小説「tripper」6章 ~声~

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ここ二、三日ほど「乗客位置把握システム」のバグ探しばかりしていた。ログを入力するのはひさびさだ。

「お客様」が現れてから、六日が経った。

あれから毎回、彼が眠っているときの体温を確認したが、あのときと同じく、寝ているときには体温が60度程度まで上がっていた。
睡眠時間も、毎回十八時間を超えていた。
それが、あの人の普通ということらしかった。
わたしにとって、リブートのとき以外二十四時間稼働できるのが普通なのと、おそらく同じだ。

彼自身、(おそらく)人間ではないと知ってからも、そんなに日々の行動が変わったというわけでもないようだ。

内面ではどうなのかはともかく。


彼によると、船内にあるコンピュータはおおかたあたってみたものの、やはりスペアのマスターキーでは何の情報も得られなかったということだった。

船内のわたしが入れる範囲には、わたしの部屋にある(ネットワークとつながってない)コンピュータ以外で、触れるコンピュータはない。無線でつながっている船内管理システムからは、もちろん何の情報も得られない。

となると、わたしから船内のシステムに対して侵入するしか、方法はない。


「乗客位置把握サービス」に「穴」がないかの確認はここ数日の日課になっていた。深夜の六時間を探索の時間にあてて、探索範囲の半分程度まで終わらせている。

いつものように、自作した可視化プログラムを使い、起動中の「乗客位置把握サービス」の内部構造をグラフィックに変換する。

一度視覚情報と聴覚情報を遮断し、可視化プログラムの出力にスイッチすると、「乗客位置把握サービス」の内部、まるでだまし絵のような光景が目の前に広がる。

階層を上がっていたつもりが下がっていたり、開きそうな扉が開かず、扉と思わなかったところが開いたり。
見る角度が変わると、まるで違う様相を見せてくる。
いつのまにか、重力の方向が変わっていることすらある。

美しいのだが、やはりセキュリティシステムの一部なのか、どこかに人を寄せ付けないような悪意を感じとってしまう。

なにより、セキュリティシステムのエージェントが、わりあい高い頻度で巡回してくる。
こちらの動きに不審なものが確認された場合、こちらの動作を制限しにかかったり、攻撃してきたりする。
こちらのスキャンを感知するトラップも、そこいらに。

そんな中を、地を這うように、プログラムの穴、ゆらぎ、ほころびを探す。
一回六時間しか起動できない上に、そのあと二十四時間以上間隔をあけないと再度起動できない、という縛りがあるから、一回の探索範囲は限られてしまう。

刺激的ではあるが、常にプレッシャーがかかる。
本当に、骨のおれる作業だ。

しかし、掃除をしたり見回りをしたりするよりは、はるかに楽しい。


root事件で痛い目にあうまでは、ルーチンワークのあいまに、自分が使えるシステムの動作を可視化して退屈をしのぐことも多かった。
船の自己診断プログラムに見つけた、細かいけど重大なバグも、そんなふうに見つけた。

別に可視化しなくても探すことは可能ではあるし、可視化する分の処理にリソースを持ってかれるデメリットこそある。
だが、視点を変えて挙動を観察したりすると、案外その中に意外なバグなどを見つけることができたりもする。正直、総当たりとかでやるよりかは効率的な気がする。

リソースの問題も、適宜可視化時の解像度を変化させたり、表示オブジェクトの抽象化度合いを大きくしたり、可視化の解釈に工夫を加えれば、気になるほどでもなくなる。

とはいえ、わたしのプロセッサだけでなく、別のコンピュータのリソースまで使えれば、立体投影やVR/ARを使ったり、より高解像度の可視化もできるはずだし、力業で攻撃を仕掛けたり、ある程度セキュリティから攻撃されても防御はできそうだ。

わたしの今の権限では、そんなことは夢のまた夢だけれど。

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朝起きてロビーへ向かうと、メイが窓際の椅子、背筋をのばしてたたずんでいた。
BGMは、いつものショパンの練習曲だ。

