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金融規制と危機を理論・実証の両面から(植田健一『金融システムの経済学』より)

このnoteでは、東京大学教授の植田健一先生による『金融システムの経済学』の「はしがき」とあわせて、内容を紹介していきます。

本書は、主に戦後の金融システム(金融制度や規制)の歩み、自由化・国際化と経済成長の関係を振り返り、それを読み解くための経済学の理論と実証研究の成果を学びながら解説していくものです。

さらに、そこで学んだ経済学の原理を用いて、金融危機や金融のデジタル化、フィンテック興隆の影響、暗号資産や中央銀行デジタル通貨など最新の動向を展望していきます! 銀行などの金融業が果たす役割・意義、新しい技術の出現で何が変わり、何が変わらないかなども深く考えていきます。

なお、2022年のノーベル経済学賞は、バーナンキ(Bernanki, B.)、ダイヤモンド(Diamond, D. W.)、ディビッグ( Dybvig, P. H.)の三氏に授与されることになりました! 受賞テーマは「銀行と金融危機に関する研究」ということで、本書で扱っている内容ど真ん中です! ぜひご参考に!!

さて、本書のカバーデザインはこんな感じ!


植田健一『金融システムの経済学』
(日本評論社、2022年)

なお、本書は、経済セミナー2019年8・9月号~2021年8・9月号、2年間、全13回にわたって連載された「金融システムの経済学」をアップデートし、加筆・再構成してまとめ上げたものす。

さて、このnoteでは、植田先生による本書の「はしがき」を公開しています!

本書のねらいや構成、特徴はもちろん、植田先生が過去勤務してきた(旧)大蔵省やIMF(国際通貨基金)で目の当たりした1990年代の日本の金融危機や、2007~08年に生じた世界金融危機を契機とした出来事、そこでの対応やさまざまな議論でを経て本書を執筆しようと思うに至った背景などをじっくり語っています。

以下、ぜひご覧ください!


はしがき

植田健一 『金融システムの経済学』日本評論社、2022年

■ 本書の目的

本書の目的は、「金融業をどのように分析できるか」「金融を取り巻く制度や政策のあるべき姿とは何か」などの難題に対して、これまでに提示されてきた数多くの研究成果を俯瞰し、整理してお伝えすることです。筆者の関心に基づいてまとめているため、関連する筆者自身の研究成果も随所に織り込まれています。

ここ10年ほどの金融業界は、世界金融危機の混乱が冷めやらぬ中で、フィンテックや暗号資産の興隆などの大きな変化やコロナ禍による経済停滞など、稀に見る激動を経験しました。そして、こうした状況の中で金融制度・政策も右往左往してきました。しかし、どんな変化の中でも金融の仕組みの基本的な考え方は変わらないということ、そして新しい状況や問題に対する答えはこれまでの経済学の研究成果とその延長線上にあるということを、本書を通じて示していきたいと思います。

読者対象としては、まずは経済学の基本を一通り学んだ学部上級から大学院初級程度の方々を想定しています。加えて、金融関連の実務家で日々の業務だけでは飽き足らず、もう一歩深く金融の仕組みを考え、未来に備えたいと思っている方々にもぜひ手にとっていただければ幸いです。

■ 本書の構成

本書は、経済学を学ぶ学生や実務家向けの隔月誌『経済セミナー』の2019年8・9月号から2021年8・9月号まで、2年間・13回にわたって連載した内容を再構成および加筆修正したものです。東京大学での授業が1回・1時間45分、1科目につき通常13回あり、それに対応した分量を想定してまとめ上げました。書籍化に当たりまとめ直したため、本書は[以下の]全12章で構成されています。

本書の章目次

第1~3章は、金融とマクロ経済の関係の歴史と世界の潮流を概観します。とりわけ 1970 年代頃までの(日本では「護送船団方式」と呼ばれたような)政府による直接的介入を特徴とする金融抑圧に対して、1980 年代以降の金融自由化・国際化が持つ意義を分析します。そして、自由化・国際化が経済に良い効果をもたらしたことを理論・実証双方の視点で解説します。

