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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
69.パラノイア

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 偶然の始まり、それは既に観察した中で人知れず、それこそ本人達も気付かぬままに始まっていたのである。

 お隣のペスが、シャトーブリアンに舌鼓を打った翌日、善悪は未だ新たな訓練方法を思い付く事が出来ないでいた。

 その日の訓練も前日と同じく蝋だけを避け切ったコユキの体には、隙間無くピンポン球が付着していた。

 この状況を打破する為に何かアドバイスを、すがるような視線を善悪に向けるコユキ。

 しかし、善悪には良い解決策は勿論、現状の改善点ですら思い浮かべる事は出来なかった。

 頑張れ、諦めるなと精神論的な漠然としすぎている言葉で彼女を鼓舞し、何度も同じ結果を繰り返すだけの訓練を続けたのであった。

 人は自分の力が及ばない様な、大きな壁にぶつかってしまった場合、時として目前の現実に向き合う事が出来ずに、原因を他者に求めてしまう事が有る。

 この時の善悪が正にそうであった。

 必死に考えても、一向にピン! と来る事は無かったし、チ~ンが響きもしない中、良案へと繋がる糸口すら見つからなかった。

 善悪の心に一つの疑いが生じた。

――――この状況を招いているのは、果たして本当に自分なのだろうか?

と。

 そう思って順序立てて考えてみると、そうでは無いと、自分のせいでは無いと確信に似た想いが心の中に広がって行く。

 そうだ、悪いのは自分では無い、そもそもこの亀○家ピンポン球世界奪取法を思い出して準備したのは自分であり、成果は確実に出ていたのだ。

 この、複数方向へ対応する為の訓練だって間違っている訳が無い、蔵の中に大量に残されていた、パパンとママンの共有物の存在も偶然と呼ぶには出来すぎている。

 自分がたまにこっそり腹や足に垂らして楽しむ位で、ろくな使い道も無い蝋燭が大量にあったのだ、これは最早運命、確定事項だと言っても良いのでは無いか?

 だとすると、訓練の成果が出ていない事の原因は何であろう、そう考えた善悪は簡単に答えに辿り着いた。

 善悪が導き出した答えは、コユキであった。

――――今までずっと、誤魔化しや嘘、愚痴っぽさとムラッ気ばかりで飽きっぽく人のせいにばかりしてきたコユキ殿が、真剣にやっているのか? いやいやいや

 今正に自分が現実逃避から人のせいにしている事に気付くことも無く、善悪は結論を出してしまった。

 自分が考えた最良の方法が、想像通りの結果に結びつかない理由、それはコユキがサボっているからだと、しくは本気でやっていないからだ、で、あるならば自分が取るべき手段は一つ、そこまで考えた善悪は強い決意を込めて呟いたのであった。

「罰を与えるでござる。 塩×塩メニューを続けて反省させるでござる」

 それから塩ご飯と塩スープだけがコユキの献立として固定化された。

 善悪のおかずを恨めしそうに眺めるコユキに対して、彼の言葉は、食べたいのならば全てのボールを避けろと、冷たく浴びせ掛けられるのだった。

 次の日の朝食も、座学の後の昼食も、メニューは変わる事は無かった。

 善悪は、コユキが蝋とボール両方を避け切るまではこのままで良いと、いや、それこそがコユキの為になるのだというパラノイアに取り憑かれていたのだ。

 その日の午後、夕方近くまで続けた訓練も案の定成果が見られず、そろそろ最後にしようと善悪がボールを投げ始めた時、コユキに変化が起きた。

 今までの様に滴る蝋を避け様ともせずに、只うつむいたまま立ち尽くしその身に増え続けるボールを見ながら、全身を小刻みに震わせつつ振り絞るように善悪に向けて叫んだ。

 足が動かない、と。

 不安に怯えるように、顔を引きらせながら続けて言った、焦点が合わない、視界が動き続けて止められない、と。

 頭や顔、全身を蝋とボールに覆われながら、その場を離れる事も出来ず、嗚咽おえつを漏らしながら善悪を見つめるコユキ。

 熱いと言葉を発する事も出来ずに、所在なさげに腕をブランと下げ、不安そうな表情を浮かべるコユキの姿を見て善悪は思った、また始めやがった、と。

 この期に及んで、まだ嘘をいてサボろうとしている、そう思うとより腹が立って、気が付くと動かないコユキの顔面ばかりを狙ってボールを投げていた。

「もういい! 今日はこれで終わりでござる!」

 何発も顔に貰いながらも避けようとしないコユキの頑固さに、堪忍袋の尾が切れたとでも言うように苛立たしそうに善悪は訓練の終わりを告げるのだった。

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拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。

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