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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
7.薄い本 (挿絵あり)

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 家族たちは、コユキの言ったことに対して、特に驚くでもなくいつも通りの説得を試みた。

「……でもねぇ会ってみたらいい人かもよ? それで好きになっちゃったらもう、この人の為ならば! って思たりするんだから、普通は……」

とミチエがしみじみ言う。
 ミチエの言葉に頷きながら、

「早くあんたの産んだ曾孫も見せてちょうだいよ、あたしゃそれだけが心残りでねぇ~、このままじゃ死に切れないんだよねぇ、どうだい、コユキ?」

と祖母のトシコ。

 三度目のチョコチップクッキー三枚重ねを口に運びつつ、

「だからー、あたしが言いたいのはそもそもお見合いってどうよ? ってことなのよー! お見合い相手ってもれなく自分で彼女も見つけられない低スペックな奴ってことでしょ? こちとらが好きになれるハードルが端から高いわけじゃん? 難易度って言うの? ヘルモードよヘルモード!」

 コユキは自分の事は完全に棚に上げることにした。

「『ねぇママ~、誰かいい人探してよ~』って話でしょ? ここまでの恋愛下手は自分のせいじゃなくて、相手の見る目が無いとか、出会いが無かった、果てはいい人が周りに存在しなかったとでも言いだしそうな言葉じゃないの? それってさ! そう言う人って自分の顔ちゃんと鏡で見てんのかな? 顔面に近いところで鏡見て『俺イケてる』とか言ってるんじゃないの? 高確率で! おお、恐っ! 自分のことカッコイイって思ってるってどんな男前でも引くでしょ? アタシは引くわ! 嫌だわね、絶っ対っ!」

 棚の外郭の上にあげた、もう天井との隙間である。
 強気っぽく言った後、コユキは内心で焦り捲っていたのである。

――――しまった! ここまで言っちゃったら断るしかないじゃないのぉ! くぅっ、最後のチャンスかもしれないのにぃ~! ああ、もっと強く説得してよぉ~! リエ、リョウコ、お願いぃ~

 奇跡が起きた。

「ユキ姉~、知らないのぉ? 最近はスペック高い人が敢えてお見合いするんだよぉ~? ほら~よくあるじゃ~ん、お医者様限定とかぁ年収一千万円以上限定の婚活パーティーとかさぁ、有るんだってよぉ~?」

 リョウコはコユキが、怒るかな? と思ったが、食欲がある程度満たされている状態のコユキは怒らない、というか怒りにくいのだ。

 コユキは心中で小躍りしている事を悟られない様に、努めて冷静な風情を演出しながら答える。

「ほう、そうかね?」

と偉そうに答えてから、しばし目を閉じ考えた後、

「ふむ、そうだね……」

と呟いた。

 コユキの周囲で、高スペックな男性と言えば義弟たちくらいだが、そもそも余り話した事すらない。
 それ以外で思い当たると言えば二次の世界の住人たちだ、残念至極。


『ラビリンスオブフレンジー ~狂乱の迷宮~』

 コユキのかっての愛読書、BL雑誌『ゲロゲロ』に連載していた漫画のタイトルである。
 作中で、くっついたり離れたり、愛し合ったと思ったら唐突に憎しみだし、奪ったり奪われたり……
 ハチャメチャ愉快なボーイズラブを展開していたメインキャラ三人は揃って高スペックに描かれていた。

 ナガチカ …… 某大学の医学部に在学。 年齢より幼く見える美少年タイプ。 基本大人しいが芯の強い所も。 連載開始時はノンケだった。

 カツミ …… ナガチカの通う大学付属病院の指導医。 三十代半ば。 アルバイトに来たナガチカに一目ぼれした。 辛抱強く冷静。

 マサヤ …… ナガチカの高校の先輩で美容室チェーンを切り盛りする敏腕経営者の一面も。 粗野な行動が散見される。 過去にカツミと関係が。

 お金も立場も十分に充実しており、三者三様ではあるが、美少年、美男子、美青年と見た目もばっちり。
 連載当初の淡い憧れや、純粋な愛情描写は、回を追う毎になりをひそめ、次第に嫉妬と欲望、愛憎のもつれが紙面を覆いつくした。
 
 最終盤になると『タチ』も『ネコ』も『リバ』りだし、三者がそれぞれ絡み合い、誰が誰やらまさしく狂乱のカオスを演じて行く。
 どう着陸するのかと、活目していたコユキの思いをあざ笑うように突然の打ち切り。
 結局、迷宮は迷宮のまま、永久に閉ざされたかに思えた。

 否、彼らのダンジョン探索は今も尚、混乱の度合いを深めつつも続けられていた。

 コユキと志を同じくする、絵心を持った同志たちによって、ネット配信の同人BL漫画として、細々とではあるが確かな足跡を刻んでいた。
 BLであるが故に、当然、三人の間にコユキの入り込む余地は皆無だが、妄想は無限、どこまでも自由だ。
 コユキの『オシ』は可愛い感じのナガチカだったが、他の二人も嫌いでは無い。

 三人それぞれが自分を交えて巻き起こす、お下劣おげれつな愛憎劇を妄想しつつ、コユキはニヤリと下卑げびた笑いを浮かべ始めた。
 ゲヘゲヘ声を漏らして虚空こくうを見つめるコユキの中には、きっかけとなった見合いの事など露ほども残っていなかった。

 そんなコユキの様子を見て母ミチエは半ば諦めたように、

「まぁね…… コユキの自由にしたらいいよ」

と深い溜め息を吐いた。

 しばらく気持ち悪い笑いを続けていたコユキだったが、満足したのか? 不意に我にかえってシンクに向かって行った。
 コユキは生水を水道の蛇口から直接グビグビと飲み、

「ま、いい人いたら頼むよ~」

とそそくさと台所を後にした。

 コユキが去ったのは決してチョコチップクッキーを食い尽くしたからでは無い。
 手には『ポテチのりしおパーティーパック』と、開封されていない『バニラクッキー』がしっかりと握られていた。
 片手を後ろ手にヒラヒラとさせ、幾らか足早に自分の部屋へ戻って行く。

 その後姿と台所の床に白く残った足跡を、交互に見ながらリエは溜息を吐いた。

「まぁ、無理に相手に合わせるのも先々大変になっちゃうだろうし、今までの断られた後の顔を思い出したら無理強いも、ね、なんかね……」

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拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。

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