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アスリートの限界年齢とは ~19歳と36歳の代表争い~

「アスリートの限界年齢」って?


51歳でW杯ポイントを獲得したスキージャンプの葛西紀明さん、34歳で5大会連続五輪出場を目指す競泳(背泳)の入江陵介さんなど、「限界年齢」と思われた年を超えても活躍を続けるアスリートの話題がここ数日続いています。

フィギュアスケートでも、世界選手権3連覇経験のあるパトリック・チャンさんが先週公開された記事の中で「僕と共に試合を闘っていた”同志”である宇野昌磨選手をぜひミラノ五輪で見たい」と語っていました。マリニン選手など若手の台頭はあるけれど、彼にとってミラノ五輪は金メダルを獲るチャンスだと。

フィギュアスケートのシングル競技は引退する年齢が非常に早く、20代半ばまでに引退する選手が大半を占めます

1980年代以降のワールドや五輪のチャンピオンになった男子シングル選手をざっとチェックしてみましたが、ほとんどが20代半ばで引退していました。28歳を超えて現役を続けた選手はエルヴィス・ストイコさんとエフゲニー・プルシェンコさんのみ。長いブランクを経て現役復帰した高橋大輔さんも含めると3人だけ。ちなみにパトリック・チャンさんの引退年齢は27歳、宇野選手はミラノ五輪の頃には28歳となります。

しかし、よくよく考えると「26歳の現役王者がそろそろ引退だと予想されるスポーツって他にある?」と思います。(ボクシングぐらい?)

何より最近、「限界年齢の”常識”」を覆されるようなベテラン年齢スケーターの活躍が多く見られるようになってきました。

例えば、先週末にエストニアのタリンで開催されていた「タリンクホテルズカップ」。ワールド出場を控えた三浦佳生選手など日本選手大活躍だったので一部スポーツ紙でも報道されていた大会です。

この大会の男子シングル3位に入ったフィンランドのヴァルター・ヴィルタネン選手。彼は参考記録ながら、36歳で自己ベストスコアを超える得点を出して表彰台に上がりました。

ヴィルタネン選手は私が大好きな選手の一人なので、彼の活躍を機にここ数年感じていた「フィギュアスケート選手の限界年齢」についてあれこれ書いてみようかと思います。


医師&スケーターの”ヴィルタネン先生”


ヴァルター・ヴィルタネン選手は世界中のスケオタ界隈に「ヴィルタネン先生」「Uncle Doctor」と呼ばれています。それは彼が「医師」だからです。

ヴィルタネン先生が医師免許を取得したのは2016年、以来医師とフィギュアスケートを両立しながら世界選手権にも過去4回出場しています。2019さいたまワールド出場直前にPhD(博士号)まで取得してるので、その両立度合いはガチです。新型コロナ流行下でも医師業をしていました。

欧州選手権(ユーロ)の最高位は2023年の14位、地元フィンランド開催のグランプリシリーズ大会にも出場経験があり、2022年11月のエスポー大会では35歳にて自己ベストを出し、9位に入りました。

この時は会場に娘さんが来ていて何度もカメラに抜かれていました。ちなみに奥様はコーチ業をされています。下記の写真はその後に開催されたフィンランド国内選手権の時のものですが、いや~お子ちゃまほんま可愛いわ。この写真はちょいと不機嫌気味なお顔だけど、観客席で動いてる姿は超絶可愛かったですw

試合で4回転やトリプルアクセルを成功させたことはない選手なので出られるA級国際大会の数は限られているのですが、キャメルスピンや着氷時のチェック姿勢と所作が美しいのが私のツボにヒットするのです。毎年欧州選手権(ユーロ)の際には「今年のヴィルタネン先生はどうかな~」と気になってチェックをする選手でした。

しかし、今年はフィンランド開催のグランプリシリーズ大会にも、ユーロにもヴィルタネン先生の姿がありませんでした。

36歳と19歳のワールド代表争い


実はフィンランドではここ数年、マカール・スンツェフ選手って今19歳のスケーターが伸びてきまして、今年のグランプリシリーズとユーロには先生ではなく彼が出場していたのです。

