[ちょっとした物語] 霜の降りる朝と
吹き荒ぶ風の音に目が覚める。
布団の触りと留まったほのかな温かさが体を動かしてくれない。しかし微かに聞こえるお湯の沸く音。まもなく生活の針が動き出す頃だ。
窓から見える空の色は、澄んでいて、冬の日のそれを一身に表していた。
ふと目を閉じてみると、季節の環が駆け巡る。春の、夏の、秋の、それぞれの時は都合よく目の前に現れては消えてゆく。
一瞬の光は、常に重なり合って、また季節は折り重なるように続いていく。
ああ、なんて時が過ぎるのは早いのだろう。うるさかったカラスの声も今では聞こえない。いつでも僕の目の前に現れては、消えていく。そして、勝手にいなくなったと思ったら、こちらが恋しくなっている。
1970年の冬があいさつをしたころ。いつものように部屋の片隅でギターを弾いていた。台所からはあたたかな湯気がこちらの部屋まで漂ってくる。
トントン
トントン
包丁の奏でるリズムは、ただの幸せを軽やかに響かせてくれる。
テレビのスイッチを引っ張った。というのも、今では考えられないだろうが、あの頃は、引くスイッチだったんだ。チャンネルはダイヤルを回すタイプだ。
少しノイズが走る画面をタバコを吸いながら見ていると、ヘリコプターから撮られたような映像が映っていた。アナウンサーは、滑舌良く、でも少し興奮しながら話していた。
……が………で…………した模様です
はあ、よくわからない。ただ誰かが死んだようだ。しかも腹を切って死んだらしい。それは痛そうだ。そしてなんと物騒な世の中だ。
なにをそんなに血気盛んになるのだろう。僕はにさっぱりわからなかった。
木枯らしの吹く、外の様子は、これから耐え忍ばなくてはならない冬の本番が迫っていた。
季節の出会いは、いつも滑らかな交差と、風によってもたらされる。時の年輪は、激動の傷跡と、少しの幸せが重なり合う。
外に出た。
庭先の土には霜が降りていた。もう冬だ。仮に時を遡ることができたなら。僕は、ただただ、抜け目なく、中間色で生きるだろう。それでも後悔はない。
トントン
トントン
君が台所で何かを切る音。
空の青が透き通って季節が遷移する。
11月も終わった。また、今年もまもなく終わる
普通というのは、誰も気がつかない物語。無機質なようで、空っぽのようで、ニュートラルっぽい、そして貧窮ではない、そんな破天荒な物語が、僕らの小さな語り草。
ごはんできたよ
もういいではないか。1日のはじまり、1日のおわり、どちらも歴史の分岐点であり、繰り返そうとも、折り重ねようとも、塗り替えようとも、変わらずにある日常である。
そこにある温もりも、そこにある冷たさも、すべからく僕とともにあるのだ。
2021.12 年の瀬に想う
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