第4~6章は、数学的には少々難しくなりますが、金融には基本的に政府の介入が必要ないこと、すなわち自由化の根拠を、最新の理論もふまえて詳しく解説します。ただし第4章は、その背景知識となる一般均衡理論の基礎に関する詳細は他の教科書に任せつつまとめる形としたため、数学的な議論に慣れていない読者にはやや読みにくいかもしれません。この章の数理的な展開はスキップしても後続の各章を読み進めるうえで支障はありませんので、読みにくい場合は第5章へ進んでください。

第7章では、家計から見た金融に関する実証研究を解説します。この章の内容は、第4~6章で解説した理論に対する実証と、第10章で解説する企業金融に対しての家計の金融、という2つの側面を持っています。また、金融とマクロ経済を考察する理論の中には家計と企業を一体とした自営業者をベースとしたものも多く見られますが、これに対する実証研究も紹介します。

第8~10章では、金融抑圧のような直接的規制は不要である一方、資本規制のような間接的規制が必要となる理論的背景を示します。それは、自由な金融のもとで生じうる金融危機の理論でもあります。そのうえで、金融自由化・国際化は全体として経済に良い影響をもたらしつつも、金融危機を起こりやすくしているのではないかという指摘をふまえた実証研究も紹介します。さらに、そうした状況下での最適な金融制度はいかに設計すべきかについても議論します。また、コーポレート・ガバナンスの重要性など、企業金融に含まれるトピックにも触れます。

第11、12章では、フィンテックに代表されるデジタル・ファイナンスや、暗号資産、中央銀行デジタル・カレンシーを包摂した概念である「デジタル・カレンシー」を考察します。こうしたテクノロジーの進化は、基本的には従来の金融の経済理論における仮定の変化と捉えることができます。その観点から、どんな理論・実証分析が可能か、そこから得られる政策的含意とは何かを示します。なお、実は金融の理論は貨幣を考慮しない実物経済のみのモデルで考えることができ、第11章まではほぼそれで説明しています。第12章では、「貨幣とは何か」「中央銀行とは何か」に関する経済理論を概観したうえで、暗号資産や中央銀行デジタル・カレンシーの意味を考えます。

■ 執筆の背景

連載を始めた頃、フィンテックの興隆に対し関連法令をどう改善していくべきかについての議論が金融庁金融審議会等で行われており、筆者も一部に参加していました。その頃は、ビットコインなどの暗号資産への関心が年々盛り上がると同時に、中央銀行デジタル・カレンシーという言葉が聞かれ始めた時期でもありました。それらは、連載中からこの「はしがき」を書いている2022年2月時点まで、引き続き世界中で金融における重要トピックと認識されています。

また2019年は世界金融危機、とりわけ2008年のリーマン・ブラザーズの破綻から約10年が経ち、バーゼルIIIに代表される一連の国際金融規制強化のための制度改正がほぼ終了した年でもありました。世界金融危機以来、多くの理論や実証研究がなされ、今後は強化された規制の実証的評価が始まろうとしています。2020~21年には、バーゼル銀行監督委員会などが主導してその公的な評価を進めており、筆者も一部の議論に参加しました。

2020年には新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延が始まり、経済にも大きな影響を及ぼしています。一部の新興市場国などは、国際収支危機や国家債務危機などにも見舞われています。先進国の銀行はそれほど影響を受けていませんが、それは一部には、国際金融規制が強化されたことで資本に余裕があること、そして多くの先進国で財政出動によって貸出先である企業が救済され、そのために銀行のバランスシートもそれほど毀損していないことを反映しているというのが、2021年末の状況です。

筆者は世界金融危機が起きた当時、国際通貨基金(International Monetary Fund:IMF)で主に金融に関する調査・研究業務に就いていました。それまでは主にマクロ景気循環論の研究者が忙しくしていましたが、危機が起きてからは比較的人数の少ない金融の研究者が急に忙しくなりました。大規模火災現場に飛び込んだ消防士のような状況と言えばよいでしょうか。対応を間違えるとさらに火が燃え広がりかねない状況でした。そして、ある程度消火活動が進んでからは防災のあり方、すなわち金融規制のあり方の再検討が急務となりました。そもそも、火災は勝手に起きたのか、それとも起こりやすい要因があったのかを精査するところから始まりました。その議論は、「特定の誰かが悪いことをした(放火した)」という犯人探しでなく、「金融の仕組み(地域全体の防災体制)に不適切な部分がなかったか」を深く考えるものでした。そうした議論は今も続いています。