何よりヴィルタネン先生はシングル競技に限界を感じたのか、昨季終了後にペアに挑戦していまして。(どうも昔ペアの練習をしていた時代があった模様。再びペアを…とパートナーを見つけ練習していたようなのですが、結局どの試合にも出場せずだったので、ペア転向は断念したのかもしれません)

昨年のフィンランド国内選手権ではマカール君が優勝でヴィルタネン先生は2位だったらしく(すみませんヴィルタネン先生はこの大会不出場だったそうです<2024年4月訂正>)、「今年のワールド代表はマカール君になるんだろうな」と思ったんですが・・・マカール君にはワールドの「ミニマムスコア」がありません

「ミニマムスコア」とは国際スケート連盟のチャンピオンシップ大会に出場する選手に必要とされる「技術スコア」のこと。大会&カテゴリごとの「ミニマムスコア」が毎年定められていて、既定の大会でSP・フリー両方の「ミニマムスコア」を上回らないと参加資格が認められません。

マカール君は今季ワールドのミニマムスコアをSPではクリアしているのですが、フリーではまだクリアできておらず。なので彼がワールド代表に選ばれるためには、既定の試合でのフリー演技でミニマムスコアを超えねばなりません。

先週末(2024年2月15~16日)に開催された「タリンクホテルズカップ」では、マカール君とヴィルタネン先生の両方が出場。つまり、この大会はフィンランドのワールド代表争いの場でもあったのです。

この大会の男子シングルの見どころは「三浦佳生選手がワールドを見据えた高難度構成に挑戦しそうだが、その結果は?」でしたが、私が気になっていたもう一つの見どころは、この「36歳と19歳のワールド代表争い(≒19歳のミニマムスコアへの挑戦)」でした。

中堅に立ちはだかる「ミニマム」の壁


実は昨季のヴィルタネン先生はミニマムスコアがクリアできず、2023さいたまワールドへの出場がかないませんでした。

私は彼が出場した2019さいたまワールドには行っていないので、2023さいたまでワールドでヴィルタネン先生を是非とも見たかったんです。しかし2022ユーロでもクリアできず…その後ヨーロッパで開催されるいくつもの試合を渡り歩いてミニマムスコアクリアに挑戦するヴィルタネン先生の動向をずっと追いかけました。結局最後のチャンスの大会でもほんの少し足りないままで、すごく残念だったのを覚えています。

マカール君もヴィルタネン先生もトリプルアクセル以上の難易度のジャンプが構成にありません。トリプルアクセルも4回転もない選手がミニマムスコアをクリアするには、すべての要素のレベルを高く取ってクリーンに滑り切ってなんとか…って感じなのでハードルが凄く高い小ミス複数出ればもう終わり。

しかし去年あんなに粘っても届かなかったミニマムスコア、今季のヴィルタネン先生は序盤の大会で早々にクリアしたんですよ!一方マカール君はSPでは早々にクリアできたものの、フリーは取れないままでいました。

わずか0.26点で代表に届かなかった19歳


今季ワールド男子シングルフリーのミニマムスコアは64点。マカール君は、初出場した先月のユーロでクリアが期待されていましたが、残念ながらミスが相次ぎ、52.79と大幅に足りずでした。

もちろんワールドに行きたいマカール君、今大会フリーではジャンプ転倒はなく、1抜け1着氷乱れの微妙なラインでまとめてきました。ギリギリ行けるか?との期待は残ったのですが…発表された技術点は63.74点。わずか0.26点足りずでした。

試合の公式配信 https://www.youtube.com/watch?v=PX_yuwTH7fc より

スコア発表されたときに技術点表示を見て「ああ…」と天を仰いだマカール君が気の毒でした。私は長年ヴィルタネン先生を応援してるからつい先生に肩入れしちゃうけれど、若手の彼にも頑張ってほしいので複雑な気持ちでしたね。

2つ目のトリプルフリップがシングルに抜けたのも痛かったですが、せめて最後のトリプルトゥループの着氷が乱れていなければミニマムスコアを超えていたでしょう。クリアさえできていればこの試合でヴィルタネン先生の順位を上回れなくても、若手育成を理由に彼がワールド代表に選ばれていたかもしれません。

苦手ジャンプを克服し構成を上げた36歳


その後登場したヴィルタネン先生。この大会は女子も男子も荒れ気味でミスが多発する中、先生は僅かな着氷乱れが2つあっただけでほぼクリーンに滑り切りました。ステップはレベル3でしたがスピンはオールレベル4!

