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人面魚のはなし

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連載小説「人面魚のはなし」です。 小説初心者なので何か感じた方はどうかコメントをください。
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人面魚のはなし #0

人面魚のはなし #0

第0話 プロローグ――フワリと泳ぐ。

――フワリと揺れる。

――フワリと笑う。

――人面魚は霧を泳ぐ。

いつから存在するか分からない。
気付くと僕の周囲には霧があった。
ある日、そこに影が現れた。
それは金魚のようで、深海魚のようで、
鈴の音と共に現れて、
僕の顔を見て、フワリと笑う。

 
――人面魚は霧を泳ぐ。
 
 
 
 
 
 

人面魚のはなし #1

人面魚のはなし #1

第1話 発生僕の周りには霧がある。

初めて見たのは数年前だろうか。
それは不思議な霧で、必ず僕の周りだけに現れる。
そして、どうやら僕にしか見えない。

いつものように今日も学校へ行って、「高田真輝」――僕の名前のついたロッカーを開けた。
隣を使う人は、僕がロッカーの中身をごそごそ掻き回しているのに目もくれず、いそいそと荷物を出し入れして去っていった。

「また無視されちゃったわね」

耳元で声

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人面魚のはなし #2

人面魚のはなし #2

第2話 霧「おまえは何だ?」

授業の後、思いきって人面魚に声をかけた。
「見ての通りよ」
くすくす笑う彼女の姿を見て、おそらく害の無い存在なのだろうと推測する。それで少し緊張を解いた。

「人面魚に見える」
「貴方がそう思うなら、きっとそうなんだわ」
「どうして魚なのに背ビレが無いんだ?」
「だって、この霧には流れが無いじゃない」
彼女は僕の周囲をくるくる回りながら答えた。

僕はこの存在の意味

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人面魚のはなし #3

人面魚のはなし #3

第3話 口づけ僕は手を洗う癖があった。

今日もなんとなくトイレへ向かい、なんとなく扉を開け、自然に見えるか気にしながらも、なんとなく蛇口を捻った。
聞き慣れた流水音とくぐもったパイプ菅の音が心地よい。
しばらく無心になって手を透明な水に浸していた。

「あれ?お前、また手洗ってんの?」

霧の向こうに陽気なクラスメイトの笑い顔が見えて、すぐに便器の方へ動いていった。

――笑われた。――気付かれ

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人面魚のはなし #4

人面魚のはなし #4

第4話 齟齬それからというもの、人面魚は事あるごとに現れる。

1人で昼食をとっている時も、歩いている時も、親との会話中や、授業中までも。いちいち僕の行動や周りの反応に口を挟んでくる。そしてやはり、それは自分以外には聞こえない。

放課後に人気の無い教室を選んで窓から中庭を眺めていると、また彼女が霧から出現した。

「貴方、しょっちゅう休んでるのね」
僕の左脇に並び窓の外に目を遣りながら呟いた。

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人面魚のはなし #5

人面魚のはなし #5

第5話 ノイズあれからしばらく。
 
人面魚の姿は見えない。
声も鈴の音も聞こえない。

学校の廊下で目を凝らした時に、霧の中にごくごく淡い影が目の前を過ぎった気がしたが、強く見ようと意識するとフッと見えなくなった。
休憩時間のざわついた教室の中で一瞬鈴の音が聞こえた気がしたが、これも耳をそばだてると音の記憶すら定かでない。
 
しかし感じる。
彼女は消えていない。
ここ最近の僕の頭はどうにもこう

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人面魚のはなし #6

人面魚のはなし #6

第6話 受容僕は1人で土手の草はらに座り、じっと川を見ていた。
 
ふと目を閉じて、ゆっくりと呼吸する。
そのまま1分、2分……吸って、吐いて……
 
いつの間にか僕は時間を忘れ、風だけを感じていた。耳の奥で、小さな鈴の音を思い出した。
 
風が止んだ。僕は目を開けた。
 
その足元に、水底の色があった。
 
「おかえり」
 
「それは私の台詞よ」
人面魚は以前と同じようにフワリと笑った。
 

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人面魚のはなし #7

人面魚のはなし #7

第7話 離別「ねえ、私、月の妖精みたいじゃない?」
 
 
夜の帰り道、人面魚は月明かりを浴びて踊りながら言った。右の胸ビレで月を透かしていた。
 
「ああ、そうだな」
僕も右手を月にかざした。
 
「ねえ、君のこと、名前で呼びたい」
 
「いいわよ。どんな名前?」
 
僕は少し躊躇ってから、一言、告げる。
 
 
「イヴ」
 
 
「なあに、じゃあ貴方、アダムなのね」
 
 
満月はゆっくりと雲

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人面魚のはなし #8

人面魚のはなし #8

第8話 帰還「イヴ、話があるんだ」
 
 
誰もいない公園で、人面魚に声をかけた。
 
彼女は僕の顔を見て何か察した表情をして、ゆっくりと僕の正面へ廻り、向き合った。
 
 
彼女は僕を見つめた。
 
僕も彼女を見つめた。
 
霧はぐるぐると渦を巻いて2人を包んだ。
 
 
「イヴ、僕は君が好きだ」
 
僕は彼女をそっと抱き寄せた。
彼女が微笑みながら目を閉じるのを確認して、僕も目を閉じた。
 

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人面魚のはなし #9

人面魚のはなし #9

最終話 エピローグあれから霧も人面魚も僕の周囲に現れる事は無くなった。

そして僕もめでたく学校を卒業できる事になり、就職活動を始めている。
視界はクリアに映り、足音もまたクリアに響いている。
 
 
だけど、時々――
 
 
緊張した僕の傍に、
 
ヒンヤリとしたヒレが、
 
柔らかな頬が、
 
小さな鈴の音が、
 
 
――“在る”感覚がする。
 
 
それは彼女がいた事の、そして今もいる事の

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人面魚のはなし あとがき

人面魚のはなし あとがき

[人物の設定]
 
僕(高田真輝):悩む青年。自分の内面の一部を愛せていない。
 
霧:境界を失った僕の精神世界。
 
人面魚(イヴ):僕の内面から分離した別人格。
 
 
 
[あとがき]
 
人面魚のはなしをお読みくださった読者の皆さん、ありがとうございます。
 
この話は、私の学生の頃に表れた解離の一種と思われる症状の体験、そして統合失調症の体験が元になっています。
 
中学生の頃、自分の周

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