思い起こせば、筆者が大学卒業後に(旧)大蔵省で勤務していた数年間、特に1995年に住宅ローンが焦げついて貸出していた住宅ローンの専門会社が次々と破綻する住専問題が起き、日本の金融危機が始まるという途方もない状況に身震いしていました。実は、1990年前後には日本だけでなく北欧でも金融危機が起き、1980年代を通じてアメリカでも(日本の信用組合に当たる)貯蓄貸付組合(S&L)危機が発生しました。しかし、1990年代初めにGDP世界第2位、1人当たりGDPでも世界トップクラスの国であった日本が経済全体を揺るがすほどの金融危機に見舞われるという事態は、1929年にアメリカで起きた大恐慌以来のものでした。現在の金融庁にあたる組織を抱えていた(旧)大蔵省は、国内外から大きな批判を浴びていました。しかし、国際会議の場でよく批判をしていたアメリカのLawrence H. Summers財務副長官(当時)やJoseph E. Stiglitz経済諮問委員会委員長(当時)といった稀代の経済学者(それぞれハーバード大学とスタンフォード大学を休職して任に当たっていました)ですら、解決策を持っていたとは思えませんでした。

実際、1990年代半ば頃の(そして今でも往々にして)金融論はミクロ経済学の応用分野と位置づけられ、マクロ経済はあまり研究の対象とされません。一方、当時のマクロ経済学は金融契約などをしっかりと組み入れて分析する段階までは進んでいませんでした。つまり、当時は経済分析の最先端の学者ですら日本経済の難問に確たる答えを持っていない状況だったのです。それに気づいたことは、筆者のシカゴ大学の博士課程でこの分野の研究に取り組むという転身の大きなきっかけとなりました。博士号取得後はIMFに就職し、主に金融とマクロ経済関連の調査・研究に従事しました。世界金融危機対応も2014年に一区切りつき、縁あって母校の東京大学で教鞭をとることになりましたが、働く場所は変われど大学卒業以来ずっと同じ内容の仕事をしていることを実感しています。

本書は、このように「金融とマクロ経済の本質的な関係は何か」「制度や政策はどうあるべきか」という自身の興味関心に基づいて調査・研究してきたことをまとめたものです。近年の経済学では、研究の主な発表手段は学術論文とされ、書物を著すことはあまり推奨されない風潮があります。しかし日本に帰国した1年後に大病を患い、その手術が無事に済んでしばらくしたタイミングで連載の話が持ち上がり、これまでに蓄えた知識を一度まとめておこうと考えるに至りました。本書を通じて金融システムの現状とあるべき姿をお伝えすることで、金融業で働く方には実務に役立てていただくことを、政策関係者には制度・政策形成に活かしていただくことを、そして学生や研究者の方にはこの分野の研究をさらに進める一助となることを、それぞれ願っています。

■ 謝 辞

この分野での筆者の知的な資産の大部分は、シカゴ大学での恩師であるRobert M. Townsend教授(現マサチューセッツ工科大学)に負っています。また、博士論文の副アドバイザーであり、かつ2年ほど IMF で上司でもあったシカゴ大学の Raghuram G. Rajan教授、東京大学経済学部での恩師の奥野(藤原)正寛名誉教授などの先生方からも、大変な恩恵を受けました。就職後も幸いなことに論文の共著者に恵まれ、多くを学び考察を深化させることができました。中でも、IMFの上司でもあった Stijn Claessens氏(現 国際決済銀行)からは多くの影響を受けました。ここですべての方々のお名前を挙げることはできませんが、これまでの職場の先輩や同僚たちからさまざまな刺激と支援を受け、今日に至っています。

