春雨

細く透明な麺が、春の静かな雨筋を連想させるから「春雨」。
なんて粋な名前だろうか。会社の通用口にて、閉じた傘を片手に夕闇の雨を眺めながら考える。

僕は雨は嫌いじゃない。特に春の雨は。
ふいに、このまま外に飛び出したい衝動に駆られてしまう。

煙(けぶ)るようにやわらかく包み込む雨。
身体のカーブに沿って弾ける、しなやかな跳ね返りが目に浮かぶ。

「雨に唄えば」のシーンなんて最高だ。

でも、今どき大の大人が傘もささずに街を歩くと気味悪がられるだろう。
そして、びしょ濡れはきっと妻に怒られる。

雫を払うみたいに頭を振ってイメージを吹き飛ばす。今晩は諦めて、ぶわりと傘を開いた。



いつかそれが実現したら、記念とお詫びに春雨スープを作ろう。
冷えた身体と不機嫌が納まるような、
卵を落としたあったかいやつを。

春雨(はるさめ)

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