数日前にシアターで見たときと似た、凛とした雰囲気をまとっている。
おそらく、例のバグ探しに集中してるのだろう。

邪魔しないように、心持ち静かに通り過ぎようとしたところで、ふいに彼女がこちらを向いた。

「あ、おはようございます」
「…おはよう」
「ごめんなさい、気づきませんで」
「あ、いや、いいんだ。そのまま続けてて…あ、掃除は自分がやっとくから」
「そんな。これ終わったらすぐやろうと思ってたんで、大丈夫ですよ」
「いや、自分ができるのって、このくらいしかないから…」


この船の行き先を探るには、結局彼女の力が必要だった。

この船の、自分の入れる場所はすべて探しつくした。
どこかに、ブリッジやサーバルームに直接入れるドアがないか。
どこかに、よりレベルの高い権限のマスターキーがないか。
どこかに、物理的に外へ出られる場所はないか。

結果、そういったところはなく、自分の力ではなにも得ることができなかった。

とはいっても、収穫がないわけでもなかった。
フロントのバックヤードの奥まったところに、ほこりをかぶった斧を見つけた。緊急時に使う消防斧だ。
緊急事態用のものがなぜこんなわかりにくいところにあったのかはともかく、のっぴきならない事態になった場合は、これで強引に窓なんかを破って、外に出ることも可能だ。

なにかあった際にメイでも使えるように、彼女がよく出入りする掃除道具置き場に置いておいた。

その消防斧を横目に見ながら、掃除道具一式を載せたワゴンを押して廊下へ。

別にメイから船内の掃除について教わっていないが、まあ、なんとなくでいいのだ。
なにせこの船には我々二人しかいない。

しかも、人間ではない。

ここ数日でわかったのは、自分は汗をかかないし、排泄もしないらしい、ということだった。
実際、同じ服をずっと着たままだが、服は臭くなってないし、目覚めてからまだ一度もトイレに行ってない。便意や尿意も今のところない。
機械仕掛けのメイも、当然同じだ。

だから、基本的に掃除は毎日しなくていい。
というか、もう掃除なんてしなくても問題ないのではないかとすら思う。
もう、暇を持てあましたときくらいでいいはずだ。

…まあ、暇は捨てたくなるくらいにあるから、掃除が日課になってしまうのだろうけど。

しかし、ほんとうに自分に手伝えることは、掃除くらいしかないのか。

いろいろ考えながら、彼女よりは手を抜いて掃除をしていた。


船内をひととおり掃除したあとも、メイは同じところで同じ姿勢のままでいた。

まさか、機能が止まっているわけでは、と思い、掃除道具置き場へワゴンを戻す途中で、彼女にそっと近づいた。

ゆっくりした呼吸が、彼女の胸を上下させている。

メイによると、自身の筐体は、基本的に呼吸しなくても動作するのだという。
ただ、彼女のプロセッサがもつ熱の都合で、重い処理をしているときは「呼吸」により排熱しているそうだ。

シアターのときと同じで、見とれてしまう。


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「乗客位置把握サービス」の連続起動時間をオーバーしてシステムから締め出されたら、次は船の自己診断プログラムの中を探す。

自己診断プログラムをまずテストモードで起動し、緊急診断時の挙動を擬似的に繰り返させる。
自己診断プログラムも頻繁に起動するとセキュリティシステムから怒られるが、テストモードであれば走らせっぱなしでも問題ない。
探索できる範囲はだいたい「乗客位置把握サービス」と同じで広大だが、そっちほど構造は複雑じゃないし、テストモードならセキュリティシステムのエージェントもこないから、穴も探しやすい。


…にしても、自己診断プログラムにあったバグはどこにいったのだろう。

船の自己診断プログラムは、セキュリティシステムの領域まで立ち入って診断するわけではない。
セキュリティシステムには独立した自己診断機構が備わっていて、ちょうど「乗客位置把握サービス」を使うとき、船内管理システムとセキュリティシステムとのあいだでいったんやりとりをするのと同じで、自己診断プログラムとセキュリティシステムの自己診断機構とがやりとりする、という仕組みのようだ。

