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「はぎはらけいた」です~自己紹介のカ~

おはようございます。

そろそろ大学の講義が始まりそうな、パラスポーツコーディネーターの萩原圭太です。

大学の教室を使うのではなく、資料や動画を大学のポータルサイトを利用して配信するとのこと。

どういう形での講義になるのか、少しワクワクしています。もしこの形が広まってくれれば、今後もこういった形になっていくのかなと。

これまでのシリーズはマガジンにまとめてありますので、読んでみてほしいです。

ざっくりなプロフィール~
1999年(平成11年)9月14日に生まれた現在二十歳。北海道の田舎生まれで、現在札幌在住の大学生。


昨日の話は簡単にいうと、僕の人生において最初で最後のクラス替えをしたのが高校のときと書きました。

ということで、自分が大きく変化した時期である高校二年生以降の話を書いていきます。


高校二年の6月、僕は初めて入院を経験することになりました。野球の練習試合にて、打席中に投手の投球を顔面に受けました。(今思えば、なんでよけれないんだよ笑)

僕は右打者でして、左目の下あたりの頬に直撃です。

痛いとかそういう感覚はなくて、ドスンでした。(どういうこと?)

一瞬で視界が真っ暗になりまして、どうなってんだと訳が分からなかったです。

訳が分からなくなった僕はとりあえず野球のルールに従って、進塁しようと一塁ベースがあると思われる方向に向かっていこうとします。(見えてないのに続行しようとする人)


当然周りに止められて、ベンチに下がってようやく少し視界が開けました。

ボールが直撃した瞬間、かなり鈍い衝撃音がしたそうです。鼻に直撃したわけではないものの、衝撃で鼻血が出てました。

そんなこんなで近くの病院へ行き、医師の判断を仰いだところ救急車で搬送です。地元から一番近いその日の急患担当だった大きな病院に向かいました。初めて救急車に乗ったなぁ。

右目は普通に開くようになったものの、直撃しかけた左目はほんの少ししか開かない状態でした。コンタクトを使用していて何とか取った記憶があります。

詳しい診断は覚えていないというか未だにちゃんと聞いたことはありません。覚えていないだけかもしれないですね。(親はちゃんと聞いていたはずです)

たしか眼底の骨折だったのかな。眼窩底とか。(なんでちゃんと聞いてないんだろ笑)

全然自分の状態を把握していないという能天気具合が面白い。

特に処置はなく安静に自然治癒を待つということになりました。ベッドの上でひたすら冷やすという作業をしばらく続けていた状態です。

入院せずに登校しながらということも可能ではあったものの、1週間ほど入院しました。(日曜に搬送されて次の土曜に退院)


入院というまとまった時間がある休みを経験したことで、様々なことを一人でたくさん考えることになります。

何か処置をするわけでもなくただ安静にして入院しているだけという、膨大な暇時間が今後の行動や考えを大きく左右することに…。

あの日普通にボールをよけてそのまま試合をしていたら、今の自分は居ないかもしれませんし、行動が変わっていたでしょう。おそらく、あんなことやこんなことをしていないと思われます。(どんなことでしょうねぇ。それはこれから書いていきます)



今日は入念な前振りすぎて書きたい話に入れませんでした。

というわけで続きも読みにきていただだけたら嬉しいです。気になった方はぜひ読みにきてください!

今日はここまでです。
自己紹介という名の自分の背景・ルーツを辿る投稿、まだまだ続きます。




#自己紹介

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