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[ちょっとしたエッセイ] あの日の空も青かった

 今でこそ、映画を見たいなと思ったら、ネットで調べて映画館のホームページから目ぼしい作品を選んでは、その場でポチッとチケットを購入して、座席も確保して、なんの不安もなく映画館へ行けるようになった。単純な性格なので、便利な世の中になったなと、ただただ感心しているのだが、情報を自分から探さなくてはいけなかったり、ふとした偶然で出合う作品はずいぶんと減ったなと、少しひねくれた考えを持ってしまう。
 僕が幼かった昭和の後期は、最寄りの駅前に映画館があって、駅の構内などには上映中の映画のポスターがでかでかと貼り付けられ、映画館の入り口にはプリントではなく、手でペイントしたでっかい看板が貼り出されていて、なんとなく映画という文化が今よりもより大衆性をもっていて、身近で当たり前の娯楽としてそこにあった(気がする)。沿線の駅には、数駅ごとに小さな映画館があって、今のようなきれいでシステマチックな映画館ではなく、指定席なんかはないし、人は入れるだけ入れるので、立ち見なんかは当たり前で、途中から入ってきた人、2回目を見たい人は、待っていれば次の上映も見ることができた。夏には、必ずドラえもんや戦隊モノの映画が必ず上映されたので、夏休みはよく映画館に行ったものだ。
 僕がよく行っていた映画館は、毎年夏になると、単館ならではの子ども向け企画として戦争映画を上映していた。普段はアニメや特撮のようなものばかり見ていた僕は、あまり興味を示すことはなかったが、母親がある日、「これ見てきなさい」とチケットとチラシを僕に渡してくれた。たぶん、後回しにしていた宿題を見るに見かねた母が、自由課題のヒントとして手配してくれたものだったのだと思う。
 あの頃は、夏になるとテレビでも戦争のドキュメンタリーだったり、映画だったり、よく目にしたし、僕の祖父母など戦争を体験した人が、まだ身近に生きていたから、みんなでテレビを見ていると、「あの頃は、ああだった」とか思い出として聞くことがたまにあった。でも、どちらかといえば当たり前の光景のひとつで、幼少期はそんなに大事に思っていなかったのだろう。母に、映画を見てこいと言われても、めんどうくさいなというのが正直なところだった。
 映画館に着くと、僕と同じようにチケットを持った同い年くらいの子どもたちが、満員にはならない静かな館内に座っている。アニメの映画などとは違って、ワクワクというよりおそるおそるといった子どもたちが、いつも賑やかな映画館をシーンとさせた。
 この年の前の年に公開されたのは『火垂るの墓』だった。言わずと知れた戦争映画の名作の一つで、これまでもテレビでも放映されてきたが、最近じゃ目にすることもなくなってしまった。僕はテレビであの映画を見た時に、なんというかひどく心が傷ついた記憶がある。戦争のもたらす非人道的行為、死が迫る恐怖や悲惨さもそうであるが、1番傷ついたのは、残された人たちが生き残るために、子どもであっても狡賢く、這いつくばって生きなければならない過酷さであったように感じる。これは、今じゃ学校の図書館から消えてしまった『はだしのゲン』にも共通するところだろう。僕が小学生の頃は、意外と身近にまだ戦争の記憶が存在していた。
 そして、この時見た映画も僕の心に今も色濃く残る記憶になった。前述の『火垂るの墓』や『はだしのゲン』とは違い、誤解を恐れずに言えば、おだやかな映画であった。しかし、あの青空が鮮やかな夏の日に、広島に落ちた爆弾がもたらした影響は、一見なんともないひとりの少女の命を奪ったのは事実で、映画で見たその命の物語は、ほかの作品のような衝撃的な記憶とは違い、じわじわと心に悲しみを植えつけた。
 戦争における作品は文章であったり、映像であったりさまざまであるが、今よりも当時は肌に触れる機会が多かったのではないだろうか。多様なメディアが存在する今、情報こそ多いけれど、身近であるといったら、違うのかもしれない。それは時の経過がもたらす影響もあるだろうが、月並みな言葉で言えば、忘れてはいけない記憶であり、語り継がれるべき事柄だと思う。戦争を経験していない者だからこそ、先人が残した記憶を少しでもつないでいけたらなと思っている。
 しぶしぶながら見た映画だったが、映画館を出て見上げた真夏の青空を今でも覚えている。それは、僕の心の中で8月6日の青空とリンクしていたのだろう。ひとつの映画が人生を変えると誰かが言っていた。変わったかどうかはわからないが、それに近い感覚がこの映画にあった。1989年の夏のことである。

*その後、この映画を見ようとずっと探していたのだが見つからずにいた。見る機会がなくはなかったのだが、配給会社からの貸出に限られ(上映会などで公開はできるみたいな)、個人で見る機会はなかった。しかし、2024年8月にAmazon Prime videoで配信され、35年ぶりに見ることができた。

「千羽づる(1989)」
監督:神山征二郎
原作:手島悠介
出演:倍賞千恵子 広瀬珠実 前田吟 石野真子 田山真美子 岩崎ひろみ 渡辺美恵 篠田三郎 安藤一夫 殿山泰司 相生千恵子 野口ふみえ 樋浦勉 平林尚三 田村高廣

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