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きらめけ☆青雲学院!

 ハロー! 私、青雲学院の夢見る女子校生、高野ゆかり。いつも退屈な授業ばかりでやんなっちゃう。でも、そんな日々にも心躍る瞬間というのはたしかにあって......。ああっ、噂をすればなんとやら。目当ての彼が、横断歩道を今過ぎようとしているわ。一人の男に翻弄される人生は、果たして惨めかしら? 滑稽かしら?でも、私だって輝かしい青春を、口に出したい年頃なの! 周りが何と言おうと、それだけは押し通させてもらいます。十代の限りある生命において、そんな感情の高鳴りほど生を彩ってくれるものはないんだもの。
 幼馴染のトモコは富山県に転校しちゃうし、元彼のシュン君は留学中......。もう、なかなか思い通りにいかない学園生活だわ! そんな事だからいつも必要以上に騒がしい渋谷の交差点が、今日に限って沈黙よ。耳鳴りが煩くておかしくなっちゃいそう。
 愛しの彼よ、私に気付いて! 静かに響く、私のスクランブルに気が付いて!


 もう何日も雨が降り続いている。冷たい雨、温い雨、厳しい雨、優しい雨。どれだって同じなんだ。私たちはただ濡れるだけ。そんな中においても、妙に浮かれるこの姿を見ていた父が隣で軽い溜息を吐く。
「ゆかり、雨は止みそうにないね......」
「いやねぇ、父さん。そんな暗い声を出さないでよ。心配しないでも、未来は明るいわ」

「いや、もう俺はダメだ。奴等はじきに、この渋谷まで辿り着くだろう。支部の人間を吉祥寺まで退かせねばならん」
 もう、父さんったらなんて逃げ腰なこと! 私たちはこんな時のために、彼を追っていると言うのに。
「あの人が私たちの光なんでしょう? それならば、たとえ引きずってでも支部に連れていかなくちゃ」
 彼の後を追い、横断歩道の白い線を踏む私。雨は激しさを増し、少し前を歩く父さんの背中は、腰が疼くのか酷く丸まっている。足音のリズムは常に崩してはならない。地を踏み抜いてはならない。幼少期に受けた父からの教育は、たしかに実を結ぼうとしているらしい。
 道玄坂を登り切った彼は、念入りに辺りを見渡して、雑居ビルの階段を上がってゆく。
「その靴で、後を追ってはいけないよ」
 父の声にハッと気がついた私は、歩くたびに水を踏む音が鳴る自らの足に気が付いた。一定のリズムに狂いが生じる──。
 流石ね、父さん。いや......


 おいおい、格好付けて留学したまでは良いものの、まさかメルボルン国立高校がここまでに荒んだ学校だとはね。生徒はおろか、教師の姿さえ見えないじゃないか......。どうやら、あの噂は本当らしいや。
 一度しかない高校生活、僕だって可愛い娘とデートしたり、背の高い連中相手に渋谷仕込みのダンスを繰り広げたりと、青春を噛み締めたかったもんだ。でも、今となってはそうも言ってられないな。
 ゆかりは、元気にやっているだろうか。いつも気丈な姿を振る舞っていた彼女。数日前に、ラジオで東京決戦の状況を聴いた。激しい音が鳴り響くなか、狂気に沸く群衆たちの声がこの耳にこびり付いて離れない。彼等の屈辱や失望から起こる叫びが、心にこびり付いて離れないのだ。勝ち目はない、我々に勝ち目はないのかもしれない。でも君は......。君ならやり遂げるはずだ。我々の支部を、勝利に導くことが!


