堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~
第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
99.ツナギ
コユキの頭の中に流れ込んでくる何かの気配、オルクスの時とは違い、もっと明確なイメージをコユキは受け取っていた。
白い宮殿の中で目の前に立つ漆黒の存在が、黒鳥の様に美しい一対の羽を揺らしながら何やら、こちらに抗議をしているのが見えた。
必死なその顔は抗議と言うより、哀願していると言った方が良いのだろうか?
ただ、話している言葉は理解不能の物であり、聖堂などにある大型の鐘の音の様に響き渡っていた。
なのに、自分の側から発する鐘の音の意味は理解出来ていたようで、はっきりと聞こえた。
『分かってくれぬか、モラクスよ…… 最早、堕ちる、しかないのだ……』
そういった意味の呟きを聞くと、目の前の漆黒の存在、多分モラクスは顔を覆って悲しそうに天を仰いだのであった。
そこで、イメージの流入は終わりコユキの意識は現実へと引き戻された。
コロリっ!
音がした足元に目をやったコユキは、オルクスとそっくりな、恐らく『馬鹿』を祓った本来のモラクス、その赤い石を拾い上げるのであった。
そして、コユキの横には安らかな顔で、眠っている様に見える、『秋日影』の息絶えた姿が有ったのだった。
少し悲しそうな瞳で見つめた後、アヴォイダンスの応用で、すり鉢状のクレータから脱出したコユキは、膝が動かなかった為、膝立ちのまま、ス────っと、二人の中年男性の方に近付いて行くと、声を掛けるのだった。
「……あの、牛さんは死んじゃったんだけど…… 一応終わりました、お二人とも大丈夫でしたか? 」
「あ、あぁ、俺たちは大丈夫だけど…… あんた…… 服……」
「っ!!!! 」
────きゃあ! そういえばそうだったっ! い、いや~ん!
一応三十九歳の女性らしく、ササッと手で隠してみる。
「……ちょっとまってな」
そう言って明は牛舎の奧の家に向かって、小走りに走り去って行った。
組合員の男性も簡潔にコユキに対して礼を述べた後、牛舎の横にあったパワーショベル(中型)に乗って戻ってくると、秋日影の後ろ足を縛り、クレータの上に吊った。
コユキが前を隠しながら聞いた所、早めに血抜きをして置く、との事だった。
逞しいなと思いつつも、コユキは僅かな戦慄を覚え、その作業を見ない為に、少し牛舎の方へと移動したのであった。
そうしていると、明が作業用ツナギを手に戻って来て言った。
「とりあえずこれ、ちょっと前に死んだ親父のツナギ、新品だし百キロ以上の巨漢だったから、その、良かったら着てくれ」
亡くなった父親の形見とも言うべき物を頂くのは、ちょっと気が引けると感じたコユキだったが、背に腹は変えられないと思い申し訳なさそうに言った。
「すみません、お言葉に甘えさせて頂いてお借りします…… お父様はやっぱり、新型の? コビットで? 」
コユキの問い掛けに明は沈痛そうな顔つきで答えた。
「いや、恥ずかしながらそうじゃ無いんだよ…… 中万町にある日帰り入浴施設でな、女湯の露天風呂を覗いているのがばれて、女性が騒いじまってな、慌てて逃げた様なんだが、周囲を囲んだ池に足を滑らせて…… 直前にしこたま飲んでいたのもあったんだろうな、心臓麻痺でぽっくりだ…… そんな感じだったんで、娘が学校でからかわれている様なんだよ、全く、ごうわくわ」
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拙作をお読みいただきありがとうございました!
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