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【街で見かけた看板で】#06

「俺けっこう、こういう洒落の効いた看板、好きなんだよね…」
カフェの入り口に、折りたたみ式の立て看板が出ている。
「何これ?春夏秋冬?」
「知らない?良く見てご覧よ」
「春夏秋…あれ、春夏冬…ナカ…?何これ?どういうこと?」
「想像力ないなあ…もう一回読んでご覧よ」
「春・夏・冬・ナカ…間違いじゃないの?」
「わかんない?」
「秋…秋ナカ…秋が無い…秋ない!」
「だから!」
「商い中!」
「洒落てるよね…」
「商い中…お店がやってるってことだ!」
彼女とのデートでやってきた下町の散歩コース。小洒落たカフェで挽きたてコーヒーを頂いて、ちょっとした博識を自慢気に披露する。

「もしかしてさ、“カマワヌ”とかも知らないんじゃない?」
「何それ?呪文?」
「鎌輪ぬってさ、鎌の画と、輪っか、ひらがなのぬが書いてある、手ぬぐいとか扇子とか、昔は良く売ってたんだよね…」
「で、そのカマワヌは、どんな意味なの?」
「江戸っ子の心意気!」
手を軽く握り、平で鼻を拭くようにして前に出す。
「どういう意味?」
「だから、自分の身を構わないで、弱い者を助ける、っていう自己表示で身につけていたみたいなんだよね」
「ああだから、江戸っ子の心意気…良く知ってるね」
「たまにさ、誰かに何かをプレゼントする時に、何か面白いもの無いかな…と検索したりするんだよね。ほら、今どきのアーティストが作った招き猫とかあるじゃない?」
「ああ、縁起物とかね。あるけど…本当の意味が違う場合があるじゃない?」
「まああるね…」
「福助とか知ってる?」
「福助は知ってるよ?商売繁盛の縁起物だよね…」
「あれもでも、実は、違う意味があるじゃない…」

世の中には、パンドラの箱のような話はたくさんある。桃太郎伝説の鬼とは外国人のことだったという逸話があったり、カゴメ唄は足抜けできない比喩表現が基になっているなど、色々と諸説ある。

「何でもかんでも、エビデンスだの、お断りなど、みんな言い訳しながら話していることがあるよね…」
「いまの時代でも、言えない話が多いもんね…」
「昔からの言い伝えとか、お婆ちゃんの知恵袋とか、もっと心豊かで想像を掻き立てられる良い国だったはずなのに…」
「私はそう思うけれど…私はね!って保険をかけたりして…」
「最近の言葉だと最後に“知らんけど”って言えば済まされるみたいな…」
「自由じゃないよね」
「表現の自由、言論の自由なんて無いね」

店主に聞こえないように近づいて、彼女がつぶやいた。
「本当は商い中とか書いてるけど、本当は飽きちゃってたりして…」
「あ、店長さんが?」
クスクス笑っていると、新しいお客さんが入店して来た。
「え〜あの看板、そう書いてあったんだ…」
きっと同じ話をしていたんだと思う。彼女の顔を見たら同じことを思ったようで微笑んでいた。コーヒーも飲み終わり、店を出る。

「下町には色んなモノがあるね…」
「下町の由来って知ってる?」
「なに?今度は下町?」
「これね、城下町の意味だったらしいよ」
「城下町、町娘、お団子…何か食べに行こうか…」
「よくさ、神社仏閣の参拝後に食事をするって言うじゃない?あれも地のものを頂くとご利益があるって言われていたみたいだね。その食事も含めてお宮参りとしていたとか…」
「そうなんだね…」
「でもさ、それも流派や思想によって考え方も違うだろうし、昔と今じゃ文化も社会情勢もまったく違うしね…」
「温故知新。昔を知るとか、ルーツが分かっているっていうのは、人として大事だけどね…」

「そういえば、ちゃんこ鍋…食べたことないな…」
「下町には相撲部屋が多いイメージがあるね。でもそれも違うんだよ」
「ちゃんこ鍋?」
「ちゃんこ自体が鍋だという説と、力士が食べる食事全部がちゃんこと呼ばれていたという説とか色々あって…」
「そうか…コレっていう鍋の種類の名前じゃないのか…」
「肉も魚も野菜も米も…みんなちゃんこ」
「でもさ…正直そこまで考えて食べてないよね」
「もうブランドみたいなモンだよね」
「そういう食べ物も多そうだなぁ…実は意味が違うみたいな…」
「肉まんください!って言ったら、ウチは豚まんです!みたいなね…知らんけど!」
「知らんけど!」
笑いながら手を大きく振って歩いている。
「私、お腹空いた〜!」
「知らんけど!」
「彼女のめんどう、ちゃんと見ろ〜!」
「知らんけどー!」

     「つづく」 作:スエナガ

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