そして驚くことに先生は36歳にして構成を上げてきたんですよ!

トリプルトゥループからのコンビネーションジャンプのセカンドにダブルアクセルを入れるのは昨季もやっていましたが、それにさらにダブルアクセルを付けて、3連続にしてきました。

アクセルジャンプをダブルでしか入れられない選手が、3連ジャンプの後半に2つダブルアクセルを突っ込むなんて、すごい勇気!さすがに3つ目で着氷が少し乱れてGOE減点くらってましたが、基礎点が稼げるのでこれで10点以上を抑えられました。

そして何より驚いたのが先生がトリプルフリップを跳んだことですよ!「あれ?先生ってフリップ跳んだことあったっけ?」…と試合後に調べてみました。

そして判明した驚きの事実。先生はシニアになってからトリプルフリップを試合に投入したのは数回しかなかった!それも加点つきで跳べたことはゼロ!!(エッジ判定が甘かったジュニア時代にはかなり跳んでいたようですが、そのジュニア時代を含めても加点つきでは一度も跳べてない)

そんな選手が今回、超苦手だったトリプルフリップを36歳で初めて加点付きで決めたんですよ!

演技見た時も感慨を覚えましたが、過去のジャンプ記録を調べてからは先生を称えたい気持ちが猛烈に湧きおこりました。この年で苦手ジャンプを克服するなんてスゴイ!10代の日本の若手トップスケーター達と並んで36歳のドクターが表彰台ですよ!?誰かもっと先生を褒めてあげて!という気分になったので今私がここで頑張って褒め言葉を連ねております(苦笑)。

本日(2月19日)時点ではフィンランドはまだワールド代表を発表していないようですが、出場資格を持つ男子選手は他にいないし、マカール君は今週末のワールドミニマムスコアを取れる最後の大会にエントリーしていないので、代表はヴィルタネン先生になると思われます。

※上記は二人の選手の演技が見られる公式動画です。サムネイルは不本意な演技後でこわばった表情の三浦佳生選手ですが、大会2日目全選手の演技映像が見られます。マカール君の演技は11:01:00ごろ、ヴィルタネン先生の演技は11:22:43あたりからです。日本男子二人はそのあと、最後の最後。

(ちなみに同大会で三浦佳生選手は4回転フリップの投入に挑み、回転不足認定ながらも着氷したのですが、その後の演技が崩れてしまいました。ワールドの構成どうするのか悩みどころでしょうね。彼についても書き出すと本筋からそれてしまうので、今回はこのへんでとどめておきます)

フィギュアスケーターの限界年齢って?


過去のトップスケーターを見る限りでは、シングル競技選手は20代半ばまでにピークを迎え、遅くとも30前後に引退するものなんだーとずっと思ってきました。でも、ヴィルタネン先生のように35歳を超えてからパーソナルベストスコアを更新し続ける選手を見ると、「ひょっとしてその認識は間違っていたのか?」と思わされます。

思えば、昨季を最後に31歳で引退したキーガン・メッシングさんも最後のシーズンにパーソナルベストスコアを出し、惜しまれながら引退しました。コンスタンチン・メンショフさんも30歳を超えてからパーソナルベストスコアを更新していました。高橋大輔さんは33歳でアイスダンスという新カテゴリに挑戦してからの3年間で毎年成績を上げ続け、ワールドで11位を取るまでになりました。

今季はペアスケーターのディアナ・ステラートさんは40歳でグランプリファイナル銅メダルと四大陸選手権で金メダルを獲得したし、織田信成さんは36歳で4回転ジャンプをフリーで2本入れ、全日本後半グループで滑れるレベルの得点を得ています。(織田選手が一昨年復帰した時は「ジャンプはともかくスピンなど他の要素がさすがにきつそう…」って思ったのですが、先月の国民スポーツ大会では去年より進化していて今後の可能性を感じました)

