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小説「tripper」

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フェリーの中で目覚めた男と、メイド服を着たヒューマノイドが、自分たちがなぜフェリーの中に閉じこめられ、どこへ向かうのかを手さぐりする物語。
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2019年5月の記事一覧

小説「tripper」7章~扉と鍵と~

前回→ https://note.mu/kenji_takeda/n/nf9a04b6e9936

「バグ探しのための破壊行為」に、思わぬ邪魔が入った。

いや、邪魔というべきかどうかもわからない。

あまりに突然すぎて、それが善意なのか悪意なのか、それとも別のなにかに基づくのか、はかれずにいた。

あの声は我々に覚悟を問うていたが、我々の進む先に、本当にそんな覚悟を要するような事態が待っているの

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小説「tripper」6章 ~声~

前回→ https://note.mu/kenji_takeda/n/nda8bc20474c2

ここ二、三日ほど「乗客位置把握システム」のバグ探しばかりしていた。ログを入力するのはひさびさだ。

「お客様」が現れてから、六日が経った。

あれから毎回、彼が眠っているときの体温を確認したが、あのときと同じく、寝ているときには体温が60度程度まで上がっていた。
睡眠時間も、毎回十八時間を超えていた

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小説「tripper」5章~手と手、体温と体温~

前回→
https://note.mu/kenji_takeda/n/n08763d1927ea

目覚めると、自分は0404号室にいた。
きのうほどではないにしろ、日はそれなりに高くのぼっていた。
ベッドサイドの時計を見ると、十時だった。

にわかに状況がつかめなかったが、ベッドでごろごろしている間に思い出した。
そうだ。メイと「ブレードランナー」を観てるあいだに寝てしまったのだ。
しかし、メイ

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小説「tripper」4章~スタンド、バイ、ミー~

前回→ https://note.mu/kenji_takeda/n/nff5c8b086774

いつから眠っているのかわからないくらい、深い眠りだった。
きのう目覚めたばかりなのに。

そんな夢のない眠りから目覚めて、客室のカーテンを開けると、きのうとはうって変わって窓の外には晴天の大洋が広がっていた。
吸い込まれるような濃い青の海。すでに太陽はかなり高く昇り、空は海に負けないくらいのブルーに

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小説「tripper」3章~dialogue~

前回→ https://note.mu/kenji_takeda/n/n86ae85845531

夢を見ていた。

書き割りの摩天楼が並ぶ舞台にひとり立っていた。

スポットライトが当たっていて、舞台の様子がはっきりうかがえないが、観客はおそらくひとりもいない。

この船と同じく、全くの無人。

自分になにかを演じろというのか。

よくわからず、舞台にあぐらをかいて座り込む。

すると、舞台の天

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小説「tripper」2章~ひとりとひとり~

前回→ https://note.mu/kenji_takeda/n/n691ad7f53cc6

ドアを閉めたときの、思いの外軽い「かちり」という音は、すみやかに船のエンジンのそれと思われる深いうなりの中に吸い込まれていった。

男は、しばし廊下の真ん中で立ち止まり、見回した。

ほの暗い廊下が、船の揺れ動きにあわせて、穏やかに呼吸をしているようだ。
押し黙ったように閉ざされたあまたの船室のドア

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小説「tripper」1章 ~しずかな目覚め~

0章→ https://note.mu/kenji_takeda/n/n52af22eea353

ラジオの電源スイッチに触れた瞬間、広がっていた丘陵風景は男の目の前から文字通り『霧散』していった。
人工的で胡散臭い風景が霧のようにしゅわしゅわと、おぼろげな余韻を残しつつ消え去ったあとには、一人でいるには多少広すぎるくらい広い、ホテルの部屋が現れた。

ラジオのあったところには、各種照明や空調をコ

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