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パブリックアートと@ART(前編)

 これまで、OOHの話題を中心にnoteを展開してきました。今回は少しテーマを変え、自分が公私で係わってきたパブリックアートについて触れてみたいと思います。今回も自分が考えてきたこと&やってきたことの備忘録の意味合いが強いですが、改めてアート側の立場から情報を整理することで、表現の場としての公共空間の可能性を考えることにも繋がると考えています。

 また後編では、有志で運営してきたパブリックアートのポータルサイト@ARTについても紹介していきます。

パブリックアートとは?

 パブリックアートという言葉自体はあまり耳慣れないという方が多いかもしれません。正直、明確な定義はありません。通常アート作品は、美術館やギャラリーなど作品そのものを鑑賞することが目的で作られた施設に展示されることが一般的です。それに対してパブリックアートは、駅や空港、商業施設、広場といった不特定多数の行き交うパブリックスペースに設置されているアート作品のことを指します。彫刻や壁画、ステンドグラスやデジタル作品など、表現形態は様々です。パブリックアートの普及振興を行なっている公益財団法人日本交通文化協会の行なった「パブリックアートに関する調査」では、”パブリックアート”の認知率は約50%でした。最近では、”ストリートアート”と呼ばれることも多く、こちらの方が耳にしたことも多いかもしれません。公共スペースにあるため、基本的に誰もが自由に展示場所にアクセスすることが可能です。また、公共交通機関の運賃などを除けば、作品を見るための料金はかからないという利点もあります。

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 パブリックアートの認知率(出典:(公財) 日本交通文化協会)

以下ではもう少し特長と課題について触れてみます。

特長

 繰り返しになりますが、美術館やアートギャラリーは、いわば「アート作品を見るために人が来る場所」です。それに対し、パブリックアートの展示されるスペースを利用する人の目的は様々です。そのため、アーティストにとって、パブリックアートとして展示されることは自分の作品に関心のない人も含めて多くの人の目に触れてもらえる機会となります。様々な人に見られることで、想定外の反応が得られることも多いです。以前、駅でパブリックアートのイベントを行なったことがあり、期間中、実際に制作を行なったアーティストが作品の前で説明を行なう機会を設けました。そこで、たまたま通りがかった建築学部の学生が足を止めてその作品について質問をしたことがきっかけで作家と話が弾んでいき、結果的にアートと建築の思わぬコラボレーションが生まれそうな場面に出くわすこともありました。前述の「パブリックアートに関する調査」でも、「芸術やアートを身近に感じられる」「待ち合わせに便利」といった声が上がっており、公共空間にアートが展示されることは比較的好意的に受け止められることが多いと感じられます。

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パブリックアートの受け止められ方(出典:(公財)日本交通文化協会)
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待ち合わせ場所として利用されることも多い(写真は渋谷ハチ公像)

 「公共建築にパブリックアートが設置されることで、その建物の資産価値は30%上がる」という説もあり、不動産の価値向上にも一定の効果が期待できそうです。
 ちなみに少し話が逸れますが、個人的にこのテーマはもう少し深掘りが必要と考えています。もし機会をいただければ「パブリックアート設置後の効果」は一度科学的に検証してみたいです。
 ・利用者数
 ・滞在時間
 ・消費額
 ・人流の変化
 ・属性の変化
 ・SNS上でのクチコミ数および内容の変化
等、パブリックアートによって何を達成したいかの目標設定に応じて、測定・分析すべきデータは無数に考えられます。

 また、基本的にその場所に半永久的に展示されることが前提となることが多いため、素材の頑丈さも求められます。石や金属、陶製のレリーフやガラスといった経年劣化や破損のしづらい材料が多く使われます。作品そのものも、メッセージ性の強い個性的な作品というよりは、誰もに愛される(逆に言えば、無難な)ものが多い傾向にありました。

