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子供の頃「男の子らしく」② 〜男子との関わりの中で〜

今回は、前回の記事の続きのようなもの。
前回は女子との出来事だったが、今回は男子との出来事について話したい。

私の親からは、「男の子だから」というようなジェンダーに関して特に"指導"も"教育"もされてこなかったことは前回の記事で述べた。

小学生になる前、かわいいクマちゃんの絵が描いてある赤い入れ物を気に入って使っていた。
たしか、母が良いものだからと買ってくれたと思う。

小学生になると、それについて他の男子から冷やかしを受けた。
「お前、女かよ」みたいなもの。
仲間外れにされたりもした。

小さい頃はクマが好きだった。私にとって、特定の色やデザインについて、男も女もなかった。

しかし、6、7歳の子供にとっては「あいつらの言うことなんか、どうでもいいや」というわけにいかなかった。
男子集団から揶揄われたことで、集団から完全に排除される危機を感じたのか、私の中の排除されそうな部分(クマちゃんの赤い入れ物が好き)を責めた。攻撃した。心の中でそんな自分の一部を殴った。
「お前のせいだ」とでもいうように、クマちゃんの入れ物は踏みつけて押入れに投げ込んだ。
自分にこんな部分があるから、いじめられるんだ、と。
こうすれば、「排除される自分」はもういなくなるだろう、と考えて。

女子集団に入れてもらえもしなかった。なぜなら、私は"男子"なのだから。
だから、私がいられるとしたら、男子集団のみだ。そこから完全に排除されたら居場所がなくなる、大変なことになる、と漠然と感じていた。

「"男"として、"女"のような趣向は危険を生む」というものが刷り込まれた。

それからは集団から排除されないように、外面をとても気にするようになった。
遠足にどんな弁当箱を持っていくのか、どんな服を着るのか、どんな風に振る舞うのか、どうすれば男子としてクールなのか。

確かに、これで集団から排除もされず、人気者になったりもした。
でも、私自身の一部を殴って抑圧していたわけで、心が痛かった。悲しかった。
踏んで押入れに投げ入れた「クマちゃんの赤い入れ物」は私自身の一部を象徴していた。

大学生の頃くらいから、「普通の」男子が使わないような色・デザインを使うことに抵抗もなくなってきた。

ただ、これは色やデザインだけの話でも、ジェンダーだけの話でもない。
私自身の中に、常に意識ではわからない部分がたくさんある。知らないうちに何かを抑圧もしているだろう。
それを定型に押し込めてしまうのは(それが「普通の」型だろうが、「変わった」型であろうが)、自身の一部を押し殺してしまうことになる。
だからこそ、自身から未知のものが出てきた時にはオープンでいること。あるいは、未知のものを未知のままにしておける心。
これは自分を大切にすることにもなる。

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