【カフェにて】
通り横にあるそのカフェの、道に面したカウンター席には電源があり、おかげで出先での仕事もはかどっていた。いつでもPCリュックを背負い移動オフィス状態の僕にとって、WiFiやコンセントの使える場所は非常にありがたく重宝している。
ふと窓の外を見たら、大きなメニュー看板を真剣に、ケンカを売るような目つきで、対峙している女性が立っていた。お昼時にはまだ早く、大きめな帽子をかぶったその女性は、何を食べるかで悩んでいるように見えた。
パソコンに目を戻し、2〜3行文字を打ち、再び窓の外に視線をやると、その女性と目が合った。ジッとこちらを見ていた。僕の顔を見ているというより、視線は少し下の方、僕が食べていたソーセージドックにあった。
意地の悪いことをするつもりは無いのだが、皿から持ち上げて、大きな口を開いて一口あぐっと食べてみた。女性の視線は「信じられない!」というように少し上を向き、さらに小さく口を開いていた。
女性は、どうやら意を決したようで、勢いよく店内に入り、レジカウンターに向かった。いったい何に決めたのか、パソコンを打つ手を少しだけ止めて背中で彼女の注文に聞き耳を立てた。
「紅茶を…ホットで」
「以上でよろしいですか?」
「…はい」
意外にも、飲み物だけだった。
「あ!あっ…温かいモノで…」
「店内でよろしかったですか?」
「あ、はい…」
「ご注文を繰り返させて頂きます〜」…
意外な注文だったこともあり、どこに座るのかを、見るでもなく、視線の隅で確認していた。彼女は、僕のいるカウンター席の、真後ろの座席に座った。特に何をするでもなく、紅茶をゆっくりと飲んでいた。
ほどなくして、早めの昼食客が増えてきた。テイクアウトの客もいるが、店内も混み出してくる。ソーセージドックとコーヒーで一時間半も居座る、回転の悪い客も、いよいよ居心地が悪くなって来る。と同時に、ドリンク一杯で、特に誰と待合せでもなさそうな彼女も、若干ソワソワし始める。後ろの席で、静かに飲んでいた、彼女が帰り支度をして立ち上がろうとしている気配を感じる。僕も出るかと、パソコンを閉じた時に、背後で「ガシャーン!」と大きな音がした。
振り返ると、大きな帽子を手に持った彼女が床に倒れている!
「救急車!」 誰かが叫ぶ。「何?どうしたの?」と店内が軽くパニックになる。乗りかかった船である。さらに、この騒動では、お昼客も入りづらいだろうから、しばし成り行きを見守ろうと考えた。
即座に救急隊員がやって来た。
大丈夫ですか!?大丈夫じゃないから呼んだのだろう、そんな事態のやりとりを客観的に観察していた。
「貧血ですかね?」と店員さんが質問する。彼女が薄っすらと目を開ける。「わかりますか?わかりますか?」と隊員が声をかけた時に、また僕と彼女の目が合った。と何ということだろう、思いがけず僕の方に手を伸ばして来た。
「お知り合いですか?」
隊員の質問に動揺した。
「あ、いえ、たまたまこの場所で会っただけで…いや、会ったというか、他人です!」
「スミマセン、病院に搬送いたしますが、万一、事件性があるといけませんので、あなたも一緒に来て下さい!」
気づけば緊急車両の後ろに乗せられていた。
まあ、滅多に乗る機会も無いので、冷静に観察をしてみよう。と、思っていると、女性が再び薄っすらと目を開けて、解るように僕の方に首を傾けた。口元の呼吸器に耳を近づけると、本当に小さい声で一言。
「ゴメンナサイ」
病院に着き、彼女は検査室に入る。
警察も来て、事情聴取も行われる。
すぐに状況が判明した。
「ダイエット…ですか?」
「無理なダイエットで倒れたようです」
「ダイエット…ですか…」
「まあ、あなたも関係の無い方だと解りましたし、お帰り頂いて結構ですよ」
