見出し画像

インプットとアウトプットが9:1の生活

タイトル通りの話なんですが。

私の生活は圧倒的にインプットが多い。
なんならnoteを書き始めるまで、アウトプットはほとんどなかった。
99.9%インプット。
そしてたぶんそのほとんどが身にならないまま流れ出ていた。
Instagram、YouTube、noteのおすすめ記事などひたすら見て更新してまた読んで…

それって意味あるのかしら。

いや、意味がなくはない。
そのおかげで知った情報もたくさんあるし。


アウトプットって意識的にやらないとできないなあと思う。
何かを読んだり見たりしている時から、「全部拾い切るぞ!これを後で発信するんだ!」みたいな気合いが必要。
少なくとも今の私には、そのくらいの心構えがないとできないことだ。


昔、「その映画面白かった?」と聞かれ、素直に「面白かったよ!」と答えたら、
「どういうところがよかった?」と返されて、困ってしまった。

『とにかく良かった!観て!』では伝わらないのだ。
ストーリー展開、演技そのもの、流れる音楽、など、映画もいろいろな要素で構成されている。
その中で自分に刺さったものは何だったのか?どうして刺さったのか?を考えると、『良かった』はもっと具体的に言えるようになる。

こう書くととても堅苦しいけど、
映画好きのその人にとって、映画の感想って自然とそういう風になるのかもしれなかった。


一方で、好きなアーティストのライブに行って、その感想をTwitterでめちゃくちゃ連投したことがある。
MCの内容、歌っている時の仕草、バンドメンバーとの絡みなど事細かに書いて少しずつ投稿。
一連のツイートを見てくれた人が驚いていたし、自分も行った気持ちになる!と感謝してくれた。

もちろんライブ中にツイートしていたわけではなくて、後から思い出して書いていたのだけど、あたかも実況ツイートのような精度だったと思う。

先の映画の話とそんなに変わらない時期だったはず。
だけどこのライブは、すべてを目に焼きつけてやる!!という気持ちで臨んでいたから、後からでも細かく思い出せた。

思い返すとたぶん感想と呼べるほどのものではなくて、本当に「実況」に近かった気がする。
自分の気持ちは「かわいい」「最高」くらいしか言っていなかった。
ぜんぜん感想になってない…


結論、インプットの段階からアウトプットを意識していれば、自ずと発信できるようになるかも、という話。
一日中そんなに構えていたら疲れてしまうけど、少しは意識したいなあと思う。


ちなみにこのnoteを書いたきっかけはこちら。
いつも気付きをくださってありがとうございます、といつか直接伝えたい…


とりあえずだらだらスマホを触って無駄に時間を溶かすのやめようね、私。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?