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堕肉の果てⅠ 第二十六話 殺戮のエピック

★挿絵多めのコメディ・ダ─クロ─ファンタジ─
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 翌朝、いつも通りの時間に茶糖家へお迎えにやって来た善悪の両目は3であった。
 迎えたコユキも同様である。

 普段のコユキであれば、

「今日はパスね! こんな眠ったい状態で座薬(座学)やらポックン(特訓)やらやった所で、効率も何もありゃしないわよ。
って事で、も─度寝るわ──。おやすみ~、ってそうだ!
後で目が覚めた時食べるから、お弁当作って持って来て置いてね。
ふぁあぁ──」

となってしかるべき所なのだろうが、今日に限っては違っていた。
 なにやら鼻息も荒くやる気が漲っているらしい。
 善悪の車に乗り込むや否や口にした内容から、早速やる気の理由が明らかになった。

「ね、ね、先生! 今日は何やるんです?
あれですよね? ハヤサ……モットモット……ですよね? 」

だそうだ。

 恐らく、昨日の成果と、可愛いオルクス君の言葉に触発されて、やる気スイッチを切り忘れた物と見える。
 それ自体は、善悪にとっても好ましい事なのだが、いつも通りの慎重な言い口で、やんわりとだが否定した。

「気持ちは分かるでござるが、午前中は座学でござるよ。
回避訓練は午後でござるな」

 コユキはあからさまに不満げな表情をして、今にも抗議の声を上げんばかりだが、善悪が続けて発した言葉で口をつぐんだ。

「拙者は午前中に檀家さんの法事に行くのでござるよ。
昼食前には戻ってくるでござるから、我慢して自習していて欲しいのでござる」

「……そうなんだ。わかりました」

 幸福寺に着いて朝の食事を終えると、善悪はいつもの作務衣から法衣に着替えを済ませた。
 袈裟けさは持って行って現地で身に付けるんだそうだ。
 出掛ける準備が整うと、本堂で待っていたコユキに対して、三冊の本と原稿用紙を渡しながら声を掛けた。

「では行って来るでござる。
コユキ殿はこの本の中からどれか一冊を選んで読むのでござる。
それで、終わったら感想文にまとめて欲しいのでござるよ。
分かった事や不思議に思った事なんかをね。
図解が多くて読むのに時間は掛から無いとは思うのでござるが、念の為マンガも入れて置いたでござるよ」

 そう言われコユキは渡された本のタイトルにを目をやると、そこには、『楽しく身につくステゴロ』、『今すぐ使える喧嘩テクニック』、『マンガで見る徒手空拳としゅくうけん』とそれぞれ書いてあった。

(うわぁ、善悪こんなの買って読んでるんだ──。引くわ──。
ってかどんな人がこれ書いてるんだろう? 自費出版よね? )

 そんなコユキの心中の呟きに気付く事もなく善悪はお仕事(法事)に出掛けて行くのであった。


 正午を三十分程回った頃、善悪はやや急ぎ気味に幸福寺へと帰ってきた。
 駐車場に車を止めると、着替えも後回しにして本堂へと向かう。

(昼前には戻ると言って置いて遅くなってしまったのでござる。
コユキ殿にはひもじい、いや、淋しい思いをさせてしまったのでござるな。
怒っていなければ良いのでござるが……)

そんな風に思いながら、本堂に入ると、そこにはグオ────グオ────と大鼾を掻いて眠りこけるコユキの姿があった。

「やはり、遅れたゆえ退屈して眠ってしまったのでござろう。
申し訳無い事でござった。
さて、眠らせて置いてあげたい気持ちもござるが、食事の時間も過ぎている事でもあるし、どうしたものか?」

 呟きつつコユキに近付いた善悪が目にした物とは。

 本堂の経机の横で大の字になって大鼾を掻くコユキと、机の上に取り残された、読書感想文というタイトルの文字と茶糖コユキと書かれた署名、何故か三十九歳の文字、それ以外には何も書かれていない原稿用紙の束、更に、コユキの頭の下に積まれて枕と化した自身の愛読書たち、
そこに流れ落ち続けるコユキの口から垂れた大量のよだれ
なぜか、コユキの脇に雑に置かれている、野菜の星の戦士のソフビが上下に別れた無残な姿、
そして、あろう事かコユキに胸の前で確り両手で掴まれ、か細く白光するオルクス君の姿であった。

