書評:植田健一著『金融システムの経済学』 (経セミ2022年10・11月号より)
評者:佐藤嘉晃(さとう・よしあき)
松本大学大学院総合経営研究科講師
経済学の研究成果と金融のトピックスを丁寧に解説する
2000年代後半に発生した世界金融危機が各国の社会・経済に及ぼした影響は然ることながら、それがマクロ経済学界に及ぼしたインパクトも非常に大きなものとなった。当時まだ高校生であった評者が浅学非才を顧みず書くと、世界金融危機以降、金融システムとマクロ経済の相互連関に関する研究の重要性は以前にも増して高まり、次なる金融危機に備えた金融政策・制度の策定および評価がマクロ経済学の一大テーマとなった。
本書は、経済における金融システムの機能を明らかにする幾多の研究によってこれまで蓄積されてきた知見――金融システムの経済学――について、当該研究領域の第一人者である著者によってまとめられた最先端のテキストである。本書では、近年の金融政策・制度をめぐる議論に対して、「新しい状況や問題に対する答えはこれまでの経済学の研究成果とその延長線上にある」(p. i)という姿勢の重要性が一貫して示されている。
本書の内容は大きく5つのパートに分けることができる。第1~3章では、金融規制・制度の歴史(第1章)や、一国における金融深化・自由化に関する理論・実証研究の成果(第2章)、経済理論に基づいた金融抑圧・自由化の定量的分析(第3章)が紹介される。経済理論に基づいた実証分析の意義について、実際の分析内容をふまえて丁寧に解説されている点が本パートの大きな魅力だ。
第4~6章の内容は金融仲介に関する一般均衡理論に基づいた本格的な解説となっている。解説はまず完全情報の一般均衡理論から始まり、続いて不完全情報の理論へと進んでいく。そして、不完全情報の場合でも、政府による市場への介入は慎重に検討されるべきであるという議論が展開されていき、本パートの内容も読んで得るところが多分にある。それに続く第7章では、一般均衡理論の視点をふまえながら、金融が提供するリスク・シェアリングが家計に及ぼす影響についての実証的研究が紹介される。
第8~10章では「『どうしても政府の介入が必要になる』メカニズム」(p.131)に焦点が定められ、金融システムの不安定性(第8章)や、金融機関の「大きくて潰せない(Too Big to Fail: TBTF)問題」(p.149)への対応(第9章)、一国における企業金融に関する制度(第10章)などのトピックスが紹介されている。貨幣論がテーマとなる最終パートの第11~12章では、暗号資産やフィンテック企業が提供する金融サービス、中央銀行によるデジタル通貨の発行といった、筆者が「デジタル・ファイナンス」(p.196)と呼ぶトピックス(第11章)や、貨幣の経済理論(第12章)が解説されている。そして最後に、本書は国際通貨体制についての今後の展望を示して締めくくられる。
本書では多岐にわたる金融のトピックスの経済理論が各章でそれぞれ丁寧に紹介されており、対象とする読者層は非常に幅広い。「はしがき」にもあるように、本書の中には、経済学の初学者にとっては少し難易度の高い数理的な展開もいくつかある。しかし、数理的な展開を理解するためのエッセンスが随所で直感的に説明されており、それらはむしろ初学者の学習意欲を掻き立てるものとなっている。金融システムの機能に関心のある経済学徒のみならず、金融の業務に携わる実務家や、金融に関する経済学のリテラシーを本格的に身につけたい一般読者にとっても、自身の関心に応じて学問的フロンティアを概観しながら専門性を深めていく際のガイドとして、本書は最良の一冊といえるだろう。
■主な目次
*本書の「はしがき」を以下で公開しています:
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