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HSPは免罪符じゃない

もし、HSPの方が読まれる場合は、どうか最後まで読み進めてもらいたいと思います。

タイトルだけを切り取れば、HSPの方に対し、否定的な言葉に聞こえることでしょう。

ですが、そのように受け取られたとしても、伝えたい言葉を書き進めていこうと思います。

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ところで、HSPの特性は、すでにご存知の方も多いと思いますが、下記に出典文を掲載します。

Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン:HSP)とは、環境感受性、あるいはその気質・性格的マーカーである感覚処理感受性が極めて高い人たちを表す言葉である。環境感受性とは、ポジティブおよびネガティブな環境刺激に対する処理や登録の個人差を表す特性的概念である。
したがって、環境感受性が高い個人であるHSPは、環境感受性が低い人と比べて、ポジティブな環境から良い影響を受けやすく、ネガティブな環境から悪い影響を受けやすい。環境感受性は誰もがもつ普遍的な特性であり、その程度は正規分布することが示唆されている。(Wikipediaより)

女性・公園・ブランコ・感情・憂鬱・考える

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HSPの多角的解釈

まずは、HSPという特性が先天的なものなのか、後天的なのかという視点で考えてみます。

前者は、生まれ持っての特性になるので、幼少期より環境との摩擦があったのではないかと思います。

よって、環境感受性がネガティブ側に傾倒している場合、いわゆる「人見知り」を通り越し自閉傾向が現れている可能性も考えられます。

では、HSPとは障がいなのでしょうか?

後者では、ストレスを受け続けるなどの要因により、環境感受性が正規分布の採択域から逸してしまう、もしくは分布が偏ってしまった状態に陥ることを指しているように感じます。

ということは、外的要因によって感覚処理感受性に何らかの異常がみられると言い換えることができるかもしれません。

では、HSPとは病気なのでしょうか?

女性・夕日・思考・物思い・赤と白のチェック柄・後ろ姿

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HSPという言葉の持つイメージ

ここまでの内容に対し、憤りを感じる方もいるかもしれません。

「私は障がい者でも病人でもない‼」

…だとするならば、HSPとは何なのでしょうか?

「個性」「特性」「その人らしさ」

このような表現に収束するのでしょうか?

さらに、HSPとは「鋭敏な」や「敏感な」といった表現をされる「性格」なのでしょうか?

…個人的に「性格」という表現は違うと考えています。

手を伸ばす・差し出す・何かを掴もうとしている

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障がい者の支援をする者としての視点

私は普段、重度の障がい特性を持つ方々の支援を行っています。

知的障がい、発達障がい、精神障がい、自閉スペクトラム症、ダウン症、ADHD、てんかんなどを複合的に持って生まれた方々です。

彼ら・彼女らは、「普通と違う」という理由で「困った人たち」だとレッテルを貼られることがあります。

ですが、彼ら・彼女らは、自らの意志でこれらの特性をその身に宿したわけではありません。

「困った人たち」などではなく、「困っている人たち」なのです。

障がいは「性格」ではありません。

しかし、「個性」や「特性」、「その人らしさ」だと言えるでしょう。

だからこそ、存在そのものを認め、「ともに生きることができる人たち」でもあるのです。

…このように定義づけるのであれば、「HSPは障がいなのか?」という私の問いかけが、差別的な発言ではなく、存在そのものを認め、「ともに生きることができる人たち」だと言っていることが、伝わるでしょうか?

男性・ビジネス・Good・親指・三人

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あなたは出来ない人じゃない

HSPに限らずですが、多くの人は自分の「個性」「特性」「その人らしさ」を認めてもらえない環境を経験していると思います。

極論、「人格否定された経験」と言ってもいいでしょう。

このような経験が、特にネガティブ側に環境感受性が傾く方にとっては、心に深く大きい傷として残っているように感じます。

それゆえに、自分の可能性を信じられなくなり、「出来ない理由」としてHSPであることを告げる方を、たまにお見受けします。

「私はHSPだから無理です」

…このように言われてしまうと、何も言えなくなります。

厳しい言葉だと思いますが、これでは「困った人たち」になってしまいます。

すべての人に対してじゃなくていいので、どうか勇気を持って言葉にしてください。

「私はHSPだけど、やってみます」

ランナー・ジョギング・伴走・山道・併走・防寒着

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HSPと向き合って

あなたが前に進む意思を示してくれれば、私は支えたいし助けたいです。

一緒に転ぶことも厭わず、隣でエールを送ります。

ですから、HSPを出来ないことを前提とした「免罪符」にしないでほしいと思っています。

ともに生きるために、「困った人たち」ではないと、自らの声で発信してみてください。

あなたが感覚処理感受性の高い人間なのでしたら、周りの人は感覚処理感受性が低いので、あなたの心の変化に気づくことが出来ません。

あなたの想いを、伝えてくれませんか?

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ということで、最後までお読みいただきありがとうございました。

今回の投稿は以上です。

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