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眠れない時、昔は何を考えていただろう。

2021年。新年になった。
私はまだ入院した病院を抜け出せないまま、今夜も薄ぼんやりした橙色に浮かび上がった天井を眺めている。


眠れない。


昼間に寝過ぎた訳ではない。今日は入院後初めて病室の外に出て歩いたし、少しだけ窓越しに陽射しにも当たれた。ほんの数日前までの生活に比べたら、確かに疲れない何もない生活だが、病人だから、やはりそこは疲労や傷の回復のためにも、早く床に就きたい。
室内の温度のせい、枕が合わない、布団が暑い、数日風呂に入れてないので気持ち悪い、喉が渇く、同室患者の息遣いが気になる、イビキが煩い…言い出せばキリが無いが、たぶんどれも違う。

眠れない。


たぶん、家のことが気になるのだ。
下の子が産まれてから、妻は1人で2人の子の面倒をみている。どちらの両親の実家も遠い。おまけにこのコロナ禍だ。会社に都合付けてほぼ定時に家に帰るようにしていても、私ができる家事/育児の負担量や内容は高が知れている。上の子は夏終わりから週1〜2回、一時保育を始めたが、それでも妻の負担は私の想像を遥かに上回るものだろう。
そんな家庭を置き去りに、私は今、入院している。

眠れない。


身体の事だから仕方ない。多分それは私も妻も、どちらも理解している。ただそれで、妻が家の物事すべての負担を強いられると言うことを、その大変さ/苦しさを許容出来るかと言うと、恐らくそうはいかないだろう。
ただでさえ手のかかる乳飲子と、言うことを聞かないイヤイヤ期の幼児に、46時中付きっきりで家を回さなければならない。年末より少し前から、家の中は少し荒れて、ギクシャクしていた。

眠れない。


「実家に帰りたい」
少し前から妻はそう言っていた。私は私で、「俺だってやれる範囲で最大限、朝の準備や夜の片付けをやっているのに(口を開けばそんなことを)」と気が回らず短絡した事ばかり思っていたが、次第にそう口にせずにはいられない妻の状況を、遅まきながら理解し、納得した。
育児休業をせいぜい2月弱取るので精一杯だった私にできる家事/育児なんて、せいぜい妻の負担の1割にも満たない…そんなの、ほとんど戦力外だろう。時たま休みが欲しいと呟いた妻を、上手く1人で外に行かせてやれた回数も、両手で足りるかもしれない。
私は私なりに家事/育児を負担し、妻と協業しているつもりだったが、結局内実はそんなものだった。他にも、互いがエンスト気味になっている時の対応や、「休業日」の作り方など、どちらかがいざという時の対応方法を、キチンと決めていなかった。それでお互いにギスギスしたり、後に引き摺ることもあったのではないか。
そんなやり方を、少し変えようと、2人で少しずつ話していた矢先だった。
妻は今、どうにか駆け付けてくれた妻方実家の母のフォローを貰いながら、子供2人の面倒を見ている。

眠れない。


「俺どうにか1人でやりくりできそうなら、しばらく君らは実家に帰って過ごしたほうが、トータルで良いんじゃないかな」
今回の入院直後、妻に言ったこと。
今まだこうして入院している時点で、私の退院時期は不透明だ。妻の母は半分勤め人だから、翌週から仕事が始まるため実家に戻らなければならない。私が仮にこの数日のうちに退院できたとしても、当面家で安静にしなければならず、家の事を切り盛りするのに復帰できるのは、まだ先だ。
足手まといが1人、増えるだけ。
それよりは、勝手は違うし不便かもしれないが、自身の実家で母のサポートを貰いながらのほうが、良いのではないか。
それを言った時、妻はあまり良い顔をしてくれなかった。
もちろん私だって早く妻や子供のところに戻りたいが、私が足手まといで何も出来ないことで、妻が疲弊するのを見ていたくはない。恐らくそこでフォローに回ってしまうと、また治るものも治らない、下手をすれば振り返すだけ。
八方塞がり。良い考えが思い浮かばない。

眠れない。

つくづく思う、なんでこんなタイミングで入院しているのか。年のせいもあるのか、今回の気胸は発症状況が軽度にも関わらず、1回目や2回目の時よりも治りが悪いようにも思う。
昔ならこんな時、どうやって過ごしていただろう。
今はなんとなく打ちのめされた気分でいる。
早く、妻と子供達に会いたい。

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