスペクトからこの面談を深め、「対話」にまで高めていくのです。そして、「次なる大切」に本人が自ら手をのばすまで信じて待つのです。本人が次なるステージに立つ時、その時こそ私の次の出番です。育成をあせる必要はありません。

2つ目です。
若い先生が、「孤独」を感じること。
これは、よし。
なぜなら、「孤独」は、その人が持つ主観的な心のあり方、感情のことだから。「ひとりぼっちだ…」「心細くて、泣き出しそう…」。これは、子らへの指導の様子をいつも気に掛ける同僚の先生がいるにもかかわらず、一人で教壇に立つ若い先生にありがちな「感情」です。そう感じても、かまいません。「孤独」を楽しむ、「孤独」を心地いいとさえ思うことだってあります。そう感じても、かまいません。
若い先生が、「孤立」していること。
これは、いけません。
なぜなら、「孤立」は、その人の置かれた客観的な状況であり、人とのつながり・ネットワークが欠如している状況のことだから。その状況にはテコ入れし、環境を整える必要があります。

よって、私が若い先生と出会うときに大切にしていることの2つ目は、

本人やまわりの方との面談を通じて、
〇〇先生を取り巻く環境をリサーチし、把握すること

このことに係る面談時のポイントは、次の4点です。
 ➀ロールモデルとなるような先輩先生の存在の有無
 ➁教室ではなく、職員室での過ごし方
 ③管理職(上司)、同僚の先生との関係性
 ➃校内のチーム内での所属感、OJT研修の進捗など

そして、〇〇先生には、最後にこう伝えることにしています。

「教師」は、人をそだて、「未来」をつくる仕事。
しかも、「教育」は、チーム戦。
私は、若い先生とともに学び、その仕事をサポートします。

実は、上記のことは、私の今の名刺にも示している文言です。
これは、〇〇先生との縁(えにし)を得たことをよろこびとし、ともに人づくりの仕事をしましょうという宣言でもあります。

私が若い先生らに力添えできることは、限られています。
そのことの自覚自体がとても大切なことなのだ、とも考えています。
すぐ後ろを伴走し、同じように立ち止まってともに考え、その背中を見つめ続ける同志のひとりとして若い先生の目に映っているといいなぁと思います。

次のBigfumiさんの『繋いでいけ』という素敵な歌。
ラガーマンの心を熱く歌った曲なのですが、ベテラン先生と若い先生との関係についてもとても当てはまる曲です。
子らの教育に対して「チーム学校」として立ち向かうチーム戦。
若い先生を育てる最前線にいるのは、その学校の同僚の先生方です。若い先生のモデルとなる先生方です。
そして、私もまたそのメンバーの一人として、ボールを、想いを、若い先生につないでいくのです。
聴いてみてください。

さて、
この記事の本題は、ここで終わるのですが、
上記の記事にある「若い先生」の部分を「児童・生徒」に置き換えてもう一度読み直してみてください。
そう、
人をそだてることの根っこの部分、指導者は人づくりにどのように関わるかの部分は、変わらないということです。
この仕事を得て、今あらためて感じています。




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