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優しさとは何か

人に優しくしたいと思っています。ですが、それは相手にとって「優しさ」になっているのでしょうか。




1. 嫌われないための優しさ

他者に何かを指摘する際は、優しく指摘したいものです。なぜなら嫌われたくないから、思いやりを持ちたいからです。他者から嫌われたい人など居ないと思います。よって、優しい言葉を選びます。

すべては言い方の問題ともいえます。例えば、「これは良くない。以後気を付けてください」と言えば、相手はどう受け取るでしょうか。正論だとしても「注意された」と感じるでしょう。

そして、それ以降私は「注意する人」というレッテルを貼られます。それは、余程の事が無い限り剥がされる事はありません。


2. 悲しみを伝える優しさ

誰かに指摘しなければならないとき。注意するのではなく「悲しい気持ちになった」という事実を伝える場合があります。これは、なんと形容すべき投げ掛けでしょうか。

指摘や注意ではなく、告白のような意思表明。相手に嫌な気持ちになってほしくない。最大限の気遣いを纏った言葉を、相手との間に落とす。

何かしてほしい事を促すわけでもなく、気持ちに気付いてほしいだけ。相手に行動を求めない投げ掛けです。この言葉を活用している方を見て、非常に素晴らしいなと感じました。


3. 厳しさを持たない優しさ

一方で、優しさは相手のためになっているのか、という点にはいつも頭を悩ませています。優しさは必須だと思いますが、人の特徴は表裏一体です。優しさを持つ人は、厳しさを持ちにくい。

時に優しさは、伝えるべき事が伝わらないという弱点を持っています。「本当はこうしてほしいな」と思っている事も、相手を気遣ってしまい伝えられず、自分で処理してしまう。

優しい人は自分で抱え込みます。すると、相手は自身の改善点に気付けないまま時を過ごしてしまい、成長機会を一向に得られないのです。


4. 突き離す優しさ

忙しい人に対して新たな要望を伝えるのは憚られるでしょう。「忙しいだろうから無理しないで」という優しい言葉は当然の如く必要です。ですが、多少無理をすることで得られるものもあります。

「今この事実に気付くべきだ」と思うことがあっても言わない。相手を配慮しているつもりですが、それは本当の優しさなのでしょうか。相手の事を真剣に想う気持ちがあれば、背中を押す言葉を言うべきか。

自分で気付き自分で決めること。自分の人生は、自分の時間の使い方は、自分で決める。そう考えています。しかしその反面「それは突き離しているだけではないか…」とまた自問自答し思い悩む。その繰り返しです。


まとめ

優しさとは何か。人との関わり方に勿論正解はありません。しかし、一つ言える事は「優しさは、相手が居て初めて生まれる」ということ。相手と関わるとき。よって、答えはいつも相手のなかにあります。

相手が今この瞬間に、私の優しさに納得できているか。全てはそこに尽きるのではないか。未来は誰にも分からない。今の気持ちと向き合い、今の気持ちを尊重する。それができて初めて未来に目を向けることができます。

自分で決断すれば、どんな結果になろうとも納得感を得られるでしょう。その決断に伴走していきたい。それが私の優しさです。




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