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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
89.秋日影

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 時間は一日前に戻される。


 今日も暑い。
 ここの所、ずっと暑い日が続いている、夏、それも今は一番暑い『真夏』と言うらしい。

 僕らのような牛は暑さにめっぽう弱い生き物だそうだ。
 牛乳を人間に搾らせてあげる乳牛と呼ばれる牛は、暑すぎるとお乳が出なくて困ってしまうそうだ。
 それは、僕たち肥育ひいく牛でも同じ事で、暑くて体調を壊すと、ご飯があんまり喉を通らなくて痩せてしまう。

 あ、肥育牛っていうのは、一杯食べて、大きく重くなる事が仕事だそうで、大きければ大きいほど褒められるんだ。
 普通どんなに食通りの良い牛だって、真夏の盛りと言えばぐったりしてしまい、多少の影響を受ける。
 でも僕の暮らすこの家では、牛たちは皆元気一杯にご飯をむしゃむしゃ食べていた。
 理由は簡単、いつも僕たち牛の面倒を見てくれている秋沢さんの家族のお蔭だ。

 秋沢さんの家は四人家族だ。
 お父さんの明さんとお母さんの千波ちなみさんは一日中のほとんどを僕たちの為に費やしてくれている。
 お姉ちゃんのカオリちゃんは小学校から帰ってくると、僕を散歩に連れて行ってくれたり、踏み台を上手に使って気持ち良いブラッシングをしてくれる。
 お兄ちゃんのタカシくんは、まだあんまりお手伝いは出来ないけど、幼稚園で喧嘩して泣いた時なんかに僕の横に来てずっと話しをしてくれたりする。

 勿論、牛の家族も一杯いるけど、僕にとって馴染み深いのは、直接血の繋がった、父母、弟、二頭の妹たちだろう。
 父はもうずっとこの農場で暮らしている大きな牛で名前は『秋日和あきひより』、明お父さんが育てた牛の中で、品評会で初めて大きな賞を取った事が理由でずっと農場にいる事になったんだって。

 母は同じく品評会で良い評価を貰った事で父に嫁いで来た『千種ちぐさ』、牛舎の中でも僕たち兄弟の近くで暮らしている。
 二人の妹は『千浜ちはま』と『千春ちはる』、まだまだ母やお母さんに甘えてばっかりのチビッ子だ。
 もっと小さいのが今月家族に加わった赤ちゃんの弟『秋日向あきひなた』だ。
 先日、虚勢が済んだばかりで、まだ痛むのか少し歩き方がぎこちなく見える。
 そんな、内股歩きの弟はまだ母のお乳を飲んでいるんだけど、お乳の出も良いようでグビグビ飲んでいる。

 それもこれも、お父さんが牛舎の屋根や壁に、断熱効果の高い塗料を塗ってくれたからだと、父『秋日和』が言っていた。
 他にも、空気が篭らない様に、大型のファンを動かしてくれてあるし、今年からは細かい霧が出て凄く涼しくなる機械も増やしてくれたんだ。
 お母さんとカオリちゃん、タカシ君の三人が『緑のカーテン』ってヤツを植えてくれて、これもすこぶる快適で良い。
 その上、お水が温くなると、冷蔵庫って所で冷やした、冷たいお水に入れ替えてくれて、時には氷ってやつを浮かべてくれたりもする。
 だから、僕たち『秋沢農場』の牛達は、暑い夏でも例外なく体重を増やしてドンドン大きくなって行ったんだ。

 でも、弟の虚勢に来たおじさんがお父さんと話し込んでいた日から、何となく秋沢さんちの様子がおかしいんだ。
 いつもは耳にし無い、聞き慣れない事をお父さんとおじさんが話していたんだ。

「じゃあ、出荷って事で決めちゃって構わないんですか? 」

「ああ、それで頼むよ、体重もやっとこさ七百にのったからな──」

 おじさんが何か確認してお父さんが了承したみたいだった。

「まあ、秋沢さん所だったら、枝肉で四百七十キロは行くでしょうからね」

「かもしれんが、大事なのは歩留ぶどまりだからなー、去年は秋日山がBだったからね」

 秋日山っていうのは、去年のこの時期、どっかに貰われて行って以来、再会していない僕の兄の名前であった。

「歩留まりはバラしてみないと、ってとこあるんで仕方無いですよー、でも肉質は5だったんでしょ? 」

「まあね、でも歩留まりは収入に直決するからね、とはいってもA4よりはB5のが良いんだけどな」

「テレビが言ったら、世の中A5、A5ってね? 味は5なら変わらんのにね? 」

「だな、まあA5つったほうが直ぐ買い手も付くんだろうがな」

「秋沢さんとこの牛だったら、予約入ってるんじゃ無いですか、ネット直販とか? 」

「そんな事しないよー、かまかけるもんじゃないよー」

と、終始楽しそうに話していたのだが、次の日からカオリちゃんとタカシくんの様子が明らかに変わったんだ。

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拙作をお読みいただきありがとうございました!


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