自己診断プログラムのバグは、その「通用口」にかかわる部分にある。
ただ、バグを使ってその「通用口」をこじ開けただけでは、やはり返り討ちにあってしまう。

通用口から入って、奴らから手ひどい攻撃を食らわないうちに、セキュリティと船内管理システムのやりとりに介入する必要がある。

しかし、自己診断プログラムのバグが見つからなくなった以上、その方法も今はとれない。

…と、思っていた。

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「あっ、ごめんなさい!」
「あ、こっちこそ、ごめん」

彼女に見とれすぎていた。

「ああ、掃除、終わったから」
「ありがとうございます…」
「で、今なにしてたの?」
「船の自己診断プログラムのバグを探してました」
「例の、どこかに消えたバグね」
「それだけじゃなくて、どこかにまた知らないバグがあったりしないかな、って探してたんですよね」
「あ、そうだ。前システムに侵入したとき、どうやって入ったか、覚えてる?」
「それが…今まで話してなかったんですが、詳細は覚えてないんです。やりかたは覚えてるんですけど、セキュリティにやられたときに、記憶がかなり脱落してて、状況とかがあまりはっきりしないんですよ」
「それは困ったな…」

しかし、一度確認されたバグが、アップデートもしてないのに消えるなんてあるだろうか。
そんな疑問はあったし、思い違いという可能性は捨てきれないが、自分は彼女を信じたかった。

「で、その消えたバグさ…なんか条件が変わったら出てくる可能性とか、ないかな。たとえば、自己診断プログラムってなにかあったときに動かすもんだと思うけど、実際になにかあった際にのみ出てくるバグがあるのか、とか」
「そうですね…自己診断プログラム自体を診断するテストモードで、ひととおり船体や設備の異常を擬似的に再現できるんで、それで変わるか確認してみたんですけど…今のところはそれでも変わらないですね」
「ほう…」
「でも、ひとつだけ引っかかるところがありまして」
「お、それは?」
「自己診断プログラムのテストモードの中に、セキュリティシステムに対する自己診断リクエストをシミュレートする項目がないんです…たとえば、船体に異常があるとか、エンジンが止まったとか、そういうのは再現できるんですが、ドアが壊されたとか、船内のシステムに侵入されたとか、そういう状況は再現できないんです」
「…そこが臭うな」
「そうなんです。でも、わたしには船内設備に対する保護機制があるんで…」
「そっか……でも、それ、もっと早く言ってほしかったな…」
「え?」
「君ができないこと、自分はいつだってやってあげられるのに」


船内設備を破壊すると、セキュリティシステムが作動するらしい。
そのセキュリティシステムが異常を感知しているあいだに、自己診断プログラムにバグが出ないか、メイに確認してもらうことになった。

異常が発生しているときにバグが出るのであれば、システムとして重大な瑕疵になる気がするのだが、今はそんなことを考えている場合ではない。

自分が破壊するものは、外部デッキに通じるドアの鍵だ。それを破壊してしまえば、船の外へも出られるはずだ。一石二鳥。

ドアには鍵穴があったが、それ以外にも、頑丈そうな金属の箱のようなものがついていた。それがなんなのかはよくわからない。

掃除道具置き場から消防斧を持ち出し、外部デッキ扉の前でスタンバイするメイと合流する。

「準備はいい?」
「はい。いつでも大丈夫です…あ、念のためですけど、ここからなにか確認できるまで、音声出力が止まるんで」

と、メイが直立不動になる。
視覚も一旦切るということで、瞳からも光が消える。

生気がないと、本当に人形みたいに見えてしまう。

そんな彼女を横目に見ながら、消防斧を構え、鍵穴のあるシリンダーに、狙いをさだめるように刃をあてた。


次の瞬間。


突然船内に甲高い警告音。
そして、

「船内設備の毀損を企図する行動を感知」

メイのものとも異なる、合成音声だがせっぱ詰まったアナウンス。

「近傍の端末にオーバーライド。介入します」

メイの瞳が、みるみるうちに赤い光に満たされていく。

その姿が一瞬にして目の前から消える。
消防斧を持った手になにかが絡みつく。
低い姿勢で斧の柄を小脇に挟み、彼女があっという間に斧をもぎ取る。
バランスを崩し、右によろめく。懐にいたはずの彼女はすでに視界の端に残像を残して消え去ろうとしている。
つぎの一刹那、右に倒れると思われた体が、右脇に差し入れられたなにかで突き上げられる。
続けざまに左脇にも硬い衝撃。
彼女の腕だ。
後ろから両脇をとらえた腕は後頭部で重なりあい、首を後ろから圧迫しはじめる。
直後脇腹に右、左と短い間隔の衝撃。そこから胴体を強烈な圧が襲う。彼女の脚が絡みついている。後ろから全身を引き伸ばされるような押し曲げられるような感覚。
味わったことのないような痛みが全身を貫いている。
それに呼応するように、身体が熱をもつ。
固くしまった胴締めフルネルソンをほどくように、自分の体は無意識に、背中に絡みつく彼女を強い力で壁に叩きつける。
だめだ、彼女を傷つけたくない、と思っても、意志に反して体が彼女による拘束を力ずくで解こうとする。
「やめろ!」
自分の体に対してなのか彼女に対してなのかわからないまま叫ぶ。
体の奥から、強烈な熱がこみ上げてくる。