こういう人たちを見ていると、フィギュアスケートの限界年齢っていくつなんだろう?って疑問が深まってきます。

スケーターの引退理由とは


フィギュアスケーターの引退理由はだいたい下記に大別されるでしょうか。

1)金銭的事情
2)身体的事情(怪我問題、体力の限界)
3)本人の希望する進路変更
4)燃え尽き症候群orやりきった満足感
5)「取るもの取った人はそろそろ引退を」という暗黙の要請

1)の「金銭的事情」が一番人数は多いかもしれません。活動費がお高いスポーツなのでそもそも継続が大変。大会賞金や連盟の資金援助だけでは資金が足りず、スポンサーなどの力がないと厳しいので、大学卒業を機に辞めてしまう選手が大半です。

人気選手の場合「金銭的事情」での引退は避けられても、2)の「怪我問題」に早期から直面しがち。高難度技に挑み続けた代償で膝や腰、股関節などの怪我が慢性化、引退を余儀なくされたスケーターがどれだけいたか。

キーガン・メッシングさんも「体じゅうが痛くてもう限界」と発言していたぐらいだから、大きな怪我が報じられていない選手であってもベテランともなるとシビアな問題を抱えがちなのかもしれません。これはフィギュアスケート特有の問題というよりアスリートが抱える宿命のような気もします。

3)は五輪金メダルという目標を達成後、医学の道にシフトしたネイサン・チェン選手のようなパターン。コーチや芸能人、ショースケーターになるなどという選択肢もあるでしょう。4)は良くも悪くも本人の感情の発露。どちらもファンがその選択に口を挟む権利はありません。

ただ5)はね…国内代表争いが厳しい国だとこういう「取るもの取った人はそろそろ引退を」と迫る空気が出て来がちな印象が私にはあります。ベテラン選手の活躍をもっと見たいと願う私のようなファンには一番勘弁してほしいパターン。

採点競技であるフィギュアスケートでは、過去の戦績でPCS(演技構成点)が格付け固定されがちな感があるので、「取るもの取ったら…」と言い出す人がいるのも少し理解できます。演技そのものではなく「国内1番手、2番手…」という評価で採点されているかのような印象を受けることはありますから。この手の採点競技では、「あの選手が引退すれば今2番手・3番手とされてる選手が評価を受けられるのに!」とファンや関係者が思いがちだよな…と思います。

でも本来は、今回の19歳と36歳の代表争いのようにベテラン選手がどれだけ長く現役に居座ろうとも若手は実力でそれを超えて行くべきだと思います。「若手育成の邪魔になるから取るもの取った人は早く退け」的な考えには、NOを言いたいです。

ベテランの演技がもっと見られる時代に


こんなことをグダグダ書き綴っているのは、私自身が宇野昌磨選手に少しでも長く現役を続けてほしいと願う気持ちがあるから、「取るもの取った人はもう引退しなさい」的な空気が出て来るのを恐れているからです。

彼は既に足首の骨の変形を抱えているから、身体的事情での引退はいつでもありえます。新しい進路を目指すためor自分の演技に満足しての引退もありうるかもしれない。でも、周囲に暗に引退を促されるような流れだけは勘弁してほしいんですよね。というか、どの選手であっても「暗黙の空気で迫られての引退」は望まない。進退を決めるのは選手本人の内的な動機のみであってほしいと願います。

トップクラスにいたアスリートが長く現役を続けようとすると、成績が少し落ちてきたら即「そろそろ引退を」と周囲が言い出す流れはどの競技でも見られます。フィギュアスケート界では、全日本選手権出場ができなくなってからも33歳まで現役を続けていた村主章枝さんは相当あれこれ言われていました。でも、私は本人が継続できる環境にあり、本人が継続したいのであれば回りがとやかく言うべきことではないと思います。

フィギュアスケートにおいては、男子も女子もベテランになってきてようやく身に着けられる円熟味があると私は感じています。宇野昌磨選手に限らず、「まだ伸びる要素がある」と思えるアスリートは、本人が望むのであればできるだけ長く現役を続ける環境が整ってほしいと思います。今20代半ばのスケーターに加齢による衰えを感じる選手なんて私は一人もいない。

少女体型のティーンエージャーだけが活躍できる感が強くなっていた女子シングルも、最近は大人の演技で魅せられるスケーターが増えてきました。全カテゴリーで30歳を超えても滑り続けるスケーターがもっと増えたらいいなと心から願っています。

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