 もちろんこれらの傾向は昨今大きく変わってきており、これまでの長期掲出から、比較的短期間でイベント的に設置されるケースも多くなりました。その分耐久性は最低限でインパクトの強いものが選ばれる動きもあります。商業施設のシンボルとして、数か月で定期的に作品を入れ替えることで常に鮮度を保ちながら集客を促すために戦略的にパブリックアートが利用されることも目立ちます。

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「パブリックアートのアーカイブと3Dデータ活用」補足資料より(出典:@ART)
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GINZA SIXでは吹き抜けのアート作品が定期的に入れ替えられる

実際に”触れる”というのも大きな特長でしょう。通常、美術館に展示された作品には触ることができませんが、パブリックアートは屋外屋内の不特定多数の行き交う、ある意味劣悪な環境に展示されています。作品そのものの丈夫さに加えて、人が触れてもケガをしないよう安全性に細心の注意が払われて製作されています。そのため肌で触れたり、作品に座ったりなどパブリックアートならではの鑑賞が可能です(もちろん中にはDON'T TOUCHと書かれた作品もあります)。

 また、よくサイトスペシフィックという言葉が使われますが、パブリックアートは特定の場所に長く設置されることから、設置場所との関連性が強く求められます。アーティストがその地域の出身であったり、その地域を表現した作品であったり、何らかの地域特性を備えているケースがほとんどであると言えます。そのため、パブリックアート作品そのものは、地域の観光の目玉となるケースも少なくありません。

サイト・スペシフィック・アート
特定の場所で、その特性を活かして制作する表現。「サイト・スペシフィック・アート」という表現としては、立体物を設置したものが多いが、身体表現で場所と関わる、自然物の物理的均衡を用いて作品を構築するなど様々な方法が存在する。「サイト」という観点では、森林、砂漠などの自然環境、都市、村落、田園などの社会環境、さらには水中などの特殊な環境など多様な選択肢があり、また恒久性、一時性という表現上の設計の違いを見ることもできる。

出典:美術手帖「サイト・スペシフィック・アート

課題

 逆に言えば、その作品を見ることが目的で来ている人は少ない場所にあるため、実際のところほとんどの反応は”無関心”もしくは”気付かれない”といった具合です。視界に入っているのに意識されない。逆にそれがよいというのもありますが、「無視されやすい」「気づかれにくい」という特徴はパブリックアートに関わる全ての人にとって常に意識していなければいけない課題です。ある意味でパブリックアートのデメリットと言えます。
 作品の設置当初は、大々的なオープニングを行い、それがメディアに取り上げられ大きな話題にもなることも多いです。しかし、設置時点をピークに、どうしてもメディアの露出も減っていき、徐々に人々の意識から遠ざかっていってしまうことは避けられません。
 設置側が相当気を遣って作品の長期的な活用法を示していかない限り、自ずと人々に忘れ去られてしまうリスクがあります。

 まとめると、パブリックアートの課題は大きく3点と考えています。

① 設置されても忘れ去られてしまう
② そもそも作品のことが知られていない
③ 同時に使われなくなってしまう(+維持管理の問題)


 東京大学の学生食堂に展示されていた、有名な作家の絵が知らぬ間に撤去されてしまった事件は以前大きな話題となりました。

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【第39回】葛飾会議 立石呑んべ横丁の3Dアーカイブ資料より(出典:@ART)

  数十年といったスパンで展示されると、設置した関係者側も「それがなぜ設置されたものなのか?」といった意図や意義が引き継がれなくなってしまいます。美術関係者であれば、「宇佐美圭司の絵画を捨てることはあり得ない!」と思いますが、施設関係者が必ずしもみなアートに関心があるわけではありません。きちんと維持管理しようとすると、それなりにコストもかかります。設置後にうまく活用されないのは非常にもったいないことです。

 かなり前置きが長くなりましたが、私自身が感じていた上記のような課題意識から2012年に始めたWebサイトが@ARTです。
次回のnoteでは、なぜ@ARTを始めたのか?そしてサイトで目指したいことについて書いていきたいと思います。
後編へ続く)


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