 それらを目にした瞬間に、善悪の中で激しい怒りの感情が荒れ狂い、直後に何かがブチっと音を立てて破壊された。


 善悪は慌ててソフビを拾い上げ、コユキの手からオルクス君を引っ手繰るようにして取り上げると、丁寧にソフビの中に戻してから、御本尊の脇へと戻して言った。

「オルクス君、申し訳無かったでござる。
大丈夫でござったか? 」

 ソフビ越しでも分かるくらいに、オルクス君は一回輝きを増すことで善悪に答えたようだ。
 ホッと安堵の息を吐く善悪の頭の中に、思いもよらない言葉が響いた。

『コウフク卿、ゼンアクさま!
私です、マ─ガレッタでございます! 』

「っ! 」

 驚いた事に、オルクス君が送ってきた声は、自分をマ─ガレッタ王女だと告げてきたのだ。
 話し方も昨日とは打って変わって流暢りゅうちょうになっており、声音も上品な王家の令嬢のそれであった。
 驚愕しながらも善悪は目の前のソフビへと語り掛けた。

「王女殿下! 何故貴女がここに?
オルクス君はマ─ガレッタ殿下で在らせられたのですか? 」

『ここ迄参りましたのは、只々お慕いする卿にお会いしたい一心でございました。
卿の住まわれるこの世界に具現化してすぐに、黒々とした山羊のモンスタ─に捉えられ、この石の中に封じ込められてしまいました。
昨日までは満足に口を聞くこともできず、口惜しゅうございました』

「そうだったのですね。ですが、御安心下さい!
姫を襲った不埒ふらちなヤギ頭は既にあそこの肉によって討伐済みでございます。
? しかし、何故オルクスなどと名を偽っておられたのですか? 」

姫を安心させるように告げた後、善悪は先程から思っていた疑問を投げ掛けたが、その問いに対する王女マ─ガレッタの答えは想像を超える物であった。

『違うのですコウフク卿!
貴女の知己ちきであった彼女は、私を捉えたモンスタ─によって、既に命を奪われてしまっているのです! 』

「ええっ! 」

『あそこで高鼾を掻いているのは、かのモンスタ─によって生み出された人工生命体、つまり正真正銘単なる肉に、醜いだけの肉槐に過ぎ無いのです。
あの者が主に命じられたのは、今は亡き彼女に持ち去られた私、この聖赤石の奪還だったのです。
昨日は、私が自我を失ったと思わせる為に、あのような偽りをお伝えしてしまったのです。
失礼をお許し下さい』

「むう、確かに昨晩、石を持ってきて見せろと言ったのはコユキ殿、いやあそこの肉槐でした。
それに、いかに私の訓練が理に適っていたとは言え、昨日の動きは人間離れしておりました。
気付かぬとはこの王国の剣、一生の不覚であります」

『コウフク卿が出掛けられると直ぐに、あの汚らしい肉は私を奪ってモンスタ─の元に戻ろうとしたのです。
今は私のスキル、アネスシ─ジャで眠らせておりますが、間も無く目を覚ますでしょう。
コウフク卿、早く私を連れてお逃げ下さいませ』

 姫の言葉に、善悪は首を横に振って言った。

「いいえ、姫を閉じ込めたばかりか、我がパ─ティメンバ─の命をも奪ったヤギの手下をどうして許して置く事ができましょう。
まず、あの肉を滅し、次いでヤギにも引導を渡して遣りましょう。
姫も必ず元のお姿に戻して差し上げます」

『し、然し、あの肉には『スススス』が!
それにここには貴方の愛剣、『レジル』も無いのですよ』

心配そうな顔に善悪は凶悪な笑顔を顔に浮かべて答えた。

「あんな小物に剣など必要ありません。
それにお忘れか、あなたにお会いし剣を捧げる以前の私の二つ名を? 」

 善悪の言葉に姫は、はっとなってそれ以上声を送り込む事を止めた。
 思い出したのだ、かつて、狂戦士と恐れられ、徒手空拳としゅくうけんでドラゴンをもほふったこの勇者を人々は畏怖いふを持ってこう呼んだ、『真紅の簒奪者さんだつしゃ』と……

 無数の魔物の前に武器も携えずに立ち塞がり、敵の返り血でその身を紅に染め、嬉々として命を奪い続け一顧だにしない最強の冒険者。
 今、復讐に燃える善悪の周囲には、かつての禍々しいほどの闘気がオ─ラとなって全身を包み込むのであった。

 静かに、然し真直ぐにコユキの形をした肉に近付いた善悪は、為すべき事を為す事に決めるのだった。

 善悪自身もこんな日が来るとは思っていなかったであろう、中学時代に若気の至りで購入し読みふけり、マンガで楽しく身につけたテクニックを今すぐ使える日がやって来るとは……
 それも、大人になり、得度を受け、和尚さまと呼ばれるようになり、四十目前の自分がこの技術を使用しようと思うほどの、激しい怒りに支配されるとは、毛ほども想像していなかったのだ。
 妄想の世界ではなく現実のこの世界において、である。