学生からは、授業でのやりとりなどを通じて新鮮な見方を示してもらいました。特に、連載終了後から加筆修正のために、2021 年度の東京大学経済学部の筆者のゼミ生には、本書の草稿を読んでもらい、わかりにくいところなどを指摘していただきました。日本評論社の編集者の尾崎大輔氏には、連載から本書の完成までさまざまな形で助けていただきました。最後に、これまで長い間筆者を支えてくれた家族に、この場を借りて感謝します。

2022年2月

植田 健一


■ 本書の目次(詳細)

最後に、本書の目次を、章・節レベルまでご紹介します!
どんな内容・構成からよりよくご覧いただけると思いますので、ぜひ眺めてみてください。

第1章 金融システムのあゆみ ――規制と国際化・自由化の変遷
 
1 金融システムの経済学はなぜ必要か?
 2 金融危機と金融規制をめぐる歴史
 3 金融規制・制度の経済学の潮流
第2章 金融自由化・国際化と経済成長
 
1 金融自由化・国際化と経済成長の実証
 2 金融自由化・国際化と経済成長の理論
 3 金融自由化の回帰分析の再考
 4 「見える手」と「見えざる手」:理論的に明らかなことを実証する
第3章 金融深化の意味 ――理論に基づく定量的分析と厚生評価
 1 理論を基礎とした金融深化の定量的分析
 2 金融抑圧と金融自由化の評価
 3 公的援助は常によいことなのか?
 4 金融深化の効果はランダム化比較試験で測れるか?
 5 金融制約と起業における一般均衡分析
第4章 一般均衡理論 ――金融と効率性の基礎
 
1 完備競争市場のベンチマーク
 2 外部性があるときのワルラス均衡
 3 金融資本市場を再考する
 4 金融仲介における競争を振り返って
 5 政策的含意
第5章 不完全情報と一般均衡理論
 
1 モラルハザード、不完全情報、社会的最適の定義
 2 モラルハザードの一般均衡理論
 3 モラルハザードの一般均衡の動学化と不平等
 4 混合戦略と「くじ」
 5 逆選択の一般均衡理論
第6章 債権契約の一般均衡理論
 
1 債権契約の意味
 2 コストのかかる状態検証の理論
 3 不完備契約の理論
 4 倒産の類型
 5 デット・オーバーハング
 6 倒産と解雇
第7章 金融システムが家計に与える影響に関する実証分析
 
1 完備市場でのリスク・シェアリングの理論の実証的含意
 2 完備市場でのリスク・シェアリングの実証分析
 3 恒常所得の水準の変化
 4 不完全情報・不完備市場下でのリスク・シェアリングの実証分析
第8章 金融危機の理論と実証
 
1 満期変換と信用創造
 2 銀行を軸とした金融システムの不安定性
 3 預金保険と中央銀行の最後の貸し手機能
 4 リスク・シフティングとモラルハザード
 5 ナローバンクと証券化
 6 外部性の存在と対処
第9章 大きくて潰せない問題 ――Too Big to Fail
 
1 大きくて潰せない問題とは
 2 時間非整合性の理論的背景
 3 テール・リスクと銀行救済
 4 銀行が「大きい」とはどういう意味か
 5 TBTF問題の内生的な深刻化
 6 TBTF問題の実証分析
 7 TBTF問題への対応
 8 理論的に望ましい救済策
第10章 複合的な金融危機と金融自由化後の制度設計
 
1 複合危機
 2 金融自由化の金融危機と経済成長への影響の実証
 3 金融自由化後の金融制度
 4 コーポレート・ガバナンス、債権者保護と企業活動
第11章 デジタル・ファイナンス
 
1 銀行取付と技術革新
 2 TBTFとフィンテック
 3 デジタル・ファイナンスの意味
 4 中央銀行デジタル・カレンシーとペイメント・システム
第12章 デジタル・カレンシー時代における貨幣の本質と、
    中央銀行の役割の再考
 1 異質な研究対象としての貨幣
 2 現金払い制約のモデル
 3 不完備市場のモデル
 4 貨幣の根源的価値
 5 中央銀行論
 6 暗号資産の革命
 7 国際通貨体制


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