 あたしだけ、何も成せない女の子みたいだ。叔父が住む富山県に転校した挙句、痛めた脚を更に悪化させてしまうなんて。たしかに高校の仲間は優しくて良い人ばかり、先生も松葉杖をつくあたしに凄く気をつかってくれるの。今、無理をする必要がないのは、何より自分が一番理解している。早く身体を治して、早く戦力として復帰しなくちゃ! だけど......いや、だからこそ、平和な日々がとても虚しく感じるの。ゆかり、貴方はこんな状況にあっても、東京の隅で強く、強く生きているんだね。
 夜になると、辺りは暗闇に包まれます。窓を開けて外に耳をやると、鳥や虫が楽しく歌う中にも、あの悲痛な音が聴こえるの。強烈な振動を伴う、狂気の叫びを!
 お願い、ゆかり。あの人を見つけて......。


「久しぶりだね、ゆかり」
 電話を取る私は、どこか落ち込んだシュン君の声色を認めたくはなかった。オーストラリアの留学、それは我々の支部にとって最重要任務である。私を捨てて行ってしまった男の、汐らしい声は聞きたくない。
「ガールフレンドにでも、捨てられた?」
 冗談を言う。いつも私はこんな調子である。
「オーストラリアの学校は、復活祭の兼ね合いで春先まで休みらしいや。どうりで誰も登校してこないはずだ」
「シュン君、お願い。早く帰って来て......! 約束したじゃない、最先端の技術を身につけてすぐに帰国するって......」
「君なら大丈夫、あの男を探し出せ。何としても探し出すんだ。それに、ゆかり。君にはもう一つ、大きな武器があるではないか」
 無言で頷いた私。彼は遠い異国の地で、この張り裂けそうな心を察してくれるのだろうか。


 渋谷に佇むビルの群れ。物陰隠れて寒さを凌ぎ、止まぬ雨音情けを知らぬ。気付けば我々、同志を求め、彼の力を借りねばならぬ。大地を鳴らす、彼の力を。空気を纏いし、君の力を。

 ──ずっと後を追って来たんだね。
 ──そうよ。貴方の力が必要なの。
 ──ありがとう。でも、今の俺ではダメだ。
 ──酷いの?
 ──うん、身体もろくに言う事を聞かない。
 ──心配しないで。気弱にならないで。
 ──戦場には、もう戻りたくないんだ。
 ──大丈夫、大丈夫よ。ねぇ、父さん。

いや、伝説のDJ・TAKANOとでも言うべきかしら。

 ビルの階下より、馴染みある重低音が響く。ゆっくりと部屋の扉が開いたとき、私の父は、一人の男としてそこに立っていた。

 ──気付いていたんだね、ゆかり。
 ──父さん。この重低音、脳まで響く......。
 ──貴方が、伝説のDJだって......?

「三年前、この渋谷でストリートの頂点に君臨したお前の事だ。頭が覚えてなくとも、身体に刻まれた経験があれば、池袋の連中など恐れる必要などないさ」

「なるほど......。隠居したと噂されていた貴方が腰を上げるとなれば、こちらも負ける訳にはいかないな」

 弱々しく立っていた彼。果たしてこの男に、力は残っているのだろうか、そんな思考を浮かべた瞬間、私はある間違いを犯していた事に気がついた。
 ビルを揺るがす程のリズム、振動、常人では苦痛にしかならない様な重低音の中で、彼はただ身を任せて立っている......。否、踊っているのだ! 大いなる空気の波を体内に溶け込ますかのようにして、たしかに彼は踊っている! 冷たく、温かく、厳しく、優しく、そんな相反する世界の中で、たしかに彼は踊っている!
「渋谷の連中は、ブクロとの東京決戦において大半が引き抜かれてしまったわ。でも、私たちで再び皆を取り戻すの! 数少ない仲間たちで支部の権威を取り戻すの! さぁ、これが本当のブレイクダンス決戦よ!」


 ──やったね、ゆかり。豪州のリズムを会得して、僕もすぐに駆けつけるよ。
 ......シュン君!

 ──待ってて、ゆかり。もうスキーに浮気なんてしない。脚を治して必ず貴方を助けに舞い戻るわ。
 ......トモコ!

青雲学院ダンス同好会 渋谷支部の名の下に。
そして、舞台は渋谷から池袋へ!

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