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[ちょっとしたエッセイ]恩師という存在について

 先日1通のメールが届いた。この春に、僕が中高時代にお世話になった先生が定年退職されるというものだった。『お世話になった』という言葉を使ってみたものの、自分としては違和感がある。文章の便宜上、使用したと思っていただきたい。

 自分の学生時代、つまり今から25〜30年前ということだから、その先生は、当時、今の僕より若かったわけだ。
 写真も添えられていて、確かに白髪が増えているし、心なしか背中も曲がっていて小さく見えた。
 別段、その先生に特に思い入れもないのだが、時の流れの中において、「勤め上げる」ということは、尊敬に値する、と思う。だから、ただへえ〜というよりは、「おつかれさまでした」という言葉が頭をよぎった。この先、この先生はどんな人生を歩むのだろうと考えたが、ほどなくして考えがつまった。それだけ印象としては、イメージの膨らまない人に僕には見えていた。よくそういった退官される先生には、その人を恩師と呼ぶ、元生徒もよくいることに思い至った。
 この一連の出来事の後、自分にとって恩師と言える人はいたっけな。と思い返してみた。みなさんにとって、恩師とはどんな人のことを言うのでしょうか。
 単純なイメージで言えば、学生時代の先生が一般的なところかなと思っていると、僕の場合、その「先生」という人自体が、基本的に好きではなかったということに行き着く。
 いろいろ理由はあるのだが、決定的な思い出として、「信用するに値しない」。そんな、ややセンシティブな感情が引っ張り出される。


 さかのぼること、25年ほど前。高校2年時のことだった。僕の人生の中で、ひとつの人格形成の節目を迎えていた。
 というのも、僕の父親が病に伏していて、まもなく命が尽きることがわかっていた時だったからだ。なんとなしに、その事実を受け入れた時、この先自分を含めて、家族がどうなっていくのか、父親の死後について幼いながらも考えざるを得なかった。そんな最中に、父親に多額の負債があることが発覚。実際には、他人の負債を背負っていたという話だが、まぁそこは大人の領域なので割愛する。そんな父親の迫る死と金による圧力は結構子どもながらに恐怖でしかなかった。
 そういう時期って、心が荒んでくるもので、友だちづきあいもほどほどに、一人でいることに逃げる。音楽を聴いて、もしくは本を読んで、学校でも暗い場所に根城をつくり、そこにいつもいる。他人の言葉を遠ざけることで均等を保つ、そんな状況というのがたまにある。
 しかし、そんな状況は、担任の先生なんかはすぐに気づいてしまう。

「どうした? なんか悩んでいることがあるのか?」

 ある日、廊下で担任に声をかけれらた。もちろん父親が闘病しているというわが家の置かれた状況を知る担任には、生徒の心を助ける義務はあるだろう。だが、個人的にその悩みを彼に言いたくなかったし、これは父親の死と金のことと、未来のこと、母親のこと、弟たちのこと、などなど死から枝分かれした、総合的な悩みなのだった。だから、ひとつの悩みに踊らされているのではない。そして、彼に言ったところでどうしようもないことくらい、高校生の自分でもわかった。
 ただ、彼は途方もなくしつこかった。何がなんでも話させようと必死に食い下がった。「何か力になってやる」と力説し、時に涙ながらに心を寄せているんだとアピールした。だから話した。仕方なく。

「あ。。。そうか、そうか。大丈夫だ。なんとかなる」

 ほら見たことか。さっきまでの熱意は完全に冷め、目が泳いでいた。あの表情は今でも忘れない。「あ」の後の間はこれ以上にない気まずさを生み出した。
 その後、彼が僕に話しかけることはなかった。しかし、健全な生徒からは大いなる人気を博し、僕は彼の中から消えた。

 あれから25年。当時30代だったその担任は何年か前に教師を辞めたそうだ。友人のFacebookに写る、生徒に囲まれて幸せそうなその先生を見た。
 別に彼のような先生はどこにでもいるだろう。そして、先生という存在について考える。僕は、先生という人に求めることはなんなのだろうと。
 たぶん、勉強をおもしろいと思わせてくれる人ような、新たな知識の門出に導いてくれる人なんだと思わされる。ただ、図らずとも人生のある部分の時間を共有するということは、習う教えるの枠をはみ出すものだろう。だから、先生という「人」を過信してはならない。
 この齢になると、大人と言われる人の大半は、ひどく利己的で、自己愛に溢れていることに何度も愕然とする。無論自分もその部類の人間だということも知っている。ただし、それは表層的なところで押し留められる。社会の中における自分の立場をわきまえているからだ。でも見え隠れするそれらに、心を砕くことが多々ある。
 だが、対象が未成熟な人間の場合、問題の多くが稚拙で解決できるとこちら側が勝手に解釈しがちなんだと思う。


 現代、幻想というもののほとんどは、ちょっとキーボードを叩けば概ねそれが幻想であるという事実を知ることができる。人が人の何かを教えるのだとすると、その唯一は、生き方しかない。人は人に惹かれる。それは、その人間の佇まいだ。しかし、それも絶対ではない。

 やっぱり、僕は先生という人物が嫌いではないけれど、信頼は置けないと未だに思っている。それは、お互いに人間だからだ。気持ちが寄れば仲良くできるし、そうでなければ離れるだろう。だから、本当の意味で知識の核は文字媒体でよいと思ったり。ただし、そこまでの導入は、やはり人が媒介していないと、そもそもの入り口に立てないわけだから、そこを担う人物のひとつが先生と言えるのかもしれない。でも、人によってはその先生の担う役割に人生を左右されたケースもあるだろう。それが恩師となり得、その反対も然り。幸か不幸か、僕はそのような人にこれまで出会うことができなかった。いや、避けていたのかもしれない。
 でも、そんな僕でも影響を受けた人物は多くいるし、自分から歩み寄っていった。そこから得た知識やアイデンティティは大いに自分の血肉になっている。もちろん関係性がどれも続くわけれはないけれど、確かにその証は僕の頭や心に深く刻まれているのは事実である。そういう人々を僕は恩師と呼ぶに相応しいのかもしれないが、そこにおける関係性を、単純な先生と生徒のようなものに落とし込むことは不可能で、どちらかと言えば仲間であったり、同僚であったりに比較的に近しい関係から生まれ、お互いに対等な部分が多い。
 図らずとも最初から教える側、教わる側を位置づけてしまうと、ある種の錯覚が存在し、結果的に二極化してしまう。個人的には、もう先生が聖職という幻想に包まれていた時代は終わったと思っているし、社会的なカリキュラムの先導として存在しているだけなのかもしれない。でもそこは、その立場にある人たちの主観で価値判断すればいいだけのことだ。

 とかく、恩師ってなんだろう。先生ってなんだろう。なんとなく、現にその職業に、みんな過度の期待と責任を押し付けてるんだろうと思う。なんとも残酷な現実だ。それ故に、先生方は悩み、責任を背負いがちなんだと思う。そしてその歪みによってニュースに踊ることもしばしば。僕にも同期に教職を選んだ友人がいるし、先生という職業こそ、あらゆる仕事の中で、理想と現実のギャップが大きいことを知っている。
 誰しもが、幼少期から青年期にかけて関わる先生という存在に、あらゆる価値観のものさしの一旦を預けるわけで、それは共通の一致だと思う。それをどう捉えるかが、この話の結論だと思うが、みなさんはどう思われるでしょうか。

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