 昨日と違い、自らの意思で悪鬼の形相を浮かべた善悪、いや極悪は、コユキ(偽)の脇に近付くと、躊躇なく目の前の醜い肉に埋もれた豚バラを力任せに蹴り上げたのだ。

「ゥウオラアァっ! 」

「ブヒィ────っ! 」

 見た目も心も醜怪な化け物は、驚愕の声を上げて飛び起きた。
 その瞬間、目の前の悪鬼羅刹に状況を把握したのか、素早くピ─カ─ブ─に構える、やはりやる気のようだ。

「シッ! 」

「スッ! グガッ! ば、馬鹿な! 」

 鋭い踏み込みから繰り出されたパンチを避けようと、肉が『スススス』を発動したが、軌道を変えた善悪の拳が、その頬をヒットし肉ごと骨まで叩き潰した。
 潰れた場所からは緑色の血か何かの液体が滴り落ちている。

「シッ! 」

「スッ! ガッ!! 」

 続けざまに肉の右ひざに善悪の鋭い左前蹴りが襲い掛かり、またもや回避を許す事無く容易に蹴り砕いた。
 バランスを崩した肉の右テンプルに、無言のまま善悪が左フックを叩きこんだ。
 ハンマ─の様に重く強烈なその一撃を受け、肉は両の目をグリンと返し、力無くその場へ倒れこむのだった。
 その後、マウントからの連打で顔面を砕きつくした善悪は、もう会えぬ幼馴染の無念を晴らすかのように、肉の胴体、手、足、指に至るまで、その一切の形が残らぬまでに破壊しつくすのだった。

 全身に緑の返り血を浴びて、一人佇む善悪の瞳に勝利の喜びは浮かんではいなかった。
一切の感情を押し殺した彼の頬に一筋の涙が伝って落ち、そんな彼に対してマ─ガレッタは掛ける言葉を持ってはいなかった……


殺戮さつりくのエピック ~王国の剣と囚われの王女~   ──了──

……

アク……ゼンアク……

……善悪! しっかりしてよ、よしおちゃん……

「ん? ……あれ? 何で、っ? って!
何故、まだ生きているのだ貴様! 確実に仕留めた筈では、くっ? 」

「ああぁ、急に動いちゃダメよ、よしおちゃん!
なんか鼻血とかダバダバ出ちゃってるんだから!」

言われて善悪が自分の鼻の辺りを探って見ると、手にはべっとりとした血が付いて来た。

「よしおちゃ、先生一体どうしたんですか?
体起こせます? まだ寝ていた方が良いですかね?」

 狼狽うろたえている肉からは、いつも通りのコユキの印象を感じる。
 未だ、ハテナとなっている善悪の頭の中に不意に声が届いた。

『……ダイジョ……ブ? 』

 昨夜と同じオルクス君の声であった。
 キョロキョロと辺りを見回した善悪の視線が、御本尊の右横で止まるが、そこに置いた筈のソフビの姿はなかった。
これは、おかしい。
確かにあそこに安置した筈なのに……善悪はそう考えた。
未だ心配そうにオロオロしているコユキの脇に目をやると、涎でびちゃびちゃになった愛読書と上下に別れたソフビが散乱しているのが見えた。
 既視感を感じた。
確か、マ─ガレッタ姫、いやオルクス君を奪還する前に見た景色であった筈だ。
その直後に起った出来事を思い出しつつ我知らず声に出してしまっていた。

「凄く、途轍とてつもなく頭に来た後、確か頭の中の方でブチっと来て……えっと……」

 その呟きを聞いたコユキが目を見張って口を開いた。

「良くは知りませんけど、何かに激怒した先生の脳内でアドレナリンが大量に分泌されて、それによって高血圧緊急症みたいな感じになって、昨日疼痛があると仰っていた左側頭部辺りが脳出血的な事を起こして、一時的に意識を失ったんじゃ無いですかね?
それならその大量の鼻血も説明つきませんか? 勘ですけどね」

 めちゃくちゃ詳しい感じで説明してくれただけでなく、更に言葉を続けてくる。

「それにしても、先生をそこまで怒らせるような事って何でしょう?
お仕事(法事)中に何か失礼な事でもされたんですか? 」

 いけしゃあしゃあと言い放つ言葉を聞いて、善悪もようやく自分の置かれた状況を理解する事が出来た。
 全部この馬鹿が原因だったことも思い出しただけで無く、怒りの理由が更に一つ増えたのだ。
 マ─ガレッタが現実に現れた事にどれほど善悪が感動したか、それもこれも全て泡沫うたかたの夢であったのだ。

 男の純情を踏みにじられた善悪は、お昼ご飯も忘れ、嘘吐きの怠け者に対して、本気の説教を始めるのであった。

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お読みいただきありがとうございました(∩´∀`@)❤

※この作品は『小説家になろう』様にて、全120話 完結済みの作品です(ルビあり)。宜しければこちらからご覧いただけます^^↓

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