そう医師と警察に言われて、ホッとしたものの気になった。
「彼女はいま?」
「ええ、点滴を打って、まあ、一時間程休んだら帰れるようになるでしょう」
「そうですか。それは…」
それは良かった、と言おうとしたが、それは良くはない。そう思った時に、点滴の棒を持ってカラカラ押しながら、ゆっくり歩き、彼女が現れた。
僕の顔を見て小さく頷いた。会釈というより、初めましてというような顔をして。
すぐに開放された彼女と、僕は、何故か先程のカフェにいた。迷惑をかけたお詫びも兼ねていた。一通り謝罪をした上で、ちょっと二人で話をすることにした。
「まあ、とりあえず、大事に至らなくて何よりです」
僕の言葉にそっけなく返事が来る。
「そうですね」
怒っている?というよりも、感情が見えない。
僕は笑いながら冗談ぽく会話した。
「僕にも一言、謝って欲しいですね」
彼女は紅茶を飲みながら、変わらずそっけなく答える。
「謝ったじゃないですか、…救急車の中で」
…確かに。
「無理なダイエットは止めた方がイイですよ」
「あなたに何が解ると言うんですか!?」
急に強い口調になったので、面食らった。
「…解らないですけど」
「我慢して、我慢して、なのに!あんな大きな口でパンを頬張る、あなたを見て、悔しくて悔しくて!」
「そ…」
そういうことか…素直に謝っておこう。
「それは失礼しました…」
「そうじゃなくて!ダイエットだって、先日彼に振られたことが原因で!もう悔しくて悔しくて…」
「それで痩せようと…」
「振られた反動で、食べちゃったんですよ!太っちゃったんですよ!だから、だから…」
しばらく沈黙があった。
彼女の顔と、この面倒臭い性格…考えてみたら…
僕のタイプだった。
「そんな太ってなんかいませんよ」
「太ってますよ!前よりも太ってます!」
「前のことは知りませんが、いや、あなたのことは何も知りませんが…」
アイスコーヒーを一口飲んで。
「ゴメンナサイ!…タイプです!」
何を言っているんだろう。
自分でも混乱した。
彼女を見た。顔を上げたが無表情。
その中でも、目を見開いて僕を見る。
「何か、窓の外でメニュー看板を見ていたあなたに、意地悪してしまったのも、その、なんというか、好みのタイプだと感じたからかも知れません…」
彼女がクリっとした目で僕の顔をマジマジ見ている。いまだ無表情だ。
「だから、あの…このあと、食事に…行きませんか?そう二人で思いっきり美味しいモノ食べて…」
真顔と笑顔と困惑が交じる表情を見せる彼女。
ほんの少し顔の血色が良くなったような…。
「食べながら、とりあえずこれからのこと…そう、これからのこと相談しましょう。付き合ってもイイ、付き合わなくてもイイ。空腹じゃ、イライラもするでしょ?まずは今から一緒にご飯行きましょう!ね!」
彼女の大きな目から、涙が溢れている。
「あ、でも暴飲暴食はダメですよ!」
口を突き出して、言い訳をするように彼女が反論をする。
「大丈夫です。ダイエットしていたから、胃袋が小さくなっているし。頑張ってもたくさんは食べられません」
思わず笑ってしまった。
さらに可愛く思えた。
「あ、その前に、ここのソーセージドック、一口食べてイイですか?ハンブンコしますから」
「イイですけど…」
耳元でコソッと
「もっと美味しい店で、食事しましょうよ」
そういうと、彼女が子供のように首を振る。
クリっとした目を見開いて…
「あなたが食べていた姿が、あまりに美味しそうだったんです。それも含めて…」
一回下を向いた。
「私も気になっていたのかも…」
ふたりは大きな声で笑ってしまった。
「つづく」 作:スエナガ
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