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【なれとります】#01「全国無料が言えなくて」

『スミマセーン、“無料”をもっと有難そうにお願いしま〜す』
「あ、はい…」
マイクごしに返事をする。
ここはナレーションを録るブース。
最近流行りの通信販売商品のCMを録っている。

ナレーターと言うのは、不思議な仕事だ。
15秒のCMでたった一言キャッチコピーを読んでも、逆に60分の長い番組でたくさん読み上げても、正直ギャラはあまり変わらない…大概が年契と言って、年間契約やレギュラーといった形で拘束される仕組みが採用されている。
そしてこういうカッチリとしたナレーションを読む職種でも、今やときめく綺羅びやかな人気アニメ声優も、同じナレーター事務所に所属しており、生業をナレーターと名乗っているということに違和感を拭うことができない。

いまは大詰め…あと三行。だと言うのに、もう30分も同じ場所ばかり読み続けていた。『テイク27』ミキサーさんの声が聞こえる。

「全国送料無料!是非、お電話を!」

『チェックします~』
監督さんの明るい声がする。
20代の後半だろうか…僕よりも幾つか若いような気もするが、この業界は若々しい印象の人が多いから同じ位の年齢なのかも知れない。いずれにせよ一期一会の場合も結構多い。この世界に長くいれば、色々な人と出会い、様々な案件に遭遇する。もう慣れっこである。ここの会社の仕事はこれが最後かも知れないな…そんな気持ちになってしまう現場もたまにあったりもする…

『スミマセーン、送料無料をもう少し大事に、売りに繋がるように読んで下さい』
「はい…」

そうだよな、今や消費税が10%の時代。一万円で1000円も税金である。小さな宅配便だって、周辺の送料だって、500円から800円、遠方なら1200円…必要経費がかかる。それを送料無料!凄いことだ。お客にしたら有難い。
しかし、その経費は誰が負担するんだ?

タダではないはず。
一斉大量発送で、割引されたとしても…いや、そもそも、その割引は誰が損失しているんだ?宅配業者か?そこで配達している従業員?真夏の暑い日、真冬の吹雪の中、必死に届けて無料?いや、商品を作った会社の企業努力?
製品を作る工場が泣いているのだろうか?
もっと言えば、このCMをやっているスタッフ、
我々、一期一会の人間だって…あ…

そんなことを考えていたら、赤いランプが光った。
「全国送料無料!是非、おででん…」
…ミスってしまった!
『もう一回お願いします~』
「全国送料無料!是非、お電話を!」
『はい、プレイバックします~』

即日配送、送料無料、ポイントが貯まる…お客の立場でトクをする多くが、どこかの誰かがボディブローのように痛みを抱え込むということ…
チリも積もれば、破綻も起きる。
それでも誰かがトクをしなければ、世の中は動かないし回らない…

ヘッドフォンの中から、僕の読んだ言葉が鳴っている…
『全国送料無料!是非、お電話を!』
…なんて能天気で無責任な声なんだ…自分の声には聞こえない。それは人を騙す、詐欺師の呪文のように聞こえてくる。何度も何度も確認している。

『スミマセーン、“是非”をもっと誘うように引き込んで欲しい、と言うご意見がありまして…もう一回…』

心の中で叫んでいた。
裏では汗水垂らして荷物を届けてくれる沢山の配達員の努力と、少しでもコストを抑えて損失を出さない苦労をしている宅配会社の存在、製品を良くしながら原材料費を工夫する企業の努力。広告費は抑えながらも少しでも視聴者に届き刺さるように動画を寝る間を削って作っている映像スタッフ…忘れてはいけない…

忘れてはいけない…仕事は自分と自分以外のすべての人のためにある。

赤いランプが灯る。

「全国送料無料!是非、お電話を!」

そんな一言の中にあるドラマに赤いランプの光がボヤけて見えた…

     「つづく」 作:スエナガ

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