そのとき。


先ほどとは違う警告音が鳴り響く。
唐突に彼女の体から、がくりと力が抜ける。

驚きと痛みで、息があがる。

振りかえると、自分の体からほどけた彼女が、本当に人形のように、力なく壁際に横たわっていた。
先ほどまで赤く光っていた瞳は黒に戻っていたが、半開きで、意思というものが宿っているようには見えない。固まったままの視線は、どこかよどんでいる。

と、先ほどのような合成音声がふたたびどこかから聞こえてきた。

「パワーソース保護機構作動。対象がパワーソースであることを確認。介入を終了する。以降、対象への介入は緊急の場合を除き停止する」


自分の力も体から抜けてゆく。
へたりこんで、窓際によりかかり、荒くなった息を整える。

自分の鼻から、口から吐きだされる息が、やけに熱い。
体自体も、触ってみると自分の体ではないような気がするくらい熱い。

寝ているときに体温が異常上昇しているというが、起きているときにもなるのか。


いや、今はメイをなんとかしなければ。

彼女のもとへ駆けより、体を揺らそうとしたとき、その体がびくり、と動いた。
人のけいれんなどとは違う、どこか堅い挙動。
続いて彼女の体が、ここまで見たことのないような、カクカクとした直線的な動きをしながら起きあがろうとしていた。人間大のサイズなのに、どこか昔の電動式のおもちゃのように見える。
正座の姿勢に近くなったところでいったんぎこちなく動きが止まる。そして数秒後、もとの人間っぽい動きに戻った。

「あの………わたし……」

動揺を隠せない瞳が、自分のほうを定まらない視線で見ている。

「……君こそ、大丈夫だった?」
「わたしは…筐体は大丈夫みたいですが…何分か何秒かくらいの記憶が抜けてる…えっ…?」
「ああ、それかい?…それは」



『メイ。君はいま、セキュリティシステムに介入されて、操られてたんだ』



その瞬間、なにが起こったのか理解できなかった。
自分とも、メイのとも、さっきのみ警告アナウンスとも違う、少年のような声が、突然我々に話しかけてきたのだ。

我々は、しばし沈黙した。


『聞こえなかった? メイ、君はいま操られてたんだ。もっとも、彼を傷つけてはいないし、大したことはおこらなかったけどね』

さらによくわからない事態が起こったことで、メイの瞳の奥に見える動揺がより大きくなったように見えた。

動揺しているのは、自分もなのだが。

『…ね? 消防斧を奪い取られそうになっただけ、だよね。でしょ?』

「あ、ああ。そう…それだけ…」
「…ごめんなさい、邪魔しちゃったなんて…」

彼女はうつむいて、すこし泣きそうな顔になってしまった。

『だから、メイのせいじゃないんだって。セキュリティ側からオーバーライドされたんだから、気に病むことないよ』
「ああ…君のせいじゃない」

なんとなく、その謎の声のはげましに乗ってしまった。

メイは、表情を変えずにこくりとうなづいた。


それにしても、この声は…

「誰だ?」

『答えなきゃ、だめ?』
「…質問に質問で返すな」
『そだね。ごめんごめん 』
妙なノリの軽さにいらっとしてしまう。
メイになにが起こったのかはぐらかしてくれたことに感じた恩義がチャラになるいきおいだ。

『うぅん…なんて言えばいいのかな…』
「ていうか、なんでメイの名前を知ってるんだ。自分たちのこと、ずっと見てたのか?」
『…まあね。いろいろと見させてもらってた』
「で、メイが一時乗っ取られてたときもなにもしなかったんだな」
『うん。しかたないんだ。ぼくは君たちの敵ではないけど、味方というわけでもないからね』
「敵でも味方でもなく、見てるだけ、ね…じゃあお前、この船自体?」
『それはない。君たちと同じ、いそうろうみたいなもんさ』
「はぁ…」

