書評:佐々木勝著『経済学者が語るスポーツの力』 (経セミ2022年4・5月号より)
評者:久米功一(くめ・こういち)
東洋大学経済学部教授
スポーツとは何か
~その面白さと可能性を語りたくなる書
2021年、新型コロナウイルス感染症の拡大により延期されていた東京2020オリンピック・パラリンピックが無観客で開催された。その開催の是非を問われた私たちは、スポーツの役割や機能について否応なく考えさせられた。同年10月に刊行された本書は、その問いに対するさまざまな考え方を提示した、非常に示唆に富む内容となっている。
本書は、大きく3つのテーマから構成される。
「スポーツと教育」では、スポーツの教育的な効果が紹介される。中高生の運動部経験が忍耐力や自己規律等を涵養してその後のキャリアに正の効果をもたらしうることや、スポーツにおける目標設定や競争相手の存在がパフォーマンスに影響することが示される。
「スポーツと企業」では、競争的労働市場の枠組みからフリーエージェントと金銭トレードを考察する。企業スポーツにおけるチームの勝利が従業員のモラールを高めることも示される。マルチタスクを個人内のダイバーシティとみなし、スポーツにおけるユーティリティ・プレイヤーになぞらえて、その有用性を説く点もユニークだ。
「スポーツと社会」に関しては、スポーツ選手の公共財的な性質を論じた後、長野オリンピックの経済効果の試算、高齢者のスポーツ参加による健康増進などのトピックから、スポーツが広く社会にもたらす便益が提示されている。
このように本書は、教育・企業・社会という多様な視点からスポーツを考察して、さまざまな読者に対して「スポーツの力」を訴求することに成功している。
「経済学者が語る」という枕詞にも注目したい。本書からは経済学的な分析の見事さと面白さを多数見出すことができる。
スポーツ選手の行動やその効果について、経済理論で解釈したうえで、企業経営や労務実務等への応用を試みている。スポーツ研究の利点として、ルールにより競争条件が制御されることで浮き彫りになる人間行動の特徴を分析できる点がある。経済理論はその特徴・メカニズムを明快に説明する。
経済学的な思考も随所に登場する。たとえば、野球なら3割打者、ゴルフならパーパット、マラソンなら競争集団、誰のどこに着目するか、その限界的な差は何か、選手以外の第三者への外部効果はあるか。スポーツを分析対象として、経済学的なものの見方とリサーチの設計のうまさが光る。
コラムによる補足説明も充実している。本来の効果を評価する際は、もともと忍耐強い人がスポーツを選ぶ効果やオリンピックを開催しない場合の費用便益など、観察できない事象との比較考量が欠かせない。コラムでは、見せかけの相関、因果推論、反事実的分析、非金銭的評価法など、分析の背景にある専門的な統計処理について、平易に説明しながら上述の疑問点を解消していく。
スポーツといえば、華やかなプロ選手やストイックなアスリートを想像しがちだが、本書の読後、評者のイメージは一掃された。スポーツは私的便益をもたらすだけでなく、個々の能力の発見・発揮に寄与し、それが企業や地域コミュニティの共感の基盤となりうるという、スポーツを軸とした社会像がみえてくる。国民がスポーツを大いに楽しみ、どんなマイナースポーツでも国際大会となれば必ず日本からの選手が参加しているような愉快な状況も「スポーツの力」ならば実現可能だろう。スポーツの面白さを味わい、その可能性を考えたいすべての人にぜひ一読をお勧めしたい。
■主な目次
*『経済セミナー』2022年4・5月号からの転載。
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