見出し画像

商店街ですれちがう他人に上を向かせたい。

太陽が天中を少しすぎた平日、家の近くの狸小路たぬきこうじ商店街を歩いていた。商店街だから道は東西にまっすぐ伸び、左右には赤や黄色のお店。ここは札幌市街のど真ん中に位置するから観光客もいるし、私のような地元民もいる。

要はたくさんの人とすれちがう。

50代とおぼしき夫婦とすれちがった。平日に似つかわしくない黄色と青のカラフルな洋服を着ていて手には紙袋。きっと観光客だ。

この2人と私がすれちがう直前、50代の男性が「ん?」という表情で上を見上げた。商店街の天井には屋根があるから空は見えない。男性は歩きながら2秒くらい上を見つめていた。

今まさにすれちがわんとするタイミングでこの様子を目撃した私は、男性の見つめる先に一体なにがあるのか気になった。なので私もあごをあげ上を見てみる。

何もなかった。



何もないな。何もないぞ。たとえば花瓶が落ちてくるであるとか隕石が突入してくるだとか、カラスが巣を作って子育てをしているだとか、そういう光景は上にはなかった。商店街の天井からシータみたいな少女が音も立てずにふわりと落ちてきて、ラピュタをめぐる冒険が始まる予感とかも一切ない。

とにかく何もなかったから「なにもねーじゃん」とつっこむ。商店街で。


それで50代の夫婦とすれちがったあと、なんだか自分が滑稽になった。赤の他人が上をまじまじと見つめているとき「ん? 上になにがあるのだろう?」と思ってつられるという経験。誰にでもきっとあると思う。

思い出してみると、中学生のときよくやった。

集団の中にいて上をいぶかしげに見つめるやつ。何もないのに上を見つめ、周りの友だちも上を見るやつ。

「なんだダーキ、上になんかあんのか?」

「何もないよ」



そうだ、同じ気持ちになってもらおう。

商店街ですれちがった50代のおじさんに影響されて上を見つめた自分が滑稽だった。33歳にもなって他人の視線の先を見つめる自分。いま私が歩いているのは、北日本最大の商店街狸小路。幸いすれちがう人はたくさんいる。同じ気持ちになってもらおう。


というわけで、ここからしばらくの間、私は人とすれちがいそうになるときに上を2秒見つめようと心に決めた。「え? 上になにかあるの?」と同じ気持ちになってほしい。

狸小路の道はまだまっすぐ続いている。



サンプル1人目。サラリーマン。

前方からやってくる早歩きのサラリーマンを視認。すれちがう手前10メートルから商店街の上を見つめる行動を開始。てくてく、じーーーー、てくてく。さぁ、どうですか。上に何があるか気になりませんか。

サラリーマンは上を見なかった。なんなら私を見もしない。つまんな。仕事ばっかやってんなよ。


サンプル2人目。女子高生風2人。

前方から喋りながらやってくる女子高生風の2人を視認。先ほどと同様すれちがう手前10メートルから上を見つめてみる。てくてく、じーーーー、てくてく。さ、いかがでしょう。気になりますでしょうか。

女子高生は2人とも上を見なかった。なんなら私を透明人間だと思っていそうだ。いいと思う。目の前の青春に全力なのはいいこと。



サンプル3人目。外国人観光客。

前方に特大の一団を確認。おそらくフィリピン、またはタイからの観光客。軍勢だ。人数は1、2、3、4、5……数え切れん。

先程の日本人2組にはこのおもしろさが伝わらなかった。外国人観光客ならばわかってくれるのではないか。歩きながら上を見てみよう。

てくてく、じーーーー、てくてく。

どうでしょう、サワディカップ。

特大の一団も上を見なかった。観光客は地元民なんて「いないもの」と思っているきらいがあるからこれも仕方ない。札幌を楽しんでほしい。

むずかしいな。


おかしいな、なんでだ。なんでみんな上を見ない? なぜ私の視線の先が気にならない? 私はさっき50代のおっさんの視線の先が気になったぞ? なんでだ?


仮説を立てた。

おそらくいますれちがったすべての人たちは、そもそも私を認識していない。だって他人だもん。すれちがうまでの秒数を考えると、おそらくだれも私を認識できない。あれ、そう考えると、マジで人って本質的には透明人間なんじゃ? 


つまり、まず私を認識してもらう必要がある。


私を認識してもらって初めて、私が視線を送る上空に何があるのか気になるのではないか。先程の3回のサンプルケースで私は失敗のサンプルを集めたわけだ。そこから仮説を立てて次の行動に移す。とてもいい心がけだ。


商店街ですれちがう他人に上を向かせたい。

どうすればできるか。

脳を回転させる。

結論を導き出した。




人がたむろしている集団の中に入って、じっと上を見つめる。


これだ。

これならば私を認識してもらう、というハードルをくぐれる気がする。

となれば実行。これをできる場所が狸小路商店街にあるだろうか?

あるんです。


私、知ってるんです。それはみなさんお馴染み、狸小路6丁目西端にあるセイコーマート前のベンチです。

知ってる人ならば「あー、あそこか」となり、知らない人からすると「知らないなぁ」となる場所。それが狸小路6丁目西端セイコーマート前ベンチ。

ここには3人がけのベンチが2つだったか3つ並んでおり、たいてい外国人観光客が休んでいる。目の前にセイコーマートがあるので、観光客にしても地元民にしても最高の実験場スイートスポットだといえる。

よし、いこう。


上を向かせるんだ。




行ってみると、案の定外国人観光客6人くらいがたむろしていて、ベンチに座っている人もいれば立って話している人もいた。太陽が天中をかなりすぎた平日の狸小路。時はきた。



ベンチに座る。外国人がいようと気にしない。地元で仕事をする人間が「休憩ですねん」とばかりにドスっと座る。そこでかばんからペットボトルのお茶を取り出す。蓋をひねる。飲む。キュッ、キュッ、ゴク、プハーっ。


ちらりと周りに目をやると、外国人観光客は韓国からお越しのようで、ハングルが私の頭上を飛び交っている。

焦らない。落ち着こう。

彼らに私を認識してもらおう。

ベンチに座る私の目の前に、2人の韓国人男性が立って話している。君たちに決めた。まずは彼らと数回、目を合わせる。ちらり。目が合った。焦らない。友好的な表情を意識して。ちらり。また目が合った。


きてる。満ちた。時が。

「ん?」という顔で上を2秒見つめてみた。いや3秒だったかもしれない。とにかく見つめてみた。どうなる。







2人とも上を見上げた。


心の中でガッツポーズ。うれしかった。

<あとがき>
上をみて「危ないっ!」みたいなことを言って周りをびびらす少年っていませんでしたか。あれ、私です。33歳にもなって他人に影響されたことがなんだか悔しくて、忙しい感じなのにどうしても誰かにも体験してほしくなりました。書いてみると時間がかかっていそうですが、単なる移動時間の合間にやったので、もののついでという感じで時間はかかっていません。今日も最後までありがとうございました。

【関連】地元民だと思われない瞬間がうれしい

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?