はぐらかしているのか、もてあそんでいるのか。
声のトーンはやわらかいが、口調の端々から鼻持ちならない雰囲気が漏れだしている。

「穏やかじゃないな。お前が我々を監禁してるのかはわからんが、監視はしてたんだろ」
『まあ、そういうことになる、かな』

メイを見ると、動揺を通り越してぽかんとしている。眉間にしわがよって、唇が少しとがっている。ここ数日のあいだでははじめての表情だ。


「…で、」

しぜんと、声にため息がまじる。

「お前はなにがしたいんだ。なんのために我々はここにいて、どこについて連れてかれるんだ」


『…ひみつ』
「なにも、答えちゃくれねぇわけだな……」


『ねえ、ぼくからも君たちに、訊いてもいい?』
「なにを」

『…たしか、君たちは、「この船がどこに向かっているか」知りたいんだよね』
「ああ」
メイも、静かにうなづく。

『もし、この船の行き先を知る中で、つらい事実を知ってしまったり、心が痛むようなことがあるとしても、それでも、君たちは知りたい?…もしくは、わからないまま行き先に着いて、降りた先に悲しいことが待ってたとしても、それを受け入れる準備はある?』

「それは…警告のつもりか?」

『質問に質問で答えちゃダメでしょ…というのは冗談。これは警告じゃなくて、あくまで覚悟を問うてるだけ。今すぐ答えを出す必要はないよ。これはぼくにとってというより、君たちにとって重要なことなんだ。試練になるかもしれないし、よく考えてほしいんだ』

「試練、ね…」
『もっとも、ぼくが与えるわけではないんだけど、ね』
「はぁ…よくわからんけど、わかった。考えとく」

答えは決まっていた。たぶん彼女も同じだろう。
しかし、自分たちが想像した以上の困難がこの先にあるとすれば、身構え方も変えなくてはいけないのか。


『そうだ、君たちに二つほどいいことを教えてあげる』
「なんだ?」
『まず、君が斧を持っても、メイは、いやセキュリティシステムは、今後よほどのことがないかぎり、君を止めようとしない。君はこの船の動力源だからね。いなくなられちゃ、船が動かなくなる』

自分が、この船の動力源…?
「どういうことだ?」
『君は、人の形をしたエネルギー炉みたいなもんなんだよ。しかも莫大なエネルギーを、その体から引き出せる』
「いやいや、どうしてそういうことになってんだ?」
『そういうことになってるからだよ。今は「そういうものなんだ」っていうくらいの認識でいい』

いや、それで納得できるか。

『そういえば、メイから寝てるあいだの体温がやたらと高い、って聞かされてたろ? 実は君が眠ってるとき、この船に君の体から出るエネルギーが充電されてるんだ。体温が高くなるのは、君がエネルギー炉として動作してる証拠さ。ちなみに寝てるときでなくても、この船の床には君から出たエネルギーを受け取る仕組みが埋め込まれてて、常に君からエネルギーを受け取ってるんだ』

まったく、ピンとこない話だ。
にわかに信じられない。

『あと、「乗客位置把握サービス」で君に心臓ペースメーカが入ってる疑いあり、って出たのは、君の体内にある、普通の人間にはない「エネルギーを生み出す臓器」をペースメーカだと思ったからみたいだよ』

「ああ、そう…わかった」

いや、わかるわけがないのだが。

『あとひとつ。何日か前、メイは彼の財布に入ってたカードのバーコードを読み込んだよね』
「は、はい…」
『あれを読み込んだことで、メイに「おくりもの」が届けられてたんだけど、知ってた?』
「おくりもの? さあ…」
『後で、よく探しておいてね。きっと気に入るはずだよ』

自分の財布に入っていたバーコードつきのカードは、「おくりもの」だったらしい。
なぜ、自分はそんなものを持っていたのか。
たぶん、おそらく、この謎の声の主が仕込んでおいたのだろう。

『じゃあ、ぼくはここらへんで失礼するよ』

「おい、ちょっと」


…船